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打ち砕かれたプーチンの野望。ロシアの軍事的完封に成功した欧米

2月24日の侵攻開始以来5ヶ月以上に渡り、ウクライナで侵略行為を続けるプーチン大統領。西側諸国はロシアに対して厳しい経済制裁を科していますが、エネルギー問題などで揺さぶりをかけられているEU各国が早期停戦を望んでいるとの声も聞かれます。しかし、欧州が停戦を急ぐのはエネルギー供給不安が原因ではない、とするのは立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回、EU各国に戦争を継続する意義がなくなった理由と、ウクライナの徹底抗戦と領土の回復について、日本がもっとも強く支持すべき訳を解説しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

NATO拡大の完成により、ロシアは既に負けた

ロシアがウクライナに軍事侵攻してから5か月が経った。ロシアが、東部ドンバス地域ルガンスク州、ドネツク州の完全掌握を目指して攻勢を強めている。また、東部2州にとどまらず、南部など周辺地域の掌握も視野に入れることを表明した。さらに、東部の占領地域併合の正当化のために「住民投票」を実施する動きを本格化させるとも発表している。

ロシアは、欧米の経済制裁に対抗し、外交でも攻勢を強めている。ロシアは、中国、インド、ブラジル、南アフリカとともに新興5か国(BRICS)首脳会談を開催した。会議では、習近平中国国家主席が米欧主導の経済制裁に同調しないことをあらためて示した。

また、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、イランのイブラーヒーム・ライーシー大統領、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領の3首脳はイラン・テヘランで「第7回アスタナ和平プロセスサミット」を開催した。

シリアの最近の状況やテロ対策強化について意見交換を行うことが目的だったが、トルコが「いかなる口実の下でも東ユーフラテス地域に米軍が存在することは正当化できず、その地域から撤退すべき」と主張するなど、米国への批判を強める会談となった。

ロシアは、BRICSや中東など、欧米が弱い多国間枠組みを活用し、その背景にいる対ロ制裁に慎重な中東やアジア、南米などの国々への影響力を強化することで、欧米に対抗する思惑があると考えられる。

一方、ロシアのウクライナ軍事侵攻が始まって以降、ロシアからの石油・ガスパイプラインに依存していない米英を中心に、欧米諸国は一枚岩となってロシアに経済制裁を科してきた。例えば、欧州連合(EU)は、ロシアからの石油の輸入を年内に92%減らすほか、ロシア銀行最大手のズベルバンクを国際的な資金決済網「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から排除することを決めている。

その欧米諸国の間に、不協和音が生じている。ロシアが、欧州へのエネルギー供給を大幅に削減したからだ。例えば、ロシア国営エネルギー会社ガスプロムが、ドイツにつながる「ノルドストリーム1」パイプラインの流量を半分に減らし、輸送能力のわずか20%にすると発表した。そのため、今冬に欧州で深刻な天然ガス不足を引き起こす懸念が出て、欧米諸国に動揺が走っているのだ。

元々、フランスのエマニュエル・マクロン大統領やドイツのオーラフ・ショルツ独首相らは、対話によって早期の停戦を何とか進めようとする立場だ。ウクライナ戦争開戦後も、プーチン大統領、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と対話を粘り強く続けてきた。これからは、より強く停戦の仲介に動く可能性がある。

一方、ウクライナを強力に支援し、ロシアに対する経済制裁を主導してきた英国のボリス・ジョンソン首相が不祥事の責任を取って辞任を表明した。これら首脳間のパワーバランスの変化によって、今後欧米諸国の結束が乱れていく懸念がある。

ウクライナ戦争の戦況が現状のまま停戦交渉が進めば、ロシアによるウクライナ領の占領という「力による一方的な現状変更」を容認することになる。それは一見、「ロシアの勝利」を意味するように思われる。

だが、欧米は、エネルギー供給不安という負い目だけで停戦を急ぎ、「ロシアの勝利」の既成事実化を許すわけではない。むしろ、ロシアに対する勝利を確信したからこそ、エネルギー供給不安を我慢して戦争を継続する意義がなくなっているからなのである。

欧米のロシアに対する勝利を決定づけたのが、スウェーデン、フィンランドのNATO加盟決定だ。この両国は、長年NATOとロシアの間で「中立」を守ってきた。スウェーデンは、過去200年以上に渡り軍事同盟への加盟を避けており、第2次世界大戦中でさえ中立を保ってきた。一方、ロシアと1,300キロメートルに渡って国境を接しているフィンランドは、ロシアとの対立を避けるために、NATO非加盟の方針を貫いてきた。その両国が、ロシアのウクライナ軍事侵攻を受けて、中立政策の歴史的な転換を決定したのだ。

加盟交渉は当初、NATO加盟国の1つであるトルコが反対して難航するかと思われた。だが、あっさりとトルコは翻意した。前述のように、トルコはロシアとも密接な関係を保ってきた。ウクライナとロシアの停戦交渉の仲介役を担ったこともあった。ウクライナ戦争をめぐり、最もしたたかにふるまっている国だといえる。そのトルコが、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟を認めた背景には、米国などから相当の「実利」を得られたからだろう。

いずれにせよ、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟が正式に決定した。両国のNATO加盟は、単にNATOの勢力圏が東方拡大したという以上に、ロシアの安全保障体制に深刻な影響を与えることになる。

まず、地上において、NATO加盟国とロシアの間の国境が、現在の約1,200キロメートルから約2,500キロメートルまで2倍以上に伸びることになる。ロシアの領域警備の軍事的な負担が相当に重くなる。

海上においても、ロシア海軍の展開において極めて重要な「不凍港」があるバルト海に接する国が、ほぼすべてNATO加盟国になる。バルト海にNATOの海軍が展開し、ロシア海軍の活動の自由が厳しく制限されることになるのだ。

その上、EUはウクライナとモルドバを加盟候補国として承認し、ジョージアについても、一定の条件を満たせば候補国として承認する方針で合意した。正式な加盟には長い年月がかかる。だが、今後これらの国では、民主化がますます進み、経済的にEUと一体化していくことになる。

ウクライナは、ロシアによる軍事侵攻が始まった直後の2月末に、EU加盟を正式に申請し、モルドバ、ジョージアもそれに続いて加盟申請していた。つまり、ロシアの軍事侵攻という行為自体が、NATO、EUの東方拡大をさらに進める結果となり、それは旧ソ連領だった国にまで及ぶという結果となってしまったということだ。

私がこれまで何度も主張してきたことだが、そもそもウクライナ戦争が始まる前から、ユーラシア大陸における勢力争いで、ロシアは欧米にすでに敗北していた状況だった。

東西冷戦期、ドイツが東西に分裂し、「ベルリンの壁」で東西両陣営が対峙した。旧ソ連の影響圏は、「東ドイツ」まで広がっていた。しかし、東西冷戦終結後、旧共産圏の東欧諸国、旧ソ連領だった国が次々と民主化した。その結果、約30年間にわたって北大西洋要約機構(NATO)、欧州連合(EU)は東方に拡大してきた。

ベラルーシ、ウクライナなど数カ国を除き、ほとんどの旧ソ連の影響圏だった国がNATO、EU加盟国になった。ロシアの勢力圏は、東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退したのだ。

2014年のロシアによるクリミア半島占拠は、「大国ロシア」復活を強烈に印象付けたようにみえるが、実際はボクシングならば、リング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれてダウン寸前のボクサーが、かろうじて繰り出したジャブのようなものにすぎなかったのだ。

それでは、ウクライナ戦争が始まる前、「大国ロシア」が復活していたかというと、それも違う。むしろ、ロシアにとって欧米の力関係は2014年よりも深刻な状況だった。クリミア半島併合後、ウクライナでは自由民主主義への支持が高まった。NATO・EUへの加盟のプロセスも、具体的に動いてはいなかったが、実現可能性が高まっていた。

ウクライナ戦争が開戦した時、プーチン大統領は「NATOがこれ以上拡大しないという法的拘束力のある確約」「NATOがロシア国境の近くに攻撃兵器を配備しない」「1997年以降にNATOに加盟した国々からNATOが部隊や軍事機構を撤去する」の3つの要求をしていた。ロシアがいかにNATOの東方拡大によって、追い込まれていたかがわかる。

そして、ウクライナ戦争開戦から5か月が経ち、ロシアは、ウクライナ東部を占領し大攻勢に出ているというが、欧州全体の地図を眺めれば、NATOの勢力圏が拡大し、ロシアがさらに追い込まれたことがわかる。ロシアは完敗しているのである。

ウクライナ国民にとっては大変申し訳がないことだが、欧米にとって、エネルギー供給危機のリスクを取ってまで戦争をこれ以上継続する積極的な理由はない。一方、停戦が実現しても、ウクライナの領土をロシアが占領し続ける限り、経済制裁は続く。ただし、ロシア産石油ガスは制裁対象から外されるだろう。プーチン政権を一挙に倒すことはできないが、それでもジワジワと追い詰めることはできる。欧米にとっては、それで十分である。

現在、欧米諸国の結束が乱れているようにみえるが、NATOの拡大がさらに進み、ユーラシア大陸においては、ロシアを軍事的に封じ込める完勝を収めたという背景があることを、見誤ってはいけない。

「新冷戦」という言葉があるが、少なくともユーラシア大陸において「新冷戦」という状況はない。繰り返すが、欧米とロシアの勢力争いは、すでに欧米の完勝に終わっており、追い込まれたロシアが窮鼠猫を噛む的に暴れたにすぎないからだ。

「新冷戦」というものがあるとすれば、その主戦場は「北東アジア」である。中国の軍事力・経済的な急拡大によって、中国の南シナ海の支配、台湾侵攻、尖閣諸島侵攻の懸念、米中や日中の経済安全保障をめぐる対立、「一帯一路構想」をめぐる対立、それらから世界中に広がる「民主主義vs.権威主義」の対立がある。

欧米が、ロシアによるウクライナ領土の支配のままウクライナ戦争の停戦を認めてしまった場合、日本は難しい立場に陥る。「新冷戦」の前線に位置する日本は、侵略を試みる国が、「屁理屈」を弄して侵略を「正当化」する余地を、絶対に与えてはならないからだ。

例えばロシアは、「ウクライナ国内のネオナチ勢力がロシア系住民を虐殺している」と主張し、「ロシア系住民を救うためであり、侵略ではない」と軍事侵攻の「正当性」を訴えてきた。

それに日本が少しでも理解を示し、中途半端に「力による一方的な現状変更」を認めることになったらどうなるのか。日本を狙う国々が、さまざまな屁理屈を弄して日本への侵攻を決断する契機を与えることになるかもしれないのだ。

つまり、ロシアによる「力による一方的な現状変更」を絶対に認めないことは、単にウクライナ紛争に対する日本の立場を示すこと以上の意味がある。それが、日本の領土を侵し、国民の命を奪うことは絶対に認めないという姿勢を示す「安全保障政策」そのものとなっている。

繰り返すが、これから冬に向けて起こることは、欧米という勝者による、ロシアの「力による一方的な現状変更」を事実上認めた形で戦争を終結させようとする動きだ。一方、日本はウクライナ戦争の勝者ではない。日本の勢力圏が拡大したわけではない。これから領土を脅かされる懸念がある国だ。

最も強く認識すべきことは、日本は一見穏健そうな国のイメージとは違い、ウクライナの徹底抗戦と領土の回復を、米英独仏伊など、どの国よりも最も強く支持する「最強硬派」でなければならない立場だということだ。日本の置かれた厳しい現実を、日本国民がどこまで理解しているのかが問題だ。

image by: Stcc / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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