MAG2 NEWS MENU

全固体電池に賭けるトヨタ、3~5年の計画遅れが「致命傷」になるワケ

EV化の流れに乗り遅れてしまったトヨタ自動車は、リチウムイオン電池によるEV開発でシェアを奪うことには注力せず、「全固体電池」への巨額投資で、2~3年以内に市場投入する計画と伝えられています。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんが、長年トヨタと直接ビジネスをしてきた経験から、トヨタが「全固体電池」に賭けることになった背景と勝算、リスクについて詳しく解説しています。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

全固体電池に社運を賭けるトヨタ自動車

ここ1年ほど、トヨタ自動車と全固体電池に関する記事をしばしば見かけます。

私は、長年トヨタ自動車を含めた日本の自動車メーカーと直接ビジネスをしてきたこともあり、彼らが「EVシフト」に乗り遅れてしまった理由や、ソフトウェア開発で出遅れてしまったしまった経緯などを、多くの人よりも理解しているつもりです。

特にトヨタにとっては、「ハイブリッド市場での大成功」が足を引っ張る形になっているのはとても皮肉なことですが、あるフェーズでの成功者が、次のフェーズに乗り遅れることは、どの業界でもしばしば起こることです。

典型的なのが、フィーチャーフォン(日本ではガラケー)時代の覇者であったNokiaとMotorolaが、Appleが起こしたスマートフォンへの急激なシフトにまともな対応が出来ず、Apple、Google、Samsungに主導権を渡してしまったケースです。

ガソリン価格の高騰により、燃費の良いハイブリッド車の人気が高いのもトヨタのEVシフトを難しくしています。現時点ではハイブリッド車こそがトヨタにとっての「飯の種」であり、EVシフトを急ぐ理由は全くないのです。

一方、ディーゼル事件で消費者からの信頼を失ったドイツのメーカーは、高級車市場でTeslaにシェアを激しい勢いで奪われていることもあり、急速なEVシフトをせざるを得ない状況に追い込まれています。ポルシェがいち早くTaycanをリリースしたのはそれが理由だし、フォルクスワーゲンも本気でEVシフトに取り組んでいます。

トヨタ自動車は、ハイブリッドの次のフェーズとして水素自動車に力を入れていましたが、その戦略がEVに足元を救われる状況になっているのも大きな問題です。トヨタ自身も「水素の時代」がすぐに来るとは期待していなかったと思いますが、このまま「EVシフト」が急速に進んでしまうと、トヨタ自動車が描いていたような「水素の時代」は来なくなってしまう可能性が高いのです。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

今年に入って、ようやくトヨタも重い腰を上げて、積極的なEV戦略を発表しましたが、現時点で市場に出ているのはbZ4Xのみで、台数も限定的です。

トヨタ自動車のような大きな会社が、進む方向を変えるのは簡単ではないし、稼ぎ頭のハイブリッドから市場を奪うようなことも出来ないので慎重にならざるを得ないのは分かりますが、激しいEVシフトが世界中で起こっている2022年の市場でほとんど売るものがない状況は、致命的とは言わないまでも、大きな問題です。

そんな中で一つ気になるのが、トヨタやホンダが力を入れている全固体電池です。全固体電池は、安全かつ急速充電が可能な「次世代電池」という位置付けで、トヨタやホンダが莫大な研究開発資金と投じると発表しています。

トヨタ自動車は「2020年代の前半」には、全固体電池を搭載した自動車を発売すると宣言していますが、実用化にはまだ課題が多く、実際にいつごろ市場に投入されるかは、現時点ではなんとも言えません。

トヨタの狙い通りに2020年代の前半に実用化が実現し、2020年代後半には「量産」が始まるのであれば、それがトヨタにとっての大きな武器になりますが、万が一それが、3~5年遅れた場合にどうなるのかがとても気になるのです。

現時点では、EV車は全てリチウムイオン電池を採用しており、その電池の確保のために、Teslaや他の自動車メーカーは莫大な投資をして、工場を作り、パートナーシップを組むだけでなく、それを作るのに必要な鉱山の確保にまで手を出しています。

外から見ている限り、トヨタ自動車は「全固体電池の早期実用化」に賭けているように見えますが、それは、裏返せば「リチウムイオン電池へは必要最低限の投資しか行わない」ことを意味します。

つまり、トヨタ自動車は、「とりあえずリチウムイオン電池で電気自動車を大量に作って、シェアを確保する」ようなことはせず、「次世代電池である全固体電池をいち早く実用化させ、それを使って一気に市場を制覇する」戦略を採用しているように私には見えるのです。

確かに、今売れているハイブリッド車のことを考えれば、急いでEVシフトをさせるメリットはトヨタにとっては少ないし、「全固体電池」という強力な武器を持っていれば、2~3年の遅れは十分に取り戻せると考えたくなるのも分からないでもありません。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

この戦略の弱点は、「全固体電池の2020年代前半の実用化」に大きく頼っている点です。それが万が一にでも3~5年遅れてしまえば、トヨタは今まさに起こっているEVシフトの大きな波をすっかり逃すことになってしまうのです。

例え3~5年遅れても「全固体電池は強力な武器になる」可能性は否定できませんが、他のメーカーも電池のイノベーションには投資し続けるので、そこまで遅れてしまうと、それほどの差別化要因にはならない可能性が大きいと思います。

ちなみに、この件に関して、先週紹介したGPT-3に尋ねたところ、こんな答えが返って来ました(DeepLで翻訳済み)。

EVの市場はまだ比較的小さく、トヨタは今のところ他の分野に注力しています。トヨタは、EVより将来性のある水素燃料電池技術に積極的に投資している。

 

トヨタはハイブリッドやプラグインハイブリッド技術にも力を入れており、完全な電気自動車に向けたより現実的な中間ステップと見ている。EVのインフラがまだ十分でなく、普及しないかもしれないものに大きな投資をしたくない。

 

トヨタは、現在の電池技術ではお客様の期待に応えられないと考え、電池技術の向上を待ってからEVを発売している。

(『週刊 Life is beautiful』2022年9月6日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみ下さい。初月無料です)

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

image by:Ormalternative/Shutterstock.com

中島聡この著者の記事一覧

マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 週刊 Life is beautiful 』

【著者】 中島聡 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 火曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け