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WBC優勝でも競技存続の危機か。激減する日本小中学生の野球人口

数々のスターを生み、まさに日本中が熱狂したワールド・ベースボール・クラシック。しかしながら我が国の野球界は今、瀕死の状態にあると言っても過言ではないようです。そんな「惨状」を取り上げているのは、政治学者でスポーツ界にも造詣が深い立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さん。上久保さんは今回、日本の野球人口の減少が深刻なレベルにあるという事実を紹介するとともに、日本野球を存続の危機から救う方策を考察しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

WBC優勝で「野球人気」復活の兆しもお先真っ暗。日本のスポーツ界全体が抱える大問題

米国マイアミで開催された、野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝戦で、日本が前回優勝のアメリカを3-2で下し、14年ぶり3度目の優勝を果たした。日本戦4試合の地上波放送の平均世帯視聴率は連日40%を超えた。WBCへの注目度は、「社会現象」といっても過言ではない。

日本代表「侍ジャパン」の栗山英樹監督は、「野球界の未来のために。次世代の発展のためにやっていきたい」「野球の生まれたこの地で大リーガーが集まるアメリカを倒して世界一になる。立ち向かう姿を見た子どもたちが『日本代表いいな。選ばれたら絶対にそこでプレーしたい』という空気を作りたい」と述べた。

また、大会の最優秀選手(MVP)に選ばれた大谷翔平選手が「日本の子どもたちがかっこいいと思って、野球をやりたいと思ってくれるはず。それがうれしい」と話し、大会最多の13打点を挙げ「オールWBCチーム(ベストナイン)」の一人に選ばれた吉田正尚選手も、多くの子どもたちに好影響を与えられたことを喜び「そういう子どもたちが増えて、こういう舞台に立ってもらえたらうれしい」と発言した。

「侍ジャパン」の監督・選手が、口々に「子どもたちのため」と発言する背景には、深刻な「野球人口の減少」という問題がある。WBC優勝をきっかけに、子どもたちに野球にもっと興味を持ってもらいたいという切なる願いがあるのだ。

小中学生の野球人口は、2007年に66万4,415人だったのが、2020年には40万9,888人まで急減した。その深刻さは、様々な地域で目に見える形で明らかになっている。

例えば、私の故郷である愛媛県は、松山商業、今治西、西条、宇和島東、済美など甲子園の強豪が群雄割拠し、景浦将、千葉茂、西本聖などプロ野球の名選手を数多く輩出し「野球王国」として知られた。その愛媛県の野球どころの1つ、今治市で衝撃的な事態が起きている。

それは昨秋、今治東、今治南、今治北高大三島分校、今治明徳の市内の4校が、野球部員の不足により、連合チームを組む事態となったことだ。この4校のうち、今治南は甲子園出場経験があり、かつてはプロ野球で活躍する選手もいた古豪だ。

この4校は、1~2年前には20名程度の部員がいたのが急減して単独で試合ができなくなったのだという。その他の高校も、一部の強豪校を除けば、部員10名台が多く、近い将来連合チームを組まなければならなくなる懸念がある状況だ。

つまり、ここ1~2年で「野球人口減少」は、さらに深刻なステージに突入しているといえるのではないだろうか。

WBC人気という「神風」に頼らない。球界がまずすべきこと

深刻な「野球人口の減少」の背景に「少子化問題」があるのはいうまでもない。日本の合計特殊出生率は下落を続け、2021年は1.30人である。22年の日本の出生数は80万人を割り込んだとみられる。国家として危機的な状況といえる。

岸田文雄内閣は、こうした状況を「異次元」の施策で一挙に解決するという。その施策が仮に効果的なものだとしても、「野球人口」が増加に転じるのには10~15年はかかるだろう。

また、前述の小中学生の野球人口の減少は、実は「少子化の7~8倍」というスピードでの急減だという指摘がある。

かつてのような、子どもがみんな野球をやるという時代ではない。サッカー、テニス、バスケットなど、子どもの選択肢が増えている。そして、男子の場合サッカーが人気だ。

都会では、郊外でないと、野球をやれる広大なグラウンドがない。ボール1つで練習できるサッカーと比べると、野球をやる環境を確保することの難しさは明らかだ。

WBCは高視聴率だったが、プロ野球はかつてのように地上波で放送することは亡くなった。野球選手は、我々の時代の長嶋茂雄選手、王貞治選手のような、子どもにとって日常的な親しみのある存在ではないのだ。

要するに、WBCで野球人気が一時的に盛り上がったとしても、それを本格的な野球人口の増加につなげるのは難しいということだ。

球界がまずやるべきことは、WBC人気という、ある種の「神風」に頼ることではない。それ以前にやるべきは、現在野球をやっている約40万人の子どもたちを大切に育てることではないか。

私は昨年8月、夏の甲子園に地元の高校が出場したので、約30年ぶりに観戦した。レフトスタンドに座って地味との高校の試合を含む4試合を観戦したのだが、出場校の応援団が陣取るアルプススタンドを見て、気になったことがあった。

どの出場校も、約30~50人のユニフォームを着た生徒がいた。メガフォンを叩き、踊りながら大きな声で応援していた彼らは、ベンチに入れない野球部員であった。彼らのことは、様々なメディアが「試合に出られなくても、下積みを積んで、素晴らしい人生経験をした」と賛美している。

だが、私はそれには違和感がある。前述の通り、甲子園を目指す一部の強豪校を除けば、地方の公立校な度では部員が10人台、いつ単独チームで試合ができなくなるかわからない状態だからだ。

ベンチに入れず、3年間の高校時代、球拾いや下働きに終始する強豪校の野球部員。それを「素晴らしい人生経験」で済ませていいのだろうか。彼らは、中学の頃には、野球エリートだった。競争の激しい強豪校ではベンチに入れなくても、公立校ならばレギュラーで出場できる実力があるはずだ。

なにより、強豪校には約30~50人のベンチに入れない部員がいて、公立校は部員不足に悩んでいるというのは、いびつな構造だと言っても過言ではないのではないか。野球人口が激減している現状で、このいびつな構造を美談「美談」とする余裕はないはずだ。

スタンドでの応援は「美談」ではなく「差別」

競技は違うが、サッカー界の重鎮・セルジオ越後さんは「補欠廃止論」を唱えている。「部活で3年間スタンドで応援」は「美談」ではなく「差別」だと厳しく批判しているのだ。

セルジオ越後さんは、Jリーグが誕生する前、少年サッカー教室で全国を回っていた。その時、セルジオさんの指導を受ける子どもたちの後ろで、ずっと立っているだけの子どもたちがいるのに気付いた。彼らは「補欠」だった。

セルジオさんが「どうして立っているの。一緒に練習しようよ」と声をかけ、その子どもたちを練習に参加させた。それを見て、補欠を立たせていたスポーツ少年団の指導者たちは真っ青になっていたという。

セルジオさんは、ブラジルのサッカーチームには「補欠」がないという。もちろん、レベルの差はあるが、ハイレベルな1軍だけでなく、2軍、3軍、4軍もチームを組んで、全員試合に出られるのだという。

現時点では技術や体力がなくても、試合に出ていれば、ある時急に成長することがある。試合に出なければ、その成長の可能性の芽を摘んでしまうことになるとセルジオさんは指摘するのだ。

実際、プロ野球にはWBC代表の甲斐拓哉選手など無名高出身、育成契約から一流選手になる「大器晩成型」の選手が少なくない。少子高齢化が進む中、野球界がまずやるべきことは「補欠廃止」ではないだろうか。

大阪桐蔭、仙台育英などの多数の部員がいる強豪校は、レギュラーのAチームだけでなく、Bチーム、Cチームなどを編成して大会に出場する。また、強豪校のB、Cチームなどと公立校の連合チームを編成してもいいのではないか。

競技は違うが、ラグビーで都立小石川と私学の開成が連合チームを組んだりする。野球でも私学の強豪校と公立が連合することは問題ないはずだ。

このように、スタンドで応援する部員はゼロにする。全員がベンチに入り、出場することで、野球人口減少を補うべきなのである。

さらにいえば、強豪校はベンチに入れない部員を、他の部に移籍させることも進めるべきだろう。少子高齢化が進めば、野球だけでなく他のスポーツも競技人口減少に悩むことになる。

野球部には、特に身体能力の高い子が集まっている。野球ではレギュラーになれなくても、他競技なら超一流になれる可能性がある。強豪校は、野球で技量が劣っている部員について、球拾いをさせる前に、他競技での適性を審査するべきである。

現在、野球のWBCの優勝、サッカー、ラグビーのW杯での活躍、五輪でのメダルラッシュと、日本のスポーツは過去最高の競技力を誇っている。だが、その繁栄は少子化が進むとともに終わってしまうだろう。その前に、手を打つべきである。

要するに「大量生産」「大量消費」で、多くの人材を切り捨てていた高度成長期のような時代ではないのだ。少子化の時代とは、一人の子どもも切り捨ててはいけないのである。すべての子どもの適性を見抜き、活躍の場を与えることが重要なのである。

image by: Picturesque Japan / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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