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村神様とタイパ。「流行語大賞」と「今年の新語」の顕著な違いとは?

年末恒例、現代用語の基礎知識が選ぶ「新語・流行語大賞」では、「村神様」が大賞に選ばれメディアを賑わしましたが、同じく“今年の言葉”を選考するイベントで、2015年にスタートした三省堂による「今年の新語」をご存知でしょうか。こちらは、辞書に採録する可能性のある新しい言葉を募り、辞書編集者が選考するもの。今年の大賞は「タイパ」でした。今回のメルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』では、朝日新聞の校閲センター長を長く務め、“文章・ことばから見る新たなコンサルティング”を展開する著者の前田さんが、この2つの賞で上位になった言葉を紹介しながら、「流行語」と「新語」が使われるメディアと世代に違いが出ていると伝えています。

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今年の「流行語」と「新語」この違い知ってますか?

今年も「現代用語の基礎知識 選 2022 ユーキャン新語・流行語大賞」(流行語大賞)と「三省堂 辞書を編む人が選ぶ 今年の新語2022」(今年の新語)が発表されました。ともに「今年のことば」を選ぶイベントは、コンセプトが異なります。

「流行語大賞」は、話題となった出来事や発言、流行など、その年を象徴することばに焦点が当てられています。一方「今年の新語」は、辞書に採録する可能性のあることばを取り上げ、辞書編集者が語釈をつける趣向が凝らされています。

どちらかというと、これまで「流行語大賞」の方が一過性のことばのような印象があり、辞書を意識した「今年の新語」の方がこれから一般に浸透していくことばなのだろうと、勝手に思っていました。ところが、選ばれたことばを見ると、どうもそういう決めつけは改めないといけないのかもしれません。

「流行語大賞」の年間大賞は、プロ野球・ヤクルトの村上宗隆選手の活躍によって、使われるようになったことば「村神様」でした。これは、優れたコトやモノを指すときに使われる「神(様)」と「村上選手」が合体してできたことばです。

村上選手は、シーズン最終戦でホームラン56号本塁打を放ち、歴代単独2位を記録しました。史上最年少の22歳で50本到達の記録更新も話題になりました。

神になった村上選手

野球でいうと「昭和の怪物」と言われた江川卓さん、「平成の怪物」松坂大輔さん、そして「令和の怪物」佐々木朗希選手という具合にその時代の「怪物」が次々生まれています。「怪物」は、偉業をなす選手への賞賛のことばとなっています。

「村神様」ということばも、村上選手の活躍を称えることばとして、彼が現役を退いたとしても使われることばだろうと思うのです。もちろん、このことばがそのまま国語辞書に載る可能性は低いかもしれません。しかしその時代を表すキーワードとして記憶され記録されるべきものだと確信するのです。

「神」ということばについては、「人間をこえ、ふしぎな力を持って存在すると考えられているもの」という語釈を援用する形で「そのようにすばらしい(人/もの)」と三省堂国語辞典(第八版)にも載っています。

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「流行語大賞」は他にも「きつねダンス」「国葬儀」「宗教2世」「キーウ」「悪い円安」などが選ばれました。「きつねダンス」はプロ野球・日本ハムの応援ダンスとして話題になったもの。「国葬儀」「宗教2世」は、元総理襲撃とそれを機に浮上した宗教に関して問題になった際のキーワードとなったものです。

「キーウ」は、ロシアのウクライナ侵攻を機に、首都「キエフ」をウクライナの表記・発音に近い形に地名変更されたものです。「悪い円安」は、相次ぐ物価高騰と円安基調が続くなかで選ばれたことばです。これらのことばは、新聞・ラジオ・テレビを始め、ネット・SNSのなかで広く使われました。これらのことばは日常語として認知されたものがほとんどです。

「タイパ」って何だ?

一方、「今年の新語」の第1位は「タイパ」です。寡聞にして僕はこのことばを知りませんでした。「タイのパティーって何だ?」とまったく違うことを考えていたのです。「パ」が「パーティー」の略だとしか思い当たらなかったのです。大昔、「ダンスパーティー」を「ダンパ」と略していた頃の記憶に頼らざるを得なかったのです。

これは「ダイバーシティ」を「ダイバーの集まる町」だと勘違いしているのと、大差ないのです。知っている単語の意味を付けただけなのですから。「タイパ」の解説は「タイムパフォーマンス」の略だとあります。「パ」は「パフォーマンス」の略だったのです。

「今年の新語」の特設ページによると、〈「タイパ」は、何年か前からメディアにも現れていました。たとえば、ビジネス情報誌『ダイヤモンド・チェーンストア』2019年2月15日号は、個人が多忙になり、生産性の向上を求める傾向が強まった結果、「コスパ」よりも「タイパ」重視の時代になったことを指摘しています。〉とあります。

これが、顕著に現れたのが動画の倍速視聴なのだそうです。そういえば、僕が配信しているポッドキャスト「ことばランド」の相手を務めている江川みどりさんも音声メディアなどは「倍速で聴いている」と話していました。

2022年4月に刊行された稲田豊史著『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)は、若い世代で映画やドラマを倍速などで見る人が多いことを論じ、〈倍速視聴・10秒飛ばしする人が追求しているのは、時間コスパだ。これは昨今、若者たちの間で「タイパ」あるいは「タムパ」と呼ばれている〉と記しています(「今年の新語」の特設ページから)。

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第2位が「○○構文」です。代表的なものが「おじさん構文」でしょうか。おじさんが書くSNS上の文章を揶揄した文章表現と言ったところです。絵文字や顔文字が多い、なれなれしい感じの文章を指します。「○○構文」は10年以上前からあったと言います。〈2011年発売のゲーム「エルシャダイ」のせりふをまねて「よし分かった、説明しよう」などと言うパターンが「エルシャダイ構文」と言われました〉(「今年の新語」の特設ページから)。

第3位の「きまず」も独特な使われ方をしています。「まずい」を「まず」と語幹だけで省略する方法は、若い人たちを中心にしたことばによく見られます。「きまず」は「気まずい」の語幹ですが、さほど気まずくない場合にも使うのが特徴です。

メディアの特性も影響する新語

「流行語大賞」と「今年の新語」の一部を見てみました。すると、そこで選ばれたことばが使われるメディアと世代に、違いがあることに気がつきます。「流行語大賞」は、様々なメディアと世代に使われていることばが多く、「今年の新語」は、SNSから発信された若い世代のことばが中心になっています。

「新語」が新聞・ラジオ・テレビのいわゆるオールドメディアからの発信が少なくなってきているという印象を持つのです。「流行語」の方が、オールドメディアにも使われ、オーソライズされたことばになっています。ここに、ことばを発信するパワーバランスが移ってきたように感じるのです。つまり、SNSでの発信が辞書の採録に大きく影響する時代になってきたのだ、と実感したのです。

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image by: Shutterstock.com

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未來交創株式会社代表取締役/文筆家 朝日新聞 元校閲センター長・用語幹事 早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了 十数年にわたり、漢字や日本語に関するコラム「漢字んな話」「漢話字典」「ことばのたまゆら」を始め、時代を映すことばエッセイ「あのとき」を朝日新聞に連載。2019年に未來交創を立ち上げ、ビジネスの在り方を文章・ことばから見る新たなコンサルティングを展開。大学のキャリアセミナー、企業・自治体の広報研修に多数出講、テレビ・ラジオ・雑誌などメディアにも登場している。 《著書》 『マジ文章書けないんだけど』(21年4月現在9.4万部、大和書房)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』(すばる舎/朝日文庫)、『漢字んな話』(三省堂)など多数。

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【著者】 前田安正 【月額】 ¥660/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎月 5日・15日・25日

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