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店舗から3Kをなくせ。サイゼリヤの新会社が飲食業界を激変させる

リーズナブルな価格と豊富なメニューで、あらゆる世代から支持され続けているサイゼリヤ。そんな国民的ファミリーレストランが、飲食店の宿命を変えようとしています。今回、サイゼリヤと厨房メーカーによる新会社の画期的なシステムを取り上げているのは、フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さん。千葉さんはこの会社設立の背景を紹介するとともに、彼らの「発明」が可能にすることについて詳しく解説しています。

プロフィール千葉哲幸ちばてつゆき
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

サイゼリヤと厨房メーカーによる新会社が飲食業界を抜本的に変える理由

「サイゼリヤ」はいまや国民的なファミリーレストラン。店舗数は世界に1,553店(2021年8月期、以下同)、うち国内1,089店、海外464店。客単価704円。生活圏の中に店舗が存在し、毎日でも利用できる価格が“国民的”といえる所以だ。このようなチェーンレストランとなった背景には、創業者で現代表取締役会長の正垣泰彦氏が唱える「食堂業の産業化の実現」を旗印とした企業姿勢が存在する。

サイゼリヤを展開する株式会社サイゼリヤ(本社/埼玉県吉川市、代表取締役社長/堀埜一成)では5月26日に厨房機器メーカーの株式会社ハイサーブウエノ(本社/新潟県三条市、代表取締役社長/小越元晴)と新会社の株式会社CSsT(本社/東京都台東区、代表取締役社長/小林宏充:サイゼリヤ社長室長)を立ち上げた。資本金3,000万円、出資比率はサイゼリヤ2:ハイサーブウエノ1。社名のCSsTとは「Comfortable Smile slash Technology:技術で食堂従業者の夢をかなえる(笑顔を広げる)」という意味。事業内容は「厨房設備の開発。設計、販売、各種コンサルタント業務」となっている。具体的には、清掃不要のグリストラップ「GreaseShield(グリスシールド)」の販売と、これを導入することによって厨房と客席間の床段差をなくす「フリーフラット厨房」のノウハウを販売していく。

労働環境の改善と生産性の向上

この会社設立の背景には、創業者・正垣氏から後継指名を受けて2009年より社長を務める堀埜氏のミッションが存在する。それは「店舗から3Kをなくす」ということ。店舗の「3K」とは「汚い」「危険」「きつい・臭い」ということだ。これをなくすことで労働環境を向上させ、生産性を高める。

「店舗の3K」改善の取り組みは順次行われて成果をもたらしてきた。具体的にはこうだ。

* 以下は、改善前→改善後→目的の順で示している

これらは全店で導入を終えているので、サイゼリヤを利用するとこの改善の様子が見て取れる。

さらに、「厨房設備の3K」をなくすこと。それは以下のように描かれる。

このように、「グリストラップ清掃」と「厨房スロープ」を改善することによって、従業員にとって「ストレスがない」「疲れない」という効果をもたらす、ということだ。

厨房を3Kにしていた飲食業の宿命

では、厨房に3Kをもたらしていた「グリストラップ清掃」と「厨房スロープ」はなぜ存在していたのか。それはこれまで「飲食店の宿命」であった。

飲食店の宿命①

業務用の厨房には、「油脂分離阻集器」であるグリストラップ(Grease Trap)の設置が義務付けられている(建設省工事第1597号)。厨房から出る排水に含まれる油やゴミ(野菜くずや残飯など)を直接下水道に流してしまうと自然環境への悪影響が考えられ、それを防止するために考えられたのが「グリス(油脂)トラップ(せき止め)」だ。

グリストラップは一般的に三層構造になっている。

1層目は、バスケットで大きな生ゴミを回収する。
2層目は、油分と水分を分離する(油分が浮き、残渣が沈む)。
3層目は、油分がない汚水を流出する。

①の問題点

グリストラップにこびりついた油や残渣を清掃するために掃除をしなければいけない。汚水の臭いと、頑固な汚れと闘うことになる。アルバイトはこの作業を回避しがちで、強要すると離職につながりかねない。

これがグリスシールド。床置き式で店舗が撤退する場合はこれを外して他の店で活用することができる

飲食店の宿命②

飲食店の厨房は、このグリストラップの設置が最優先される。まず、下水道へつながる排水口が存在し、その至近距離にグリストラップを設置する。排水する厨房機器はグリストラップの至近距離に設置されることになる。こうして店舗の平面プランは、まず厨房の場所が決定され、その後に客席などが描かれていく。

②の問題点

店舗の平面プランが排水口の場所で決定されることから、機能性やデザインを優先した平面プランを描くことができない。

飲食店の宿命③

厨房機器からグリストラップを経由して排水口まで廃水をスムーズに流していくためには傾斜が必要となる。傾斜をつくるための一番高いところは本来の床から40㎝程度の高さが必要。そこで厨房の床は本来の床から40㎝程度高いところにつくられる。これを「床上げ」という。

厨房が床上げされているために、厨房は客席フロアより40㎝高くなっていて、客席フロアから厨房に入るためにスロープが設けられている。

③の問題点

厨房に床上げが必要なために天井高が低い物件では出店ができない。また、スロープとはいえ40㎝の段差を行き来するのは重労働で転倒するなどの危険性がある。

「厨房優先」の必要がなくなる

サイゼリヤの中で「厨房設備の3K」を改善することは2014年から取り組んできた。その奮闘してきた経緯をサイゼリヤのプロジェクト推進部課長の藤田宗彦氏が解説してくれた。

プロジェクト推進部ではグリストラップ清掃を改善するために、さまざまな実験を重ねて独自に機械の開発を試みた。しかしながら、グリストラップの世界には日本阻集器工業会という業界団体が存在し、そこでSHASE(シャセ)という規格が設けられている。これによってここから逸脱したグリストラップ機能をつくることができない。

東京都に問い合わせると「SHASEの規格に則ったもの使う」もしくは「SHASEの規格と同等の性能があると下水道局が認めたものを使う」という。

そこでこれを解決する技術が海外に存在するのではないかとGoogleで検索した。すると、それがイギリスに存在した。それは厨房機器からの排水から自動で油を回収する機械で床置き式になっている。そこで、複数あるこれらの機械の中から発火等のリスクのないEPAS社のグリスシールド(以下、GS)を日本建築総合試験所でテストすることになった。果たして、EPAS社のGSはこのテストをクリアした。

GSが床置き式になっていることの画期的なことは、上記の「飲食店の宿命」が解決されるということ。

まず、従来のグリストラップのように床上げをする必要がないので厨房の中にスロープがなくなり(ただし、防水層をつくるために5㎝程度の床上げが必要)、段差のある客席フロアと行き来する危険な労働から解放される。

厨房からグリストラップをなくすことで厨房を床上げする必要がなくフラットに近くなる(防水層をつくるために5㎝程度の床上げが必要)

次に、厨房機械からの排水はポンプアップしてGSに送り、さらにGSからポンプアップすることで最終的に排水口に排水する。

排水をポンプアップして天井を経由してグリスシールドにつないでいる

どこにでも送ることができるようになり、これによって、店舗の平面プランは厨房の場所から決定されるという縛りから解放される。つまり「厨房はどこにあっても構わない」ということだ。

従来の飲食店の平面プランは厨房の場所が優先されたが、グリストラップがなくなることで快適なデザインを優先させて最後に厨房の場所を決めることができる

飲食店の存在意義を変える仕組み

グリスシールド(GS)の効果とは以下のようなことが挙げられる。

さらに、採れた油を石鹸に変えるというSDGsにも貢献する。

そしてこれらの効果とは、店舗設計、設備、建築、デザイン、そして労務といった店舗づくりから運営のあらゆる部門の歯車が合致して可能となる。

サイゼリヤでは、まず一都三県600店舗のうち150店舗でGSを導入することになり、来期から年間40店舗の新規出店店舗でGSに加えフリーフラット厨房を導入していく。

グリスシールドとフリーフラット厨房を導入したサイゼリヤ。最寄り駅から2㎞離れたずばり住宅街で元コンビニを飲食店に変えている

元コンビニのこの店では店頭に冷凍ケースや物販コーナーをつくってサイゼリヤで使用している商品を販売している

CSsTの設立がリリースされてにわかに外食企業各社からの問い合わせが増えてきた。プロジェクト推進部の藤田氏は「外食産業のたくさんの人たちがグリストラップのことで悩んでいたのだと実感しています」と語る。同社が推進していく事業は、飲食業の労働環境を改善していくだけではなく、「より快適な店舗デザインを可能にする」「会社のあらゆる部門が連携する」ということから、飲食店、飲食業の存在意義を抜本的に転換させるものと言えるだろう。

image by: 千葉哲幸
協力:株式会社サイゼリヤ , 株式会社ハイサーブウエノ , 株式会社CSsT

千葉哲幸

プロフィール:千葉哲幸(ちば・てつゆき)フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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