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ついに覚醒した「眠れる獅子」中国・習近平が狙いを定める“3つの果実”

誰もが不可能と考えていたイランとサウジアラビアとの国交回復をお膳立てし、ウクライナ戦争についても仲介役を申し出るなど、国際社会における存在感が一気に増した中国。なぜ習近平国家主席はこのタイミングで、外交舞台の主役に躍り出る決断を下したのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、誰もが納得できる中国の行動理由と彼らの狙いを解説。その上で、日本が今こそ考えるべき課題を提示しています。

中国に握られた中東の権益。日本のエネルギー安保に灯る黄信号

「さあそろそろ再起動しよう」

全人代が無事に閉会し、習近平国家主席の3期目が本格的に始動した日、そんな声が中国から届きました。

すでに全人代を前に、王毅政治局員(外交トップ)をエージェントとして国際情勢というリングへの再登場のための地ならしは始まっていましたが、全人代の閉幕をもって、これまで蒔いてきた種が一気に芽吹き、その続きを習近平国家主席自らが先導するお膳立てが揃いました。

イランとサウジアラビア王国の国交回復と和解を演出した中国。

2月18日にミュンヘン安全保障会議(MSC)で王毅政治局員が言及し、ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経った2月24日にロシア・ウクライナ両国に和平仲介案(停戦協議案)を示して“ポスト・ウクライナの世界の主導権争い”に名乗りを上げた中国。

そして水面下での働きかけの結果、これまで台湾と国交を持っていたホンジュラスに中国との国交樹立に向けた準備をさせた中国。

そのすべてが今週、一気に動き出し、今後、習近平国家主席自らによる働きかけが本格化する見込みです。

一件目は中国の仲介の下、成立したイランとサウジアラビア王国の関係修復です。

報道資料で真ん中に位置していたのは王毅政治局員であったのは非常に印象的でしたが、その両側にいたイランとサウジアラビア王国の外交担当者たちの表情が晴やかなものであったことでした。

同じような印象をアメリカ政府や欧州各国の高官たちも持ったらしく、中東地域においてイランを孤立・対立させ、自らがデザインする核コントロールの枠組みに引き戻したいと考えてきたシナリオを完全に覆されたように感じたようです。

実際には中東諸国がロシアによるウクライナ侵攻への対応を決めるように欧米諸国とその仲間たちからそう求められた時、その兆候は出てきていたように思います。

中東分裂を狙う勢力の企てには乗らず

イスラム教シーア派の雄イランとサウジアラビア王国をはじめとするスンニ派諸国は、長年存在したイランとその他という地域における対立軸を一旦横において、この中東地域を分裂させようとする誰かの企てに対して、共同して対応しなくてはならないという雰囲気が出来上がってきていました。

エネルギー安全保障の側面での協調、地域の不安定化要因(ISなど)への対応、欧米諸国と距離を置くという姿勢、コロナパンデミック後の経済復調に向けての協力、相互に攻撃しあわないという手打ち…。

すでに昨年夏ごろからイランとサウジアラビア、UAEを中心とした話し合いが進められてきました。

またサウジアラビア王国をはじめとするアラブの国々は、パレスチナ問題という制限はかかるものの、イスラエルとの関係修復や正常化を念頭に、イスラエル政府との協議も始めていました。

経済的な利益、科学技術のシェアといったベネフィットをベースに話し合いは続けられていますが、今回、中国からの仲介もあり、サウジアラビア王国などはイランとの関係改善を選択することとなりました。

ロシアは即時にこの関係修復を歓迎する旨、発表し、インドに代表される“グローバル・サウス”の国々も中国の真意を読みかねている雰囲気は出しながらも、長年続いてきたイランとサウジアラビア王国の間での血なまぐさい武力闘争が一旦落ち着くことに歓迎の意を表しました。

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「犬猿の仲」のイランとサウジが中国の仲介を受け入れたワケ

しかし、長年の懸案であったシーア派のイランとスンニ派の雄サウジアラビア王国との手打ちはどうして成り立ったのでしょうか?

そしてどうして中国による仲介を両国が受け入れたのでしょうか?

それは【中国が唯一イランに影響力を行使できる国】であり、サウジアラビアにとっては、【アラブの春が中東・北アフリカ諸国を席巻した際、アメリカと欧米はサウジアラビア王国を捨てましたが、そこに入ってきて国際社会およびアラブ社会でのメンツを保つ助けをしたのが中国だった】という背景があるからだそうです。

以前にもお話ししたように、中国はすでにイランと25年にわたる戦略的パートナーシップ協定を締結してイランとの結びつきを強化していますし、同様の内容をカバーする戦略的パートナーシップ協定をサウジアラビア王国とも締結済みで、すでに両国とも堅固な経済的な結びつきと、影響力を構築済みだったことも大きな背景かと思います。

また今回の仲介を助けた副次的な要因となったのが、サウジアラビア王国とイランの間に位置し、混乱の渦に巻き込まれているイラクにおける中国の影響力の高まりです。

2003年にアメリカのブッシュ政権がサダムフセインの政権を倒し、その後、昨年までアメリカとその仲間たちはイラクに駐留しましたが、政治は安定せず、間にはISの台頭も許すという失態をし、結局、20年近くの試みは見事に失敗しました。狙っていた油田の権益確保、特に第2次大戦後、米英に牛耳られてきた石油権益の再配分というsub-agendaが存在しましたが、その実現も見事に失敗に終わりました。

そこ空白に入り込み、インフラ整備と経済支援を通じてイラク政府のハートをつかんだのが中国で、欧米なきイラクにおいて中国への依存体制を作り上げました。

なぜ中国はここまで中東に肩入れするのか

例えば、イラク政府および世界銀行の出したデータによると、昨年1月から11月にイラクで発注された石油・ガス・電力プロジェクトの何と87%は中国(企業)によるものでしたし、それと並行して行われた政府間交渉で「石油決済に中国元(Yuan)を使用可能にする」という目的も叶えることができました。

特に、通常、米ドルが石油・ガスの決済通貨として位置づけられてきた中、中国元を国際決済通貨にすることが出来たのは大きな収穫と言われています。

この動きは、今後、物理的に隣接するイラン・サウジアラビアとのエネルギー取引でも援用されるとみられ、今後、国際的なエネルギー市場に大きな影響力を持つことも意味します。

この件については、すでにロシアのラブロフ外相もイランやサウジアラビアとの話し合いの際に支持する旨、表明しており、来週にも予定されている習近平国家主席の訪ロの際に、ロシアと中国で新たな国際エネルギー市場の創設に向けた話し合いがなされる中で決済通貨のことも合意される見込みとのことです。

中国がここまで中東に肩入れする理由はいくつか考えられますが、最大の理由は国内の石油消費の7割強を輸入に頼っており、安定調達先を確保することは、第3期目を迎えた習近平体制にとっては絶対的な条件と考えられているということでしょう。

潤沢な埋蔵量を誇り、OPECプラスを通じてエネルギー市場の価格決定権有する3各国(イラン、イラク、サウジアラビア王国)との強い絆の構築と維持・発展は、中国の長期的な発展を可能にする基盤だと考えられているようで、その確保のための政治的・外交的な影響力の行使というのが、今回の和解の仲介という立ち位置と思われます。

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もはや欧米諸国の自制の呼びかけを受け入れぬイスラエル

ただ、今回の和解を受け、大きな懸念が浮上します。イランとイスラエル間の武力衝突に向けた緊張がこれまでになく高まる気配です。

これまでイランとサウジアラビア王国の対立を利用して、対イランの防波堤としてサウジアラビア王国を利用できたイスラエルとその背後にいる欧米諸国ですが、そこに中国が割り込み、かつサウジアラビア王国をイランの側に引き寄せる工作をしたことで、中東地域におけるパワーバランスが崩れてきています。

常々、サウジアラビア王国とその仲間たちは「イランが核開発に走るのであれば、自分たちも核開発・配備に動く」という牽制を行ってきましたが、イランとサウジアラビア王国の間に不可侵協定と核の不使用の約束がなされ、かつイラン核合意の当事国で、自らも核保有国である中ロがイランの核開発に手を貸すような事態に発展した場合、すでに核兵器を配備していると思われるイスラエルとの核兵器の対峙という事態が生まれかねません。

特にここ最近、アメリカとの緊張関係も顕著になってきているイスラエルですが、欧米諸国からの自制の呼びかけを今後は聞き入れない可能性が出てきます。

しかし、実は中国もロシアもイスラエルとの関係改善に乗り出していることもあり、経済的な結びつきも強まってきているということですから、もし中国がさらに手を広げ、イラン・サウジアラビア王国そしてイスラエルとの緊張緩和のお膳立てに成功するようなことがあれば、世界の勢力地図が大きく塗り替えられることになるかもしれません(まさにノーベル平和賞ものです)。

もちろん、イスラエルを中東・地中海地域における“51番目の州”ぐらいに考えているアメリカが黙っていることはないと思いますが。

モスクワ訪問という大きな賭けに打って出る習近平

そしてその驚きと焦りは、別の側面でも発揮されています。それが【中国によるロシア・ウクライナ戦争の停戦仲介の申し出】です。

この件については先週号などですでにお話ししておりますので、内容については繰り返しませんが、戦争・紛争の当事者であるロシア政府もウクライナ政府も、共に条件付きながらも、中国の仲介案に一定の評価を下しています。

【関連】賭けに出た習近平。ウクライナ戦争「和平案」提示のウラに透ける本音

ウクライナのゼレンスキー大統領は歓迎の意を述べたうえで、「中国が噂されているようにロシアに武器供与を行っているのであれば、到底受け入れることはできない」と話し合いのテーブルに就くための条件を提示していますが、これはあくまでもウクライナに武器支援をしてくれているアメリカと欧州各国に配慮したメッセージとも捉えることが出来、実際に中国(王毅政治局員)に何を伝えたのかは分かりません。

ロシアについては、王毅政治局員が直に緊張した面持ちでプーチン大統領に仲介案を提示し、詳しく意図を説明したと聞いていますが、その際にプーチン大統領が王毅政治局員に託した要望である【習近平国家主席の訪ロ】は、3月20日の週に実現のはこびとなりそうです。

先週号でお話しした【早すぎてもだめで、遅すぎてもだめ】という非常にデリケートな訪ロのタイミングが設定されたということは、中国、および3期目をスタートさせた習近平国家主席が大きな賭けに出たのだということと理解できます。

そして注目すべきは、訪ロのタイミングに合わせてゼレンスキー大統領とのオンライン会談も予定されていることですが、これが本当にオンライン開催なのか、それともサプライズ訪問を決行して、キーフでの直接会談になるのかは分かりません。ただ直接会談が敢行される場合、それは先に訪れるモスクワで、仲介案に対してプーチン大統領からのGOサインが出ていることが最低条件となるでしょう。

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ゼレンスキーが欧米諸国に向け投げる牽制球

ただモスクワとキーウ双方で、中国による仲介を歓迎し、受け入れるような決定が成立した場合、中国はロシア・ウクライナ戦争の終結に向けた主役に躍り出るだけでなく、戦後のウクライナおよびロシア復興において主導権を獲得することに繋がります。

先週号でもお話ししましたが、王毅政治局員が提示した仲介案には、すでに戦後の経済支援・復興支援案も明示されており、中国側もその実施案の策定に取り掛かっているとの話も耳にしています。

ポスト・ウクライナの話し合いとアレンジで主導権を握りたいアメリカと欧州各国としては、中国のプレゼンスの高まりは避けたいはずで、お得意の情報戦を通じた中国への警戒心の表明と、ウクライナへの圧力を強めています。

その一例がこれまでにない強い語調で中国を非難している英国で、その中で「中国は世界秩序に対する挑戦をしかけており、私たち民主主義陣営はその企みを阻止しなくてはならない」と述べています。

しかし、欧米の結束も一枚岩ではなく、欧州内でもロシアに対する強硬姿勢を貫く英国と北欧諸国、およびバルト三国という陣営もあれば、戦争の終結を進めたいフランスとドイツの陣営もあり、欧州においても歩調が乱れています。

そして、アメリカ国内でも来年秋の大統領選に向けた政争がヒートアップし始めており、その争点の一つが“アメリカによるウクライナ支援の継続の可否”と“ロシアとの関係をいかに設定するか”という内容で、議会下院のマジョリティーを共和党が握り、夏以降の対ウクライナ支援の継続に疑問を呈しているという黄信号が灯っていることも、ウクライナへの影響力低下を招く可能性がある懸念と認識できます。

それに気づいているのか、ゼレンスキー大統領も中国が提示した仲介案に関心を示すことで、欧米諸国に牽制球を投げているという見方もできます。

なぜ欧州各国のウクライナ支援は煮えきらないのか

そして中国とウクライナの長年の友好関係の存在は、欧米諸国にとっては一つの懸念事項だと言われています。中国初の空母「遼寧」はもともとウクライナが持っていた旧ソ連の空母を買い取り、中国で改造したものであり、その売買の際に、中国の人権問題への懸念を理由にウクライナに欧米諸国が圧力をかけたにもかかわらず、ウクライナは契約を実施し、その後、中国の海軍・空軍力の向上に寄与することになった事案は、欧米諸国がウクライナに対して膨大な軍事支援を行う背後で、常に忘れられてはいない懸案となっているようです。

それが、米国民主党政権という例外は別として、欧州各国によるウクライナ支援が煮え切らない一因とも分析できます。

中国やロシアによる途上国支援(アフリカ、中東、アジア、中南米など)は、政治的なイデオロギーは横に置き、ピュアな経済的な影響力の拡大と外交的な影響力の拡大という目的に絞って行われているので、エチオピアやケニア、中南米諸国の外交筋曰く、「非常に気前が良く、かつ迅速に実施されるため、評価は高い」とのことでした。

もちろん、スリランカやモルジブのように一帯一路による債務の罠という側面も否定できませんが、中国による長期の戦略的パートナーシップ協定の締結と迅速な経済支援などは、多くの途上国、そしてグローバル・サウスのハートをつかむのに寄与しているようです。

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習近平が視野に入れ始めた「請われるかたち」での台湾統一

今週起こったその典型例が、これまで台湾との外交関係を重視してきたホンジュラスの方針転換の兆しです。2期目に入ったカストロ大統領は、選挙公約として中国との関係強化を謳って当選しましたが、大統領就任式に台湾の副総統を招待するなど、これまでの台湾重視の姿勢も踏襲してきましたが、今週に入り、レイナ外務大臣に中国(北京)との国交樹立の手続きを指示し、本格的に中国への接近姿勢を示し始めました。

恐らく裏庭で中国の影響力が高まることを嫌うアメリカが介入してきて、ホンジュラスに圧力をかけるため、早期に国交樹立が実現するかは分かりませんが、もし今年中に実現するような事態になった場合、これは3期目を迎えた習近平国家主席にとっては、国際社会における中国シンパを増やすことが出来、習近平国家主席が全人代でも強調した「中華統一の実現」という“宿願”に近づくという大きな得点になると思われます。

台湾への武力侵攻というカードはチラつかせつつ、可能な限り台湾の存在意義(raison d’etre)を薄めることで独立を阻み、中国に吸収するという、台湾の外堀をじわじわ埋め、国際社会における台湾の立ち位置を奪うという方法で“請われるかたち”での中華統一を視野に入れ出したようにも思います。

全人代が終わり、習近平体制も正式に3期目に入ったことで、一気に中国の外交的な動きが再活発化してきました。今後、どのような戦略で影響力を広め高めようとしているのか。その答えは早ければ来週早々に見え始めるかと思います。

日本のエネルギー安保に灯る黄信号

そのような中、中国を隣国に持ち、今週、韓国との緊張緩和に乗り出し、そして北朝鮮の威嚇の頻度と度合いが高まっている緊張感たっぷりな地政学リスクに直面している日本は、どのように振舞い、北東アジアおよびアジア全域、そして国際社会においてどのような立ち位置を狙うのか。しっかりと考えないといけません。

中東においてもすでに中国(とロシア)に権益を奪われ、エネルギー資源の獲得競争が不利になってきていると思われる中、日本の発展に欠かせないエネルギーの安定調達という大きな使命に黄色信号がともり始めているように思います。

中国はこのまま拡大を続けるのか?それともどこかで躓いてしまうのか?

今後の国際情勢を占うにあたり、これから数年の中国の動きからまた目が離せません。

獅子は冬眠から本当に目覚めたのでしょうか?

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Salma Bashir Motiwala / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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