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大手メーカーが“見放した技術”を再生。アラジン「高級トースター」人気の秘密

温かみのあるデザインもさることながら、他社製品を寄せ付けない圧倒的な性能で好調な売れ行きを記録するアラジン・グラファイト・トースター。しかしユーザーを虜にする焼き上がりを支えているのは、開発した大手企業から見放された技術でした。今回、そんな技術を買い取り人気の高級トースターとして「昇華」させた株式会社千石の成功への道のりを紹介しているのは、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さん。栗木さんは記事中、同社の取り組みを分析するとともに、その成功事例が問いかけているものを提示しています。

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

アラジン・トースターは、市場性が見いだせない技術をどのように再生したか

グラファイト管搭載の高級トースター

アラジン・グラファイト・トースターは、2015年に発売された高級調理家電である。兵庫県加西市に本社を置く株式会社千石が手がける。アラジン・トースターには、特許技術の遠赤外線グラファイト・ヒーター管が搭載されており、外はカリカリと、中はモチモチにトーストを焼くことができる。パン・ブームなどを追い風に、おいしいトーストを焼くことができるトースターとして人気を集めている。

アラジン・トースターは、丸みを帯びたレトロな外観で、トースターとしては珍しい、緑のカラーも用意している。これは暖房機のブランドとしての歴史をもつアラジンの特徴を踏まえた展開であり、本物感(オーセンティシティ)を醸成することにつながっている。

千石は、長らく大手メーカーなどから生産委託を受けるOEM企業として、各種家電の製造を行ってきた。現在の千石の売上高は180億円。アラジン・トースターの販売が順調に拡大したことで、自社ブランド事業がOEM事業と並ぶ千石の新しい柱に育っている。現在では自社ブランド事業が千石の売上高の4割ほどを占める。

そもそもは自社で開発した技術ではない

なぜ、一地方のOEM企業が、このような事業転換を果たすことができたのか。しかも、グラファイト管もアラジンも、従前は市場性が乏しいと思われていた技術であり、ブランドである。弱者の掛け合わせが、どのような化学反応を生みだしたのか。

グラファイト管は、そもそもは千石ではなく、他の国内の大手企業が開発した技術である。そしてこの技術を千石が購入することになったことから、アラジン・トースターが生まれる。

グラファイト管は、短時間で一気に高温となり、かつ発熱温度を最適にコントロールすることも容易である。熱源としての優れた特性をもつグラファイト管だが、問題もあった。グラファイト管は一般的なヒーター管よりも製造コストが高い。短時間で一気に高温となるグラファイト管は、加熱調理や暖をとるのに適しているとはいえ、市場では消費者に安価な類似品との比較のなかで選択される。いかに熱源として優れていても、価格が高ければ市場性は弱くなる。

こうした問題から、この大手企業は、開発したグラファイト技術を手放すことを決断し、それを千石が購入した。2012年のことである。とはいえ、千石もグラファイト管の用途が見えていたわけではない。その後は自社の暖房機などに採用して、細々とした販売を続けていた。

そこに各種の創意工夫を重ねてみると

そんなある日、千石の社内で、グラファイト管を使ってパンを焼いてみたところ、うまく焼けた。これをきっかけに千石は、トースターの反射版などに工夫を重ね、超短時間で高温を実現するグラファイト管の利点をうまく引き出すことに成功する。

とはいえグラファイト管は高価格であり、通常のトースターよりは当然価格が高くなる。大手企業にOEMで供給することを提案してみたが、断られた。課題はやはり価格だった。

千石は、グラファイト管のトースターの開発にはこぎつけたが、この高価な製品を自社で販売せざるを得なくなった。そこで千石が活用することにしたのが、社内にあったアラジンというブランドである。このアラジンというブランドも、外部から購入したものだった。アラジンには魔法のランプという火にまつわるイメージがあり、80年ほど前からイギリスやアメリカで暖房機などのブランドとして使われてきた。日本でのこのアラジン・ブランドの権利を長らく有していた企業から、千石が2005年に買収し、暖房機のブランドとして用いていた。

しかし、千石がグラファイト管を用いたトースターを開発した時点では、アラジン・ブランドの主力製品はクラシックなスタイルの昔懐かしい石油ストーブであり、その販売は細々としたものだった。固定ファンはついてはいたが、その知名度は限定的だった。

一方で、調理家電の高級化は、当時の国内市場のひとつのトレンドとなっていた。千石は、アラジン・ブランドとグラファイト・トースターの特性を訴求するためのプレスリリースなどに力を入れ、報道やSNSなどによる情報拡散をねらうことにした。こうしたプレスリリースなどの取り組みは、千石にとっては初めての経験だった。しかし、ブランドとしての知名度を高めることが不可欠と考えた担当者が社内を説得し、実現した。

そして千石は、アラジン・トースターの発売当初は、販路をオンライン直販と百貨店に絞ることにした。他社のトースターとの価格差が消費者に購入をためらわせる恐れが低いチャネルを選択したのである。そしてそこで実績をつくった後に、千石はアラジン・トースターの販路を家電量販店などにも広げていく。

計算を超えた共感や信頼の必要性

アラジン・トースターは、千石がグラファイト管という技術のポテンシャルに執着し続けたことから生まれている。そもそもグラファイト管は、開発した大手企業が、市場性がないと見放した技術である。そしてOEMで供給することを提案した大手企業からは、事業としての見込みはないと断られてしまう。

しかし、それでも千石はあきらめなかった。千石は保有していたアラジン・ブランドを活用し、デザインに工夫をこらし、プレスリリースに力をいれるとともに、当初は販路を価格で選ばれることの少ないルートに絞るなどの取り組みを重ねて、販売を伸ばしていく。

このように優れた技術の可能性を引き出し、市場を生み出すためには、ひとつ一つの課題を克服していく継続的な努力の投入が欠かせない。しかしそこで必要となるコミットメントに、ビジョンは存外無力であることを、バージニア大学教授のS・サラスバシーが、エフェクチュエーションという起業家的行動の論理を論じるなかで指摘している。

ビジョンとは、これからつくり出していく未来についての見通しである。しかし、以上で見てきたアラジン・トースターのような、新規事業開発の初期の時点では、未来における需要のあり方はそもそも明確ではなく、競争への勝算が立ちにくいことだけがはっきりしている。仮にビジョンのようなものがあったとしても、それは頼りないものとならざるをえない。

そこで新規事業開発に必要とされているのは、このような不確実性のなかで、未来に向けた行動に参加し、プロジェクトを進めていくことへのコミットメントである。すなわち、枯れ木に花を咲かせるのは、計算を超えた共感や信頼なのである。イノベーションを渇望する企業に、アラジン・トースターの事例が問いかけているのは、ビジョンや展望が弱さを嘆くのではなく、それでも未来に挑もうとする気合いや気力が組織に充実しているかという問いである。

image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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