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Mannequin with basted jacket by a tailor

なぜ、本物志向の洋服を着れば着るほど日本人はダサくなるのか?

洋服作りの本場はヨーロッパです。しかし、ヨーロッパに渡り技術を学んだメルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、日本人の体型や日本の気候に合わないことを知りました。今回、坂口さんは本物を志向するのではなく、日本に合った良いものを作り出すビジネスの方法について語っています。

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日本発メンズアパレルの可能性

1.本場のテーラードを学んだけど…

洋服のルーツはヨーロッパにあります。本物の洋服を作るには、ヨーロッパに学ぶしかありません。そこで、日本の紳士服メーカーはヨーロッパのブランドとライセンス契約を締結し、ヨーロッパの紳士服を学びました。

初めに英国式の重厚なテーラードを学び、次にイタリア式の軽やかでセクシーなテーラードを身につけました。

しかし、技術は学べても、それが日本人に似合うかは別問題です。体型が異なるのです。

例えば、私がイタリア製のジャケットを着ると、思いっきり胸を張らないと、服に身体がはまりません。見た目はかっこいいのですが、その姿勢を維持するのは厳しい。結局、その時は日本メーカーのライセンスブランドのジャケットを選びました。

気候の差も重要です。ヨーロッパの気候は夏でも乾燥しています。服の中が蒸れたり、汗でベタベタすることがありません。

そういう気候で発展したのが、外気を遮断するスタイルです。ネクタイで首周りを密閉し、カフスで袖口から外気が侵入するのを防ぎます。革靴も足を外気から遮断します。

極論すれば、テーラードスーツは日本の気候には適していません。日本の高温多湿な気候に適しているのはきもののように開放的な構造の服です。襟元も袖口も裾も全て開放され、常に外気が身体の表面を対流しています。

気候と服の構造が合わないので、日本のテーラーは「背抜き」を発明しました。また、服全体にゆとりを持たせ、換気を良くしました。これが昭和のスーツです。

しかし、快適性を追求すると、本物の洋服を知っている人にはダサく見えます。最近、空調が完備されたので、夏でもヨーロッパのようなさわやかな環境で仕事をする人は増えました。しかし、満員電車では汗でドロドロになります。

本物に近づけば近づくほどに、服は気候風土、宗教的な価値観、美意識等に準じたものであることが分かります。そして、本物を志向する限り、日本製品はヨーロッパ製品の二番煎じにしかなりません。本物が欲しければ、ロンドンやナポリでスーツを仕立てればいいのです。

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2.理想の肉体をモデルとするテーラード

高温多湿、あるいは高温乾燥の気候の民族衣裳は、開放的な構造です。それが最も快適ですが、やはり公式の場では西欧が決めたドレスコードに従わなければなりません。

例えば、どんな国でも結婚式の時に、新郎、新郎の父親は、テーラードジャケットを着用することが多いようです。これは日本でも同様です。女性は民族衣装を着ても、男性は世界共通のスーツを着用する。紋付き袴を着ても、お色直しではタキシードを着用します。やはり立体的で身体にフィットしたテーラードジャケットには近代的な男性美を感じるのでしょう。

テーラードクロージングでは、近代的男性美をどのように表現しているのでしょうか。これは理想的な男性のシルエットとは何かという問題につながります。

まず、身体にフィットするという点では肩が重要です。肩は真上からみると、背中が膨らむ形で弓形にカーブしています。前肩は少し凹み、後ろ肩は肩甲骨が張っています。

胸は大胸筋等による張りがあり、腹部は腹筋で引き締まっています。背中の筋肉も含めて、ボディには程良い厚みがあり、逆三角形のシルエットを形成しています。

仮に貧弱な体型の人が着用しても、こうした美しいシルエットに見えるように造形することがテーラードの基本です。実際の肉体以上に美しい立体を作ることがで重要です。

腕は軽く前方に振れています。この方向性の表現も重要です。

袖山を立体に表現するために、必要に応じて肩パッド、ゆき綿等を使い、縫製では、袖山をいせこみ、身頃に伸び止めテープを貼るなど、美しいシルエットをつくり出し、かつ、型崩れしないように配慮されています。

加えて、腕を動かすための運動量を調整して、機能的で美しいシルエットを生み出します。

こうした立体への意識がテーラードクロージングのポイントです。

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3.カジュアルのテーラード化 

テーラードの技術を応用して人気を集めたのが、ドクターブレザー、ドクターコートと呼ばれる白衣です。元々、白衣は通常の服の上に羽織る大きめのシルエットでしたが、それをテーラードで仕立て、スタイリッシュにしたものです。ドクターは意外に記者会見等でアップで映されるケースが多く、そういう場面で撮影映えするジャケットとして評判になりました。

最近では、スーツ型作業着も登場しています。これまでは商談の時に、スーツに着替え、現場では作業着に着替えることが多かったのですが、現場でも汚れにくく、しかも機能的で動きやすいテーラードジャケットを作業着メーカーが作っています。

スーツ量販店のアオキは、「パジャマスーツ」というネーミングでイージーケアのジャージー素材によるテーラードスーツをヒットさせています。在宅勤務で直接人と会わなければ、見た目がスーツであれば問題ないということです。

「スーツがカジュアル化で姿を消す」だけではなく、カジュアルウェアがテーラードクロージングによって活動範囲を広げていると見ることもできます。

例えば、カジュアルシャツもテーラードにすることで、身頃をシェイプさせ、肩と袖を作り込むだけで、これまでのシャツとは異なる服になります。

Tシャツやスウェット、パーカーもテーラーが作ったらこうなった、という世界ができそうです。

あるいは、半纏や作務衣といった和装アイテムも直線裁ちではなく、少しだけカーブを与え、身体に沿わせることですっきりとしたシルエットになるのではないでしょうか。

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4.熱帯スーツ、砂漠スーツの可能性

世界で最も通じる英語とはどんな英語でしょうか。イギリス英語でしょうか。それともアメリカ英語でしょうか。正解はブロークン・イングリッシュです。訛りのある拙い英語が最も分かりやすく、実質的な世界標準になっています。

これと同じことが洋服にもいえるかもしれません。人口が増加しているのはヨーロッパのような「寒くて乾燥している地域」ではありません。むしろ、高温多湿な地域、あるいは、高温乾燥の砂漠のような地域です。こうした地域では、日本人が体験し改善した日本製スーツの方が、ヨーロッパ製のスーツより快適なのではないでしょうか。

そこで、本気になって熱帯スーツ、砂漠スーツを開発してみてはいかがでしょうか。

例えば、インドネシアでは長袖のバティックシャツは正装とされていますし、ハワイではアロハシャツが正装です。

これらのシャツスタイルを日本のテーラーの技術でスタイリッシュに仕立てるのは、いかがでしょうか。

共の生地で一重のテーラードジャケットも作っておけば、アンサンブルでも着られます。昼間はシャツスタイルで夕方以降はジャケットと合わせるという着こなしも可能になります。

日本には伝統的な色柄がありますし、手捺染からデジタルプリントまで、プリント技術は多彩です。事前のリサーチを行った上で、日本のプリントテキスタイルを使うことで、現地のものと差別化することが可能になるでしょう。

プリントシャツに合わせるパンツも重要です。現地のものをリサーチした上で、必要に応じてアレンジするのが良いでしょう。また、こちらも日本製の機能素材等で制作すると更に付加価値が上がります。

砂漠で暮らす人々はイスラム教徒が多く、服装に関するルールも厳しいようです。しかし、日本の綿紡績の生地が人気があると聞いたことがあります。紫外線防止、撥水、透湿などの機能素材を使い、そこにテーラードの技術を加えれば、高級品としての可能性が出てくるでしょう。

また、これらの国々でも結婚式にはテーラードジャケットを着る機会が多いので、日本独自の金襴、ラメ糸使い、クリスタルビーズ等を駆使したジャケットのニーズはあるでしょう。これらが得意なテキスタイルメーカーとコラボして、ブライダルフォーマルの展示会を行うのも良いかもしれません。

編集後記「締めの都々逸」

「凄い技術で 遊んだものを 軽く作って 売ってみる」

日本人は真面目だから、技術を突き詰めるのが好きです。道を究めるように。

でも、本格的であればあるほど、それを受けいれる顧客の数は少なくなります。また、洋服のように欧州がルーツのものは、いくら頑張っても本格的なラグジュアリーブランドにはなれません。

世界の人が日本の歴史や文化を高く評価して、来日しているのに、日本人は海外のブランドやデザインを一生懸命に学んでいるのです。そろそろ、日本人は日本らしさで勝負しても良いのではないでしょうか。顧客はそれを望んでいます。問題は作り手の意識なのです。(坂口昌章)

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image by: Shutterstock.com

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