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Japanese Omakase Restaurant counter focuses on Japanese ceramic tea cup with Blur chef cooking at the kitchen counter and directly serve to customers in the background.

スシロー“ペロペロ事件”を誘発しているのは「接客のシステム化」か?

年始からテレビやSNSを大きく騒がせたスシロー「ペロペロ事件」。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、ファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、 この犯人が悪いのは確かだとしたうえで、現代の接客のシステム化について問題提起しています。この事件を引き起こしたのは、このシステム化かもしれないのです。

人とシステムは協業できないのか?

1.スシロー事件に見える「省人化」の課題

大手回転寿司チェーン「スシロー」の事件がテレビやネットで盛り上がっています。若い男性客が唾液をつけた指でレーンを流れるすしを触ったり、醤油ボトルの注ぎ口を舐めたりした動画が拡散しました。その結果、「スシロー」の株価の時価総額が約170億円ほど下がったといいます。こうなると、最早、テロ行為、犯罪行為です。

どんな言い訳をしたにせよ、この犯人が悪いのは確かであり、高額の賠償請求されたとしても仕方ありません。その前提の上で、自動化、省人化について考えてみたいと思います。

まず、現在のスシローは、予約から会計まで、誰とも話をする必要がありません。というより人間と接することもありません。

スマホから予約し、店に到着したら、受け付けタッチパネルでチェックインし、QRコードを受けとります。順番待ちの画面を見ながら、自分の番号が呼ばれたら、座席案内の端末にQRコードを読み込ませると、座席が指定されます。座席ではタブレットで注文し、寿司が流れてきます。食べ終わって寿司の皿を数えるのも、画像認識で自動化しているので、会計もタブレットで確認し、キャッシュレスでも現金でもセルフレジで支払えます。

システムとしては完璧です。接客業務がないのです。

でも、私はせわしなくて落ち着きません。自動で餌が出てくる養鶏場の鶏になった気分です。何も話さず黙々と注文し、届いた寿司を黙々と食べる。そのまま黙々と会計を済ませて店を出る。寿司はまずくはないけど、食事の時間としては味気ないんです。でも、息子の世代は特に気にならないようです。

さて、昔の寿司屋はどうだったでしょう。カウンターに座って、品書きを見て、大将に「今日のお勧めは」「白身は何がいいかな」「つまみに少し切ってよ」などと会話しながら、注文し、食べていたものです。目の前に握ってくれた職人がいるので、自然とリアクションもしますよね。「おいしいね」と言ったり、無言でうなずいたりします。一人で食事をしても、寂しくないんですね。

初期の回転寿司には、レーンの向こうにはやはり職人さんがいたので、注文することもできました。「はい、お待ちどう」と言いながら皿を渡されたりします会計時には、「御勘定」といって、店員を呼んで皿を数えてもらう。最後は、伝票を持って会計しますが、そこでも、「おいしかったよ」とか「ありがとうございます。またお待ちしています」という会話もありました。

人と接する場面があれば、今回のスシローのような事件は起きなかったと思います。

学校や会社の食堂のように、セルフサービスの食堂になると、ほとんど人と接することはなくなります。しかし、そこにいるのは学生や社員だけなので身分が保証されています。ですから、イタズラは起きません。

ある意味で、今回のスシロー事件は、行き過ぎた省人化によって誘発された事件といえるかもしれません。

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2.サイゼリアのアナログトランスフォーメーション

ファミリーレストラン大手「サイゼリヤ」の業績が好調です。22年8月期の売上高は前年同期比18.6%増の1500億円、営業利益は70億円を予想しています。

他のレストランチェーンではタッチパネル等を積極的に導入していますが、サイゼリアではあえてアナログにこだわっています。各テーブルに用意された注文用紙に客が自分で注文を記入し、それを受け取った接客スタッフが復唱し、デジタル端末に入力します。

これについてサイゼリヤの堀埜一成社長は「当社はすでに成熟期に入っており、来店客のほとんどはリピーターです。このフェーズではカスタマーインティマシー(顧客親密性)が重要になります。ファストフード店とは異なり、サイゼリヤは注文を聞く、料理を運ぶ、皿を片付けるなどを接客スタッフが行うフルサービスのレストランであり、接客の部分は省けません」と説明しています。

記入式採用によって、接客スタッフが来店客のテーブルに滞留する時間が短縮され、注文ミスも減ったといいます。

サイゼリヤのアナログ改革は他にもあります。価格を改定し、1円単位の端数をなくし、「50円」「00円」の単位に揃えました。

例えば299円の「ミラノ風ドリア」は300円、139円の「プチフォッカ」は150円に値上げしました。一方で、「ライス」は169円から150円に値下げしています。

端数をなくした効果は上々で、小銭のやり取りは60~80%減となり、会計にかかる時間も30%減少したとのことです。また、来店したグループでまとめて支払うケースも増え、個別会計は25%減少したそうです。

また、顧客の心理も微妙に変化したようで、客単価が700円台前半から746円台(21年8月期)にアップしたといいます。

堀埜社長は「DXはトップダウンではうまくいきません。まずはアナログトランスフォーメーションを進める。DXはその先にあります」と語っています。

サイゼリアのケースは、デジタルシステムの導入ではなく、人の動きを改革しています。記入式の採用も、顧客自身はそれを手間とは感じないのではないでしょうか。それよりもタブレットで何度もボタンを押したり、確認する方が余程手間です。スタッフが復唱することで、コミュニケーションもスムーズになり、むしろ、店の好感度が上がったのでしょう。

また、価格を改定し端数をなくしたことで、割り勘の時の計算の手間を省けるようになり、釣りに一円玉を受けとらなくても済みます。細かいことですが、顧客にとっては満足度が向上し、結果的に客単価が上がったのだと思います。

私はこれと正反対の経験もしました。あるレストランで入口に券売機を設置してあり、事前に注文するのですが、券売機のインターフェイスも悪く、注文に時間が掛かるので、すぐに行列ができます。結果的に頼みたいメニューも頼めず、追加したくても、また券売機に並ばなければなりません。どんなに料理がおいしくても、「二度と行くものか」と思いました。

経営者はDXのつもりでも、顧客が逃げることもあるのです。

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3.買物か、人に会いに行くのか?

買物は、商品を購入することです。お金と商品を交換して、商品を入手する。

この行為をデジタル化しようとすると、システム屋さんは、省人化しようとします。人が介在しなくても買物ができるようなシステムを組み立てようとします。

まず、何らかの条件設定をして商品を検索、あるいは選択します。でも、自分だけで決められない場合もあります。その場合は、誰かに相談したいと思います。顧客にとっては、重要な相談も、システム屋さんにとってはどうでもいい行為です。商品を決定するのは顧客自身です。相談という行為は重要とは考えません。

ギフトならショップ袋、ラッピングペーパーやリボンを選ぶケースもあるでしょう。これも顧客にとっては重要ですが、システム屋さんにとっては無駄な行動です。ここは商品を販売する場所であって、ギフトラッピングは自分で行えばいいからです。

洋服なら試着します。ショップ店員は試着した姿を確認し、何らかのアドバイスをしたり、お世辞を言ったりします。それで顧客が納得すれば、決済の手続きに移ります。この最後の購入を決定する行為がクロージングと呼ばれ、最も重要とされます。

しかし、システム屋さんは、この重要な作業も顧客が自分で決定すればいいと判断します。

そして、決済の作業に移ります。顧客にとってはお金を払うだけです。しかし、システム屋さんにとっては、最も重要な場面です。顧客情報の入手、新商品の案内をしていいかという許諾、様々な確認事項の説明と承諾、決済方法の確認、そして実際の決済手続きを行います。

近所のスーパーでの日用品の買物であれば、単純に商品と現金を交換すればいいと思います。システム屋さんの発想で十分です。

しかし、買物体験を楽しみと考えている場合は、選ぶ過程が楽しいのであり、信頼している販売員との会話やコミュニケーション、情報収集などが、全て買物体験に含まれます。

特に、人が重要です。買物というのは口実で、「好きな人に会いに行く」「好きな服に会いに行く」「好きな店に遊びに行く」ことが真の目的です。そのついでに商品を買ってくる、あるいは、体験をさせてもらったので、商品を買うことで料金を支払っていることもあります。

この楽しい買物をどのようにシステム化するのかが問われています。単なる省人化や合理化ではなく、楽しみを増大するためのシステム作りです。そして、店と顧客との関係性を深めるためのシステム作りです。

それができれば、初めてDXと言っていいのではないでしょうか。現在、DXと呼ばれているシステムは、ほとんどが単なるD化、デジタル化です。店側の合理化、省人化であり、顧客にとっては関係ないことです。むしろ、本来なら店がやるべき作業を顧客に押しつけているだけです。

顧客が望むXはどこにもありません。顧客満足が向上するXもありません。システム屋さんがDXと言っているだけです。

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4.顧客満足と消費者満足の両立

DXという名目で何らかのシステム構築を引き受けた企業にとって、お金を出すのはシステムの発注者です。システム屋さんにとって顧客満足とは、クライアント企業を満足させることです。

欧米では業界ごとに、組織と役割分担、業務フロー等が標準化されています。そうしないと、転職してもすぐには仕事ができないからです。

日本では終身雇用が主流だったために、各企業の組織や業務は標準化されていません。また、役職を作るために機能しない部署を作っているケースもあります。一度組織を作ると、それを廃止するのは大変です。このように、各企業が勝手にルールを決めて、そのルールに基づいたシステムを構築しているので、無駄が多いのです。もし、業界での標準化できていれば、安価な業界標準システムができているでしょう。

日本では、企業ごとに各部署の担当者にヒアリングし、システムを組み立てます。クライアント企業の社内業務システムであれば、クライアント企業だけの意見に従えば良いのですが、小売店、飲食店、サービス業等の消費者との接点で使われるシステムの場合、消費者満足が重要になります。

問題は、クライアント企業の担当者が消費者の立場に立ち、消費者の満足を理解できるかということです。残念ながら、小売業であっても、消費者の立場で自らの売場や売り方を見ることができる人は非常に少ないのです。

というか、社内システムであっても、会社全体の業務フローを理解している人は少ないし、隣の部署がどのような仕事をどのようにしているかを正確に理解している人は少ない。多くの場合、システムができ上がってから、「ここをもう少し、こうできないか」などと改善点が出てきます。

ましてや、消費者の立場に立って、システムをチェックすることなど不可能です。それに消費者はシステムが使いづらいと思っても黙っています。そして店に来なくなります。

デジタルによって新しいビジネスモデルを構築するとか、デジタルによってイノベーションを起こすことは、会社のビジョンや会社全体の業務を理解する必要があります。つまり、経営者でなければできません。経営者が確固としたビジョンを持ち、全ての組織と各部署の業務フロー、各段階の意思決定システムを理解し、最低限のシステムの知識がなければ実現できません。

経営者がシステム担当者に命令し、その担当者が外部のシステム会社に丸投げしているようでは、DXなど夢のまた夢です。
それでも担当者はこれがDXだと胸を張るでしょうし、経営者もそれを信じてDX信仰を強めるのです。

編集後記「締めの都々逸」

「人と人とが 互いに絡み デジタル使えば 尚も良し」

僕は古い人間かもしれないけど、やはりシステムはバックオフィスのものだと思います。そして、フロントオフィスは人間の仕事。しかし、スシローはフロントオフィスをシステムにして、裏で人間が寿司を作っています。

これでいいのかな、と思います。もちろん、経営効率でいえば正しいのでしょうが、社会としてどうなんでしょうねと思ってしまう。

人間が尊重される社会、人間が埃を持てる職場を考えると、どうも方向性が違うのではないかと。そして、その雰囲気を顧客が感じてしまうのではないかと。

昔、コンビニでバイトテロがありました。あの時も、本来ならば深夜業務をバイトだけに任せる方がおかしいのではないかと思いました。やはり社員が責任者としてついていればあんなことはなかった。

もちろん、悪いことした奴が悪いに決まってるけど、そういう事件を誘発している要素もあるのでは。人に優しい企業をめざしてほしいな、と思いますね。(坂口昌章)

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image by: Shutterstock.com

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