プーチン大統領による9月末の一方的な併合宣言から40日余りで、ウクライナ南部のヘルソンから撤退したロシア軍。死傷者10万人以上とも報じられるなど苦戦を強いられているロシアですが、停戦を巡り意外なアクションを起こしたようです。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さんが、露側が米国に示したという驚くべき提案を紹介するとともに、和平交渉実現の可能性を検討しています。
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ロ軍、ドニエプル川西岸から撤退
ロ軍は、補給が困難なドニエプル川西岸から撤退の命令をショイグ国防相が発出した。ロシアも長期戦に向けて体制を整備するようだ。今後を検討しよう。
ウ軍は、ルハンスク州で交通の要衝のスバトボに向かっているが、前進できていない。しかし、ヘルソン州ドニエプル川西岸では、ロシア軍のジョイグ国防相が撤退命令を発したことで、ロ軍は流れを打って、ノバ・カホフカに向かって移動している。これに対して、ウ軍は追撃戦をして、州都ヘルソンを奪還した。ドニエプル川西岸をすべて奪還したようである。
今までの流れを見ると、
- 2月24日 開戦
- 3月下旬 キーウ防衛成功
- 4月中旬 巡洋艦モスクワ撃沈
- 5月中旬 マリウポリ陥落
- 6月下旬 セベロドネツク撤退
- 6月下旬 ズミイヌイ島奪還
- 9月中旬 ハルキウ全土奪還
- 9月下旬 ロシア部分動員令(強制徴用で反戦運動が起こる)
- 11月初旬 州都ヘルソン奪還
開戦1カ月で首都キーウ防衛に成功し、開戦7カ月後にハルキウ州を奪還し、開戦8カ月後に州都ヘルソンをも奪還することになった。ウ軍の勝利ではあるが、その裏には米国の助けがあった。この米国に変化が出てきた。
もう少し、詳しく言うと、
- 9月27日:ロシアがウクライナ4州の併合を問う住民投票を実施
- 9月30日:一方的な併合宣言
- 11月11日:ヘルソン州ヘルソン市をウクライナ軍が奪還
で、約42日間しか、ヘルソン市をロシア領にできなかったということである。
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南部ヘルソン州
ロ軍のスロビキン総司令官は9日、ドニエプル川西岸からのロ軍撤退について、「ヘルソン市や隣接する複数の集落が現在陥っている戦況では十分な補給や必要な機能維持などが見込めない」ことが理由だと示した。
この撤退について、クレムリンの前で「裏切り者どもが!ボロ負けじゃねえか!」と書かれたプラカードで撤退に抗議する人もいて、強硬派のロシア国民には不評であるが、強硬派のカディロフとプリゴージンは、この撤退を支持した。
ロ軍はヘルソン市内でネット回線や通信機器、電気・水道・電波塔などのインフラを破壊した。
11日、ロシアは、ロ軍の正規軍の撤退は完了したと発表して、ドニエプル川の橋をすべて爆破した。しかし、ダム破壊はしなかった。
このため、橋を全て破壊されたことで、ヘルソン市は完全な陸の孤島になり、このロ軍ヘルソン市守備隊は、完全に見捨てられた。
このため、ヘルソン市街で約1万6,000人ほどのロ軍兵士は私服に着替えて潜伏しているという。
その中、ヘルソン市庁舎にウ軍特殊部隊が到達。その後、安全を確かめて、ヘルソン市の中心部にウ軍本体が到着し、これから、ロ軍の残留部隊の掃討になる。ロ軍協力者も調査開始した。ロシア国籍取得者も調べるようである。
ゼレンスキー大統領も11日、「ヘルソン市を奪還。歴史的な日だ」と表明した。
もう1つ、ロ軍の防空兵器が、すでにドニエプル川東岸へ撤退済みのため、ウ軍のドローンが活発に動けることと、HIMARSなどの砲撃で、脱出地点ベリスラフ・ベセル・アントノフスキー橋や対岸脱出先カホフカで大渋滞して撤退するロ軍を大量排除した。ベリスラフではロ軍車列に対して、大量の爆撃がされていた。
撤退するロ軍は、最大3万人規模であり、「この戦力が川の南に引き上げるには、数日間、いや、数週間はかかるだろう。継続的な砲撃にさらされ、渡河能力が限られるなかでの撤退は、容易でもなく、迅速でもないだろう」とマーク・ミリー米軍統合参謀本部議長はいう。
もう1つ、ドニエプル川の水温は氷水のようであり、砲撃で船を破壊されて川に飛び込むと、死に繋がるということで、ロ軍の犠牲者数は、大変なようである。現在渡河出来ず残ってるのは動員兵と、機械化歩兵で、かなりの人数が残っているし、クリミアの病院には大量の負傷したロ軍兵士が運び込まれている。
そして、今後は、ロ軍もウ軍も川を越えるのは不可能に近く、砲撃戦が続くと予想される。
どちらにしても、ロ軍は難しい撤退作戦と渡河作戦の2重の苦難な作戦を行うことになり、大きな犠牲が出た。どうして、秘密裏に撤退作戦を行わなかったのかというロシア国内での批判も出る可能性もある。
この敗戦で、「イランはロシア連邦への武器の供給を停止しました」と、ウクライナ大統領府のアレストヴィッチ顧問は述べた。イランから申し出があったのであろうか?
しかし、撤退できたロ軍部隊は、メリトポリの方向へ移動して、東部戦線に投入されることになりそうだ。先に精鋭部隊を撤退させたので、東部戦線は、ロ軍の攻勢が激しくなっている。早く、ウ軍もロ軍に続いて、東部戦線を固めないといけない。
そして、ゼレンスキー大統領は12日夜、南部ヘルソン州のドニエプル川西岸地域からのロシア軍撤退を受け、ウクライナ軍が州都ヘルソン市のほか60以上の集落を奪還したと発表した。南部や東部のさらなる領土奪還に決意を示した。
同時期に、ヘルソン州の「副知事」を名乗る親ロシア派のキリル・ストレモウソフ氏が、交通事故死した。ストレモウソフ氏は、ヘルソン市を守るために義勇兵を募集して、徹底抗戦を主張で、ロシア政府の方針とは違う主張をしていた。このため、言動がコントロールしきれないストレモウソフ氏は用済みにしたようだ。
そして、プーチンは「交通事故」で死亡したストレモウソフ氏に対し「勇敢勲章」を追贈する大統領令に署名したという。用済みにしておいて、勲章である。
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バクムット・ドンバス方面
ロ軍の砲撃数が、200件以上をキープして、ものすごい量の砲撃が行われている。全盛期に近い感じの勢いで、この弾薬は、北朝鮮からのもので、かつ、ヘルソンなどから集めて東部戦線にぶち込んでいるのかもしれない。対して、ヘルソンに弾薬を回しているので、ウ軍の砲撃数が、減少気味で砲撃戦で負けているようだ。
その上、ウ軍は敵目標探査をドローンで行っているが、冬に向けて天候が良くなく、ドローンが使えなくなっている。これもウ軍にマイナスになっている。そして、火点を探すために突撃してくる動員囚人兵を銃撃すると、そこに砲撃されて、損害も多くなっている。その後、戦車に乗ったロ軍精鋭部隊が来る。
それ以外では、ウ軍は補充とローテーションを頻繁に行い、ロ軍の攻撃をしのいでいるが、ヘルソンからの精鋭部隊が来て、ロ軍の大攻勢が起こるかもしれない状況である。
ロ軍としては、ヘルソンの穴埋めするために、ドンバス方面は、ウ軍を負かす必要もあるからで、ロ軍のスロビキン総司令官も意地になっているような気がする。
そして、米国も弾薬不足を意識して、ウクライナ支援のために、砲弾10万発を韓国から調達して、手もと在庫の10万発をウクライナに提供するようである。
スバトボ・クレミンナ攻防戦
ウ軍は、クピャンスクからP07を南下してスバトボに向け進軍しているが、ノボセリフカをウ軍は奪還して、クゼミフカを攻撃している。
徐々に前進しているが、ロ軍動員兵がスバトボ周辺の至る所に居て、その排除に時間がかかり、ハルキウ州奪還のようなロ軍が点と線の状態ではなくなっているので、進軍速度は緩やかになり、泥濘にも手を焼いているようだ。
ウ軍は、クレミンナにも攻撃しているが、ロ軍の防御も堅い。
逆に、ロ軍はピロホリフカを攻撃したが、ウ軍は撃退している。
ロ軍や世界の状況
米のミリー統合参謀本部議長は、ロ軍はウクライナでの戦争の結果、10万人以上の死傷者を出したと述べた。ウクライナ側の死傷者数も同様の水準の可能性が高いとした。ウ軍の死傷者数が分からなかったが、10万人のようである。
日本人義勇兵の1名も最近、東部戦線で戦死した。ウ軍の犠牲者も、相当に多いようである。それが現実であろう。
また、ミリー氏は、ウクライナの避難民は1,500万~3,000万人に上るほか、罪のないウクライナの民間人約4万人が死亡したという。このため、ミリー氏は「交渉の機会があり、和平の実現が可能なら、その機会をつかめ」と語った。
そして、ミリー氏は、ロ軍が占領地で冬に備えて塹壕を掘り、強固な防衛戦を確立していることから、戦場に根本的に変化が生じる可能性が低く、領土的変動がほとんどないまま、無意味な死傷者だけが増えていくことを指摘した。第1次大戦の塹壕戦と同じような戦いになるという。
しかし、サリバン大統領補佐官ら高官は、停戦交渉開始に対して時期尚早として反対したとのこと。
しかし、それでも、米当局者は、ウクライナに対して、ロシアとの外交協議に前向きであることを示すよう求めている。戦争の終結が見えず、両国とも和平交渉に熱心でないと、戦争への関与に対する米国内の支持が弱まるからだ。
特に米国中間選挙で、共和党が下院を押さえることは確実であり、その共和党はウクライナ支援を絞り、米国のために資金を使えという立場である。このため、ウクライナ支援が絞られることは見えている。
このため、米国のサリバン大統領補佐官は、ウクライナとロシアの戦争が続く中、アメリカ政府とロシア政府の対話チャンネルは開かれたままだと認め、かつ、ロシア政府との連絡を維持することは米国の「利益のため」だと述べた。
そして、サリバン氏は、ロシアのニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記とロシア政府の外交政策補佐官ユーリ・ウシャコフ氏と極秘協議を行った。この交渉では、核のエスカレーション回避について協議したが、戦闘を終わらせる方法の交渉には至っていないというが、全然話し合わないというのもおかしい。
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ロシア国内では、部分動員という強制徴兵で前線に送られた息子、夫の帰還を要求し、母親や妻たちが全土で抗議集会が頻発している。地方議会議員も次々「反戦声明」を出し始めて、このままにすると反戦運動が盛り上がり、プーチン政権が崩壊する危険もある。
この危険な抗議活動に対して、マスコミに戦時検閲を導入し、敗戦ムードの打破が急務だとして、ロシア国営TVは、「これらの女たちは国賊だー」と叫んでいた。
しかし、ヘルソン州都からの撤退では、一転ロシア国営TVのソロビヨフは、ロシア政府のプロパガンダ拡散役を担っているが、「歴史的敗戦」と悲壮ムードで述べた。
だがソロビヨフは、ロシア軍の決定は賢明だと擁護し、プーチンや軍幹部を直接批判することはなかった。しかし、今後もロ軍劣勢を覆す方法もないので、停戦に向かう下地を作り始めたようだ。
そして、ロシアの停戦条件は、米国が仲介するなら、アジアの某超大国へのけん制をロシアも行うと提案したようである。米国は最優先安全保障問題は、中国の台湾進攻を留めることであり、ロシアの中国包囲網への参加は喜ばしいことではある。そして、先端分野での競争もないのでロシアが米国の脅威にもならないし、ウ軍にぼろ負けするロ軍に軍事的にも脅威を感じない。
もう1つ、台湾有事が、今起きると、米軍の弾薬不足が深刻になり、韓国軍の弾薬も少なく、北朝鮮の侵攻もあると東アジアで二正面に対応することも余儀なくされ、ウクライナ戦争どころではないことにもなる。
一方、ロシアは、中国から支援されるとみていたが、それもなく、非常に冷たい対応で、中国に対して、非常に面白くない感情がある。それと中央アジア諸国に対して、反ロ的な対応を中国が唆しているとみている。この面からもロシアは反中的になっている。ということで、対中で米ロの利害は一致しているのだ。
ということで、そろそろ、停戦交渉を開始するフェーズにきているようである。
このため、米国に促されて、ゼレンスキー大統領も、ロシアとの和平交渉を開始する前提として、「ウクライナの領土保全の回復」や「二度と(侵略)しない保証」など5項目を挙げ、「ロシアを強制的に交渉の席に着かせることが重要だ」と訴えた。この5項目には、プーチン政権ではないことがなくなっているので、プーチン政権とも停戦交渉を行うことになる。
このゼレンスキー氏がロシアに求める和平交渉の前提は、次の通り
- ウクライナの領土保全の回復
- 国連憲章の尊重
- 戦争による全損害の賠償
- すべての戦争犯罪人の処罰
- 二度と(侵略)しない保証
対して、パトルシェフ安保書記が中心に和平案をまとめ、「プーチンがこの和平交渉案を受け取った。数日中に議論する予定」とロシア対外情報庁の将官が言及した。その内容が
- ウクライナ領からロシア軍完全撤退
- 7年間NATO非加盟
- 6ヵ国で相互不可侵を監視
ロシア軍撤退があり、この情報が事実だとしたらロシア側も妥協を考え始めているようだ。裏では米国の意向も調べているし、米国は、この案をゼレンスキー大統領に見せているはず。
対して、ロシア国内では、フリゴジンが、ワグナーが占領したウクライナ領土は、ワグナーの土地であり、誰にも渡さないと不満を述べている。これに対して、ワグナー・センターの建物使用許可をロシア政府は出さないなど、強硬派対政権の熾烈な権力闘争が繰り広げられている。
プーチンの判断待ちであるが、結局、和平案の方向でロシアは、準備し始めたし、下打ち合わせを米ロは秘密裏に行っているようである。
さあ、どうなりますか?
(『国際戦略コラム有料版』2022年11月14日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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