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大阪2歳女児車中置き去り死が示す、“人”が最も不確かなものという事実

大阪府で11月12日に起きた、2歳の女児が車中に取り残され亡くなった事故。父親は「保育所に預けたつもりだった」と説明しているとのことですが、なぜこのような事故は発生してしまうのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、「にわかに信じ難い事故」が無くならない原因を解説。さらに「ヒューマンエラーはゼロにはならない」ことを前提とした上で、惨事を防止する方法を考察しています。

プロフィール河合薫かわい・かおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

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「信じられない!」は起こる。大阪2歳女児車中“置き去り死”に思う

「保育所に預けたと思い込んでいた」――。またもや痛ましい事故が起きてしまいました。

12日の夕方、大阪府の保育所の駐車場に止めた乗用車内で、保育所に通う2歳の女児がぐったりしているのを33歳の父親が見つけ、119番通報。女児は意識不明の状態で、搬送先の病院で亡くなりました。

父親の説明では12日の朝、3人の子どもを車に乗せて自宅を出発。4歳の長女と1歳の三女を市内の認定子ども園に預けた後、保育所に2歳の女児を預けるはずだったが、車に残したまま帰宅しました。

父親は午後5時すぎ保育所に迎えに行ったところ、保育所側から「今日は来ていない」と言われ、車の中を確認しぐったりした女児を発見したそうです。

そんなこと、あるのか?預けたと思い込んだって、どういうこと?不審に思った人も多かったかもしれません。

しかし、20年6月にも茨城県で同様の事故が起きています。40歳の会社員の男性が、朝、8歳の長女と2歳の次女を車に乗せ家を出発。長女を小学校に送り届けたあと、次女を乗せたまま自宅に帰宅。在宅勤務をしたのち、夕方に再び長女を迎えに行った際、後部座席のチャイルドシートでぐったりしている次女に気づいた。男性は「朝、保育園に預ける予定を忘れた。仕事のことで頭がいっぱいだった」と説明したと報じられました。

日本だけではありません。19年にはニューヨークで、ソーシャルワーカーの男性が4歳の子供をデイケアに預け出勤し、1歳の双子を後部座席に置き去りに。「保育園に預けたつもりでいた」と話したそうです。ある調査によれば、98年から21年の間に米国では少なくとも887人の子供が車内に置き去りにされ熱中症で亡くなっていると報告されています。

どれもこれも痛ましい事故であり、事件です。しかし、「大切な子供を忘れるなんて絶対にない!」と言い切れるほど、人間は絶対的存在ではないのもまた事実です。一時的な記憶障害は誰にでも起こるし、重大な事故の8割はヒューマンエラーです。そこに「人」が存在する限り、ヒューマンエラーは必ず起きる。私たちの心は常に周囲の状況に無意識に操作されています。目の前に存在する絶対的な物体でさえ視覚機能をコントロールし、見えるはずのものと見えなくなしてしまうのです。

そこに「慣れる」という環境に適応する「人」の性質が掛け算されると「ヒヤリハット」も見えなくなってしまうのですから、人間の心は実にやっかいです。

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ヒヤリハットとは、文字通り、重大な事故につながりそうになって、「ヒヤリ」としたり、「ハッ」とした出来事のこと。ヒヤリハットの効用を示した「ハインリッヒの法則」では、1つの大事故の背景には、29の軽微な事故、さらには300のニアミスが潜んでいるとされています。

一般的には航空機事故や医療事故で、重大な事故を防ぐ策としてハインリッヒの法則は使われますが、私たちの日常生活でも「忘れそうになった」「間違えそうになった」というヒヤリハットは数多く存在します。

例えばテレビのニュースや報道番組を見ていると地名や人名、時には流された映像が間違って報道され、「先ほどテロップが間違っていました」と訂正が入ることはみなさんも度々目にしていると思います。しかし、その「訂正をすることで事故が免れた」状態が繰り返されると、次第に「間違う」という本来であればヒヤリとする行為に慣れが生じます。

テレビというメディアで犯人の顔が間違って流されれば、間違われた人は被害を受けることになるし、地名が間違っていただけでも大変なことになります。ちょっとしたミスが大惨事を引き起こし、時にはテレビ局が名誉棄損で訴えられたり損害賠償を求められたり。テロップの間違いとは、本来は「ヒヤリ」とするはずの重大事なのです。

ところが、ミスをしても結果として何も起こらないと、「ヒヤリ」とも「ハッ」ともしなくなる。「え?間違ってる?じゃ、訂正お願いしま~す」といった具合に、「よくあること」になってしまい、大事故の芽であるヒヤリハットが見逃されてしまうのです。

しかし一方で、どんなに大事故の芽をつむ対策を取っても、ヒューマンエラーはゼロにはなりません。

05年、関西国際空港で閉鎖中の誘導路に貨物便が誤進入する事件が立て続けに2回起きました。いずれもヒヤリハットで終わったのですが、大惨事につながりかねないミスだけに各航空会社に事前に閉鎖中の誘導路の情報を流したり、航空管制塔でも再度閉鎖情報を伝えたりするなど情報の伝達を徹底しました。

ところがその後、さらに2件の誤進入が起きます。「標識がなかったので、どの誘導路なのか分かりづらかった」ことがミスの起きた原因だと報告された為、今度はカラーコーンを置いたり標識を作ったりと、物理的に誤進入を防ぐ対策が講じられました。

「これで大丈夫だろう」─。誰もがそう信じたそうです。

ところがです。またもや誤進入が発生してしまったのです。

つまり、この世で最も不確かでコントロール不可能なものが「人」であり、ソフト面ハード面の防止策に加え、ミスが起こってもそれが重大な事故につながらないような総合的なシステムを構築するしか、大惨事は防げない。

それは今回の事故も同じです。

子供の置き去り事件を繰り返さないためには、保護者・保育園の連携はもちろんのこと、「車」という装置自体にも「防止策機能」が必要になる。それが当たり前にならない限り、痛ましい事故はゼロになりません。高齢者などのふみ違いによる事故も、免許の返還や認知機能テストを厳格にするだけでなく、車のシステム機能も改善してほしいです。

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image by: Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
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