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アベノミクスの“二の舞い”か?不安しかない岸田政権「異次元の少子化対策」の大問題

もはや「待ったなし」などという段階を遥かに超えた状況にある我が国の少子化問題。岸田首相は「異次元の少子化対策」を打ち出していますが、問題を思惑通りに解消することは可能なのでしょうか。立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さんは今回、岸田政権の少子化解消策を「カネをばらまく対症療法にすぎない」と強く批判。さらに日本が少子化に陥った根本原因を分析・解説するとともに、政府に対して具体的な解決計画を提起しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

岸田首相「異次元の少子化対策」の認識不足

通常国会が開幕した。岸田文雄首相は、「異次元の少子化対策に挑戦する」と表明した。「少子化問題」が日本の最重要課題の1つであることはいうまでもない。それに、岸田首相が取り組むという決意を表明したこと自体はいい。だが、胸を張っていえることじゃない。

「少子化問題」は、少なくとも1980年代には広く社会で認識されるようになり、1995年度から政府が本格的な対策に着手していた。育児休暇制度の整備、傷病児の看護休暇制度の普及促進、保育所の充実などの子育て支援や、乳幼児や妊婦の保健サービスの強化などを進めてきた。だが、合計特殊出生率は下落を続け、2021年は1.30人である。また、2022年の日本の出生数は80万人を割り込む見込みだ。

要するに、政府は20年近く取り組みながら、十分な効果を上げられなかったということだ。この連載で批判してきたが、自民党はほとんどの政策課題に取り組んではいる。だが、問題は「Too Little(少なすぎる)」「Too Late(遅すぎる)」「Too Old(古すぎる)」ことだ。

また、「異次元」と謳っていることも気になる。「異次元」といえば、安倍晋三元首相の経済対策「アベノミクス」だ。だが、アベノミクスは金額が異次元だっただけで旧来型のバラマキ政策だった。輸出産業など斜陽産業を延命させるための「対症療法」だったといえる。日本経済を本格的に復活させる新しい産業を生み出す、いわば本質的に経済を改革する「原因療法」と呼べる規制緩和や構造改革は十分に行われなかった。

「異次元の少子化対策」は、アベノミクスによく似ている。まず、岸田首相が掲げた政策が「3本の柱」で成り立っていることだ。

  1. 児童手当を中心とする経済的支援強化
  2. 幼児教育や保育サービスの支援拡充
  3. 働き方改革を、将来的に予算を倍増させて実現する

いずれも既存政策の拡充だ。それを「異次元のバラマキ」でやろうとする。

掲げた3本の柱が、すべて子どもが誕生した後に、その子どもや親の生活をサポートする「子育て支援策」であることも問題だ。子育てにおカネがかかる親にとっては、子どもに本や衣類などが買えるので助かるだろう。だが、それでもう1人子どもを持とうとは思わないという声はすでに出ている。ましてや、結婚したいのに経済的理由でできないでいる人たちや、子どもを持てない人は対象外なのだ。これは「少子化対策」ではない。

要は、前の前に見えている子育ての問題を収めるために、とりあえずカネをばらまくという「対症療法」にすぎないのだ。「少子化問題」の本質的な解決を図ろうしていない。このあたりもアベノミクスに似ているのだ。

「少子化問題」の本質的な解決とは、希望しながら結婚できない人を減らし、子どもを持てない人たちを減らすことである。これまで、なぜ歴代の政権はそれに取り組むことができなかったのだろうか。それは、自民党内などの「保守派」にとって受け入れがたい改革を行うことになるからである。

日本では、希望しながら結婚できない人、子どもを持てない人たちが多数いる。それには、国際的にみて日本社会特有の現象が背景にある。それは、「女性の年齢別労働化率」のグラフにおける「M字の谷」と呼ばれている現象だ。

「M字の谷」とは「女性の年齢別労働力率」のグラフで、学校卒業後20歳代で労働力率が上がりピークに達し、その後30歳代の出産・育児期に落ち込み、子育てが一段落した40歳代で再上昇する。これが「M字」に似た曲線となるのだ。

重要なことは、「M字の谷」と呼ばれる現象は、日本と韓国に特徴的にみられる現象で、欧米諸国ではみられないことだ。「逆U字型」と呼ばれる曲線を描いている。つまり、一定の年齢層で労働力率が下がることはない。それは、女性の働き方に対して柔軟性が高いことが考えられる。

出典:図録▽女性の年齢別労働力率(各国比較)(sakura.ne.jp)

もちろん、日本でも近年、「M字の谷」が緩やかになってきている。安倍政権下で取り組まれた「女性の社会進出」を促進する政策によって、つまり、日本でも30歳代の出産・育児期に共働きを続ける女性が増えているということだ。

一方、それでも問題がある。そもそも労働力化率が高い「未婚」の女性が増えているという側面もある。そして、それ以上に問題なのは、非正規雇用が増えた結果だということだ。正規雇用は、結婚、出産等とライフイベントを重ねるにつれて、徐々に非正規雇用に移っていくか、離職していく。

出典:男女共同参画局 第1-特-14図 年齢階級別労働力率の就業形態別内訳(男女別,平成24年)

また、女性が結婚・出産で離職した後、正規の職員・従業員としてはほとんど再就職しないという傾向がある。

出典:男女共同参画局 第1-特-16図 女性の年齢階級別労働力率の世代による特徴(雇用形態別) 

この傾向は、「男尊女卑」の日本の文化、伝統だという指摘があるが、より重要なのは「日本型雇用システム」である。年功序列・終身雇用で組織の幹部を育成するシステムだ。このシステムでは、途中で結婚・出産で組織を離れる女性は幹部になれない。

幹部になるには、継続して働き、年功を積んでいく必要があるからだ。一度組織を離れることは、組織の同世代の「出世争い」から離脱することを意味し、二度と復帰することはできない。ゆえに、子育てで一旦離職する可能性が高い女性には、入社時から重要な仕事は任せないということになる。結果、実際に離職した後、正社員で復帰することはなく、中途採用で女性を採用する枠は、極めて狭いものとなる。

一方、女性の社会進出が進んだ欧米諸国などは、基本的に企業や官僚組織などで年功序列、終身雇用は採用されていない。新卒の一括採用はなく、組織が必要とする業務について人材を募集する。組織は、将来幹部になるかどうかは関係なく、その時その時の業績で人材を評価する。

課長、部長から社長まで幹部も外部に公募されて決まる。内部昇格もあるが、その際も、外部から応募してきた人材と公平に審査されて、内部の人材が優秀と判断された場合である。

欧米でも女性は結婚、出産で組織を離れることはあるが、キャリアアップのハンディになることは少ない。離職前の経歴をアピールして、いろいろな組織の幹部の公募に挑んでポジションを得ることができるのだ。

だから世界の女性政治家、女性企業経営者・幹部、女性の学者には、パートナーを持ち、出産・子育てを経験している人が多い。「働き方改革」が遅々として進まず、いまだに結婚・出産がキャリアの墓場となる女性が多い日本とは大きな違いがある。

出典:I-2-14図 就業者及び管理的職業従事者に占める女性の割合(国際比較) | 内閣府男女共同参画局(gender.go.jp)

「少子化問題」に話を戻したい。日本経済新聞の調査によれば、「子供はいた方がよいと思いますか」との問いに「そう思う」と答えた20代女性は20%以下だ。「子供が減っている理由は何だと思いますか」との問いには「家計に余裕がない」「出産・育児の負担」「仕事と育児の両立難」が上位を占めた。

また、「結婚はした方がよいと思いますか」との問いに、30代女性のわずか9%が「そう思う」と回答した。結婚が減っている理由は「若年層の低賃金」「将来の賃上げ期待がない」などが上位を占めた。

要するに、おカネがないから、結婚できないし、子どもも持てないということだ。その原因は、日本では結婚して子どもができると、妻は離職して専業主婦になるか、正規雇用の職を失い、非正規雇用になるしかない「日本型雇用システム」にある。

つまり、結婚すると、所得が減ってしまうことが問題なのだ。これは、簡単な事例で考えてみればわかる。職場結婚を考える同期の正規雇用のカップルがいるとする。年収は2人とも500万円。結婚で妻は退職する。2人で夫の年収500万円を使うことになり、一人当たり、250万円となる。子どもができるともっと少なくなる。

妻が非正規雇用で働くとしても、夫の500万円+100万円で合計600万円。やはり、一人当たり300万円ずつ結婚前より使えるおカネは少ない。要するに、結婚すると生活が厳しくなる。これでは結婚し、子どもを持とうという気にならないのは当然だ。

一方、結婚後に2人とも正規雇用で働き続けることができるならば、どうだろうか。年収が500万円+500万円=1,000万円となる。これならば、結婚したほうが使えるおカネが増えるということになり、結婚しようという気持ちになるし、子どもも複数持とうという気になる。

人生全体を考えると、年収500万円で40年間働けば収入の合計は2億円だ。これが夫婦二人なら世帯年収は4億円になり、その10%を貯蓄し続ければ40年後には4,000万円ほどの財産が作れることになる。

これならば、家を買おう、車を買おう、外食しよう、旅行に行こうという気持ちになり、消費も上がる。そして企業は、政府から無理な賃上げを強いられるよりも、今いる正規雇用を維持し、例年通り大卒の女子を正規雇用し続けるだけ、売上げが増えて、業績が増えていく。長くデフレに悩む日本企業の復活にもつながる。

私は、この「結婚でファミリー所得倍増計画」を提起したい。現在の日本社会では、結婚はいわば「人生の墓場」となっている。妻は正規雇用の仕事を辞めて収入ゼロ、あるいは非正規雇用で収入減となりながら、家事を一手に担う。夫も、自由に使える小遣いが激減し、少ない年収で家族を養っていかなければならない。苦行でしかないからだ。

結婚し、子どもを持とうという若者が増えるには、「結婚し、子育てすることは楽しい事」でなければならない。つまり、結婚すれば、夫と妻の年収を合わせれば2倍になり、豊かな人生を送れるという「夢」がなければならない。

「国民に夢を与える」というのが、政治の本質的な役割のはずだ。ところが、日本の伝統的な家族像を守れという保守的な思想に手足を縛られて、本質的な少子化対策から目を背け続けて、若者に苦行を強いているのが、日本の政治の現状ではないだろうか。

「結婚でファミリー所得倍増計画」を実現するために、様々な課題を乗り越えなければならないのはいうまでもない。しかし、政府は徹底した支援策を行えばそれは可能となる。

まずは、「配偶者控除」だ。夫が妻を養う世帯では、妻の給与収入が103万円以下なら夫の所得税計算の際に38万円の配偶者控除が認められ税の負担が軽くなる。逆に、妻の収入が103万円を超えると妻も所得税を負担するため、税の負担が重くなる。これが、女性の労働意欲を阻害していると批判されている。いわゆる「103万円の壁」と呼ばれるものだ。この撤廃が第一歩だ。

また、「共働き」のデメリットをなくす政策が必要だ。「共働き」のデメリットとは、「家事がおろそかになりやすい」「自由な時間がなくなる」「子どもとの時間が減ってしまう」ということだ。要は、共働きが、仕事と子育ての負担増にならないようにサポートすることが必要だ。

まず、いわゆる「保育園の待機児童問題」を完全に解消することが必要だ。保育園の建設を増やす、保育園を設立することの助成、保育士を増やし、その待遇を改善するなどは、最優先に予算をつける政策だ。

企業が、結婚・出産する女性社員を正規雇用し続けることは重要だ。そのサポート体制を構築する必要がある。厚生労働省は現在、「くるみん認定」「えるぼし認定」といった認定制度を設け、女性活躍や育児支援に力を入れている企業に助成金を給付するなどの優遇措置を実施している。

だが繰り返しになるが、日本では女性の非正規雇用者が多く、少子化が進んでいるのが現状であり、両制度が飛躍的な効果を生んでいるとはいえない。効果をさらに高める上では、助成金給付の対象となる企業を広げたり、給付金額を手厚くしたりといったテコ入れが必要ではないだろうか。

また、前述のように、女性が正規雇用を続けられない大きな理由は、年功序列・終身雇用の日本型雇用システムにある。子育てで休職する女性の正規雇用での復職、女性の正規雇用での中途採用、女性の幹部社員としての中途採用、終身雇用の女性の幹部登用を、増やしていくなど、システムそのものの改革が必要となる。

なにより重要なことは、政府が移民を拡大することだ。共働き夫婦をサポートし、子育て・家事を行うハウスキーパーや、その他の単純労働を担う外国人家事労働者を、海外から多数受け入れることが必要だ。これは、夫婦共働きでキャリアを築いている香港、台湾、シンガポールなどアジア地域では普通になっているモデルだ。

香港では、約30万人の外国人家事労働者がいる。1974年にその受け入れが始まった。その後、女性の労働人口が1986年の99万人から、2014年には189万人に増えた。労働人口に占める女性の割合も37%から49%に増加したのだ。

日本では、安倍政権時に「女性の活躍支援」の一環として、「国家戦略特区」での外国人家事労働者の受け入れが解禁され、外国人家事代行サービスが行われたことがある。だが、それはあくまでも例外的措置にとどまっている。

外国人のハウスキーパーの受け入れにはリスクがあるなど批判があるが、諸外国ではそのリスクへの対応も含めて、外国人家事労働者受け入れの経験を積み重ねている。日本でも、外国の経験に学び、これまでの発想を変える政策を打ち出す必要がある。

「結婚でファミリー所得倍増計画」は、これまで繁栄を築いた戦後日本の社会モデルを抜本から転換する大改革である。だが、この改革がなければ、日本は衰退の一途をたどるだけである。歴史、伝統、文化、そして思想信条の違いを超えて、国民全体で議論していくべきだと考える。

image by: 首相官邸

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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