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東大名誉教授が告発。津波で命を奪い、多くの人々の故郷をも奪った「真犯人」

東日本大震災による津波で犠牲となった、多くの尊い命。しかしそれは「防ぎ得た災害」であった可能性も高いようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、地震調査研究推進本部の要職を務めた東大名誉教授による「告発本」の内容を紹介。東京電力を忖度した内閣府防災担当による愚行を白日の下に晒しています。

死なずに済んだ多数の命。東日本大震災の津波被害を拡大させた真犯人

2002年に政府の地震本部は「長期評価」を発表し、「三陸沖から房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と指摘した。「30年以内に20%」と数字も提示した。ところが、東京電力は何ら対策を講じることなく、あの未曾有の原発災害を招いてしまった。

ここまでは、よく知られた話である。だが、東電と秘密会合を重ねた政府内部の防災担当組織が、莫大なカネと労力を要する福島第一原発の津波対策をしないで済むよう、「長期評価」を歪曲する画策をしていたことまでは、広く認識されているとは言い難い。

福島県沖で津波地震は起こらない。そういうことにすれば、東電は対策をしなくてよい。それと辻褄を合わせるため、福島県周辺地域の防災計画までも捻じ曲げ、津波への備えがおろそかになった結果、多くの人々の命が失われたのだ。

「長期評価」をまとめた当事者である東大名誉教授、島崎邦彦氏(元日本地震学会会長)が、このほど出版した『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』で、“告発”した内容だ。

筆者は、2018年10月25日発行の当メルマガ「大津波『長期評価』を歪めた内閣府、対策を怠った東電」で、福島第一原発事故の刑事責任を問う東電裁判を取り上げ、島崎氏の証言に言及したことがある。

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今回の告発本は、その証言をさらに掘り下げて詳述した内容であり、原発利権と国家権力の堕落によって国民多数が悲劇のどん底に落とされた事実経過を物語る歴史的資料といえる。

島崎氏は、阪神・淡路大震災後に、文部科学省の特別の機関として設置された地震調査研究推進本部(地震本部)で長期評価部会長を1995年から2012年までつとめた。過去の地震を議論し、今後に起こる可能性を予測するのが部会の役割で、2002年7月に「長期評価」をまとめたが、内閣府の防災担当大臣から文部科学大臣に「待った」がかかった。そして、内閣府の防災担当は、発表を見送るよう文科省の地震本部事務局に迫った。

地震本部は抵抗し、本文はそのまま発表した。しかし、表紙の前書きを以下のように変えることを了承した。

評価結果である地震発生確率や予想される地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある。

地震本部の発表は防災に役立たないかのような書きぶりだ。これでは、対策しなくても良いと読むことができる。島崎氏は「長期評価に泥を塗られたと感じた」という。

津波地震は日本海溝に沿う地域で起こる。記録が残っている江戸時代以降の400年の間には、3回しか津波地震はなかった。その発生を予測した「長期評価」は“原子力ムラ”にとって都合の悪いものだった。

東電の福島第一原発が「三陸沖~房総沖」という津波地震の想定区域に含まれており、しかもこの原発は以前から高い津波に脆弱であろうことがわかっていたからだ。

「長期評価」が出た後、当時の原子力安全・保安院は不測の事態に備え、予想される津波の高さを計算するよう要求したが、東電は、福島県沖には津波地震が起こらないというウソの混じった報告書を使って、拒んだ。

この東電の姿勢は、国の地震防災計画に悪影響を及ぼした。日本の防災の元締めは、首相が議長をつとめる「中央防災会議」だ。その事務局こそ、東電を忖度し、「長期評価」に圧力をかけた内閣府防災担当なのだ。

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内閣府防災担当を使い福島県沖の津波地震を除かせた原子力ムラ

内閣府防災担当は、中央防災会議の2004年2月の会合で、「地震防災対策の対象とするのは歴史上繰り返し起こった地震」という方針を打ち出した。

日本海溝沿いで繰り返し起こったといえば、明治三陸地震、宮城県沖地震、三陸町北部の地震の三つである。

このうち、高い津波を起こすのは北海道から宮城県までを襲った明治三陸地震だ。このため、事務局は津波対策をすべき地域として、明治三陸地震を選び、委員の間に反対意見があったにもかかわらず、押し切った。

“原子力ムラ”が内閣府防災担当を使って、国の地震防災計画から福島県沖の津波地震を除かせた、と島崎氏は推測する。

100年前に明治三陸津波地震が起こった。その場所でまた起こるから備えようというのだが、島崎氏は「間違っている」と断言する。

その場所の南の地域こそ、次に津波地震が起こる。この私の意見は無視された。そして実際、南の地域の人々が犠牲となった。想定の2倍を超える高さの津波に襲われた地域で死者の7割が亡くなっている。政府の委員会において「備えなくても良い」とされた津波に襲われて人々は大切な命を失ったのだ。

津波の高さが最も高かったのは、岩手県北部の久慈市から岩手県南部の大船渡市までだ。しかし、死者の7割は、それより南の地域に偏っている。宮城県や福島県の海岸では想定よりはるかに高い津波に襲われて、多くの犠牲者が出た。

長期評価を無視せずに津波対策を進めていけば、犠牲者の多くを救うことができた。中央防災会議がそうすれば、東京電力も津波対策を進めざるを得なかったはずで、福島第一原発の事故も防げたのではないか。そのように、島崎氏は主張する。

では、国は原発の津波地震対策をどう考えていたのだろうか。

阪神淡路大震災の後、原発の耐震性に対する心配の声が高まり、耐震基準の指針の改定が急務となった。しかし当時の原子力安全委員会が新指針を打ち出したのは2006年9月になってからで、ようやくそこに原発の津波対策が盛り込まれた。

これを受け、保安院は津波の影響を含めた原発の耐震性を見直すよう電力会社に指示し、その結果を2009年6月までに報告するよう電力会社に求めた。

このため、東京電力が子会社に津波の計算をさせたところ、福島第一原発では津波が最高15.7メートルとなる結果が出た。防潮堤を作って高さ15.7メートルの津波に備えるには4年の歳月がかかり、数百億円が必要だ。東京電力は津波対策を避けるため、この計算結果を秘密にした。

津波対策をすることなく最終報告を保安院に提出すべく、東電は土木学会に「長期評価」の妥当性についての研究を委託し、対策を先延ばしにした。2008年夏のことだ。

だが、このころには、産業技術総合研究所や大学のグループにより昔の地震を調べる研究が2005年から5年計画で進んでいた。そこから浮かび上がってきたのが、「貞観津波」だ。平安時代の中頃、西暦869年の大地震により、仙台の北にある多賀城が破壊され、城下の1,000人もの人々が津波で溺れ死んだことがわかった。

2002年の「長期評価」発表時には、貞観地震がどんな地震なのかがよくわからなかったため、大きな宿題として残されていたという。貞観地震の後、江戸時代まで東北地方では大地震の記録が残されていない。

貞観地震について東電は「被害がなかった」として保安院への中間報告でもふれていなかったが、2009年6月に開かれた保安院の委員会では「過去に貞観地震というでかいものが来たことは分かっているのに、なぜ何も書いていないのか」と批判の声が上がった。

2010年4月から「長期評価」第二版の議論がはじまった。むろん、貞観地震をいかに警告するかが中心になった。だが、それを妨害する動きがあった。東電と地震本部事務局との秘密会合である。

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秘密会合さえなければ救われていた多数の津波犠牲者

2011年1月26日の長期評価部会に提出された「長期評価」第二版の原案では貞観地震について次のように書かれていた。

宮城県沖南部から福島県中部にかけての沿岸で、巨大津波による津波堆積物が約450~800年程度の間隔で堆積しており、そのうちの1つが869年の地震(貞観地震)によるものとして確認された。貞観地震以後の津波堆積物も発見されており、西暦1500年頃と推定される津波堆積物が貞観地震のものと同様に広い範囲で分布していることが確認された。貞観地震以外の震源域は不明であるものの、869年貞観地震から現在まで1,000年以上、西暦1500年頃から現在まで約500年を経ており、巨大津波を伴う地震がいつ発生してもおかしくはない。

だが、2月23日の長期評価部会に提出された案では、最後の部分が次のように変わっていた。

巨大津波を伴う地震が発生する可能性があることに留意する必要がある。

「いつ発生してもおかしくない」から「可能性があることに留意」では、かなり強さが違う。2011年3月3日の秘密会合で、東京電力が貞観地震の警告を弱めるように要求し、事務局が書き換えたものだった。

「このようにしてできあがった第二版は発表されないまま、闇に葬られた。直後に3.11大津波が発生してご破算になったのだ」と島崎氏は綴っている。

つまり、東京電力の要求で「長期評価」第二版を一部書き換えるため発表を遅らせたがゆえに、3.11震災に間に合わず、「長期評価」第二版は世間の目にふれずじまいになったということだ。

島崎氏が知らなかった秘密会合は、地震本部事務局と東京電力・中部電力・清水建設によるものや、内閣府防災担当、保安院とのものなどがあり、2011年1月から3月までたびたび開かれていた。

本書を読む限り、地震本部の会合では、委員の反対があろうとも秘密会合で決まった通り、事務局が強引にことを運んでいたようである。島崎氏は最後にこう結んでいる。

東京電力と地震本部事務局とが秘密会合を開いたために、貞観地震の警告が間に合わなかった─。もし、秘密会合がなかったならば、と私は想像せずにいられない。

 

もし、3.11大津波の二日前の委員会の議題に「長期評価」第二版が入っていたならば、と。

 

もし、前日の朝刊で、陸の奥まで襲う津波への警告が伝えられていたならば、と。

もし、2011年3月9日に開かれた地震調査委員会に「長期評価」第二版が提出され、メディアに発表されていたら、前日の3月10日の朝刊には間に合い、大津波への警告が行き渡っていたのではないかという悔しさがにじみ出ている。

この本には東電幹部や地震学、防災の専門家、内閣府や文科省、原子力安全・保安院の官僚らが実名で登場する。もちろん島崎氏が知り得た範囲内ではあるにせよ、彼らがどう絡み合って、対策が歪められていったのかが推し測れる内容となっている。

政府の審議会や有識者会議のたぐいが、しょせん事務局の官僚によって議論を誘導されていくのは周知のことではある。原子力安全委員会や保安院が、あたかも電力会社に隷属するかのような機関であったことは、3.11震災後に明らかになったが、首相を議長とする中央防災会議ですら、似たようなものだったことがよくわかる。

原子力安全委員会や保安院は廃止され、担っていた仕事はいま、原子力規制委員会と原子力規制庁に移っている。しかし、それらもまた、独立性となると、すこぶる怪しい。意見交換会などという名目で事務局が電力会社と会合を重ね、老朽原発を60年をこえて運転できるようにする岸田政権の方針に、お墨付きを与えているのだ。

特権企業と国家権力の都合で防災計画が歪められ、そのために一般市民の命が脅かされる不条理を二度と許してはならない。

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