MAG2 NEWS MENU

マウンテンバイクは改造と遊びから生まれた。ユーザー発のイノベーションを後押しする「博報堂」の画期的な試みとは?

昨今よく耳にするようになった「ユーザー・イノベーション」なる言葉。それは一体何を意味し、どのようにして起こされるものなのでしょうか。そんな疑問を解消してくれるのは、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さん。栗木さんは今回、ユーザー・イノベーションの何たるかをわかりやすく解説するとともに、その活用に取り組む企業を強力にサポートする、博報堂が開発した「ユーザー・イノベーション・プログラム」の実力を紹介しています。

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

博報堂が開発を進めているユーザー・イノベーションのためのマーケティング・リサーチ

イノベーションの担い手は誰か

ユーザー・イノベーションは、米国MIT(マサチューセッツ工科大学)教授のエリック・フォン・ヒッペルが主導してきた経営学の新しい研究領域である。博報堂は、ヒッペルたちの研究成果をマーケティング・リサーチに取り入れ、企業における製品やサービスの開発に活用しやすくするための取り組みを進めている。

イノベーションは社会を変え、組織に大きな成長にもたらし、個人の自由を拡大する。では、そこにあって、創意工夫をかさねてイノベーションを生み出すのは誰なのか。

イノベーションの多くは、現代では企業における研究開発から生まれている。さらにイノベーションは、政府組織や大学などからも生まれる。たとえばiPhoneを開発したのは米国のアップルだし、QRコードを開発したのは日本のデンソーである。インターネットは米国の国防総省が資金提供を行い、遠隔地の大学間でデータ転送を試みるプロジェクトからはじまった。Googleの検索エンジンを核とした事業も、創業者たちがスタンフォード大学在学中に創業している。

リードユーザーという存在

そしてそれ以外にも、ノベーションには重要な担い手がいる。製品やサービスを利用する個人や小集団である。たとえばマウンテンバイクは、市販の自転車をユーザーたちの小集団が改造し、遊ぶなかで生まれた。アンチロック・ブレーキ・システムは、カーレーサーが横滑り制御のために行っていたポンピングというブレーキの踏み方から開発の手がかりを得ている。

ユーザー・イノベーションとは、こうしたユーザー発のイノベーションを指す。もちろん誰もが製品やサービスを使用しながら、イノベーションにつながるような創意工夫を行っているわけではない。そのなかにあって、社会を変え、組織に成長を生みだし、個人の自由を拡大するような創意工夫を行っている製品やサービスの先進的な使い手を、リードユーザーという。

リードユーザー×企業で生まれる社会への普及

ユーザー・イノベーションでは、イノベーションの起点はリードユーザーである。しかしどんなにすごい創意工夫であっても、個人や小集団が独自に試行を重ねているだけでは、社会に広がるイノベーションとはならない。

ユーザー・イノベーションは、ユーザー発のイノベーションだが、ユーザー・サイドで完結するわけではない。個人や小集団のアイデアを社会に普及させていくには、企業などの組織がリードユーザーの取り組みを見いだし、自社の製品やサービスの開発や改善に活かすことが欠かせない。

博報堂のユーザー・イノベーション・プログラム

では企業は、どのようにしてリードユーザーを見つければよいのか。博報堂は、「ユーザー・イノベーション・プログラム」という、リードユーザーからの知見を製品やサービスの開発に活用するためのマーケティング・リサーチのプログラムを開発している。

そこには、ユーザー・イノベーション研究に由来するピラミッティングという手法が採用されている。ユーザー・イノベーション・プログラムでは、テーマに沿って10~20名ほどのリードユーザーにインタビューを重ねることで、ユーザーたちの創意工夫やアイデアを収集する。しかしリードユーザーは、どこにでもいる普通のユーザーではない。数少ないリードユーザーを見つけ出すための探索の方法が課題となる。

ピラミッディングの進め方

ピラミッディングは次のように進められる。たとえば「環境負荷を減らす生活」というテーマであれば、環境問題の専門家や、環境負荷削減のための工夫をせざるを得ない人たちなどから候補者をリストアップし、インタビューを進める。続いてピラミッディングでは、インタビューを行ったリードユーザーたちに、その人が参照したり、注目したりしている先進的なリードユーザーを紹介してもらう。

こうした特別だが切実な問題については、関心を共有する人たちが相互に連絡を取り合ったり、知見を交換したりすることでネットワークができやすいことが知られている。ピラミッディングはリードユーザー間のネットワークを活用して、知見の収集を進めていく。たとえば、環境負荷を減らす先進的な生活であれば、山小屋という厳しい条件のもとで問題に取り組む経営者にインタビューを行い、下水道関連の仕事を行う企業を紹介してもらい、そこから下水研究を行う大学教員につながるといった具合である。

ユーザー・イノベーション活用のボトルネックを解消するプログラム

博報堂は、このピラミッディングを進めるための知見を蓄積している。現在では、ピラミッディングにおける最初の候補者の選択をどのように行えば、リードユーザーたちから有用な知見を効率的に得ることができるか明らかになっているという。

ユーザー・イノベーションの活用に企業が取り組むうえでのひとつのボトルネックは、リードユーザーを探索することの難しさだった。そのためにリードユーザーは社会のなかに埋もれがちだった。

しかし近年では、ユーザー・イノベーション・プログラムのような手法の開発が進んでいる。そのために、以前は活用しにくかったユーザー・イノベーションを、製品やサービスの開発に取り入れることが容易になっている。

image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け