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まるで「ゼレンスキー劇場」の広島サミット“失敗”に気づかぬ岸田政権の大罪

ゼレンスキー大統領の電撃出席で全世界の耳目を集め、成功裏に閉幕したとの報道も少なくないG7広島サミット。しかし日本政府は大きな過ちを犯したという見方もあるようです。今回、政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さんは、サミットへのゼレンスキー大統領出席は大きな間違いを招いたとして、そう判断せざるを得ない理由を解説。さらにウクライナ戦争を巡り、この先日本が孤立しかねない可能性を指摘しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

広島サミット「ゼレンスキー大統領の電撃出席」は大間違いだったと断言できる理由

主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)が開催された。G7と欧州連合(EU)に加え、いわゆるアウトリーチ国としてブラジル、インド、インドネシア、韓国など8か国が参加し、合計16の国・地域・国際機関の首脳が一堂に会した。

G7の首脳は、核軍縮に特に焦点を当てた初のG7共同文書「広島ビジョン」をまとめた。核のない世界を「究極の目標」と位置付けて、「安全が損なわれない形で、現実的で実践的な責任あるアプローチ」に関与すると確認した。

ウクライナに軍事侵攻を続けるロシアに対して「核兵器の使用の威嚇、いかなる使用も許されない」と訴えた。核拡散防止条約(NPT)体制の堅持も提唱した。

被爆地・広島で開催されたことで、核を保有する米英仏を含むG7首脳やグローバルサウスのリーダーたちが揃っての原爆資料館訪問が実現した。ジョー・バイデン米大統領は、「核戦争の破壊的な現実と、平和構築のための努力を決して止めないという共同の責任を思い起こされた」と述べた。

また、リシ・スナク英首相は、子どもたちの遺品の三輪車や血だらけでボロボロの学生服を見たことを明かし、「深く心を揺さぶられた」「ここで起こったことを忘れてはならない」と語った。

要するに、G7広島サミットでは、G7首脳やグローバルサウスの指導者が一堂に会して、被爆の悲惨さを知った。彼らの生々しい発言が世界中に報道された初めての機会となった。これは、核廃絶の取り組みを劇的に変えるものになるはずだった。

その空気を一変させたのが、ウォロディミル・ゼレンスキー・ウクライナ大統領の電撃的な来日だ。G7広島サミット後半は、ウクライナ一色となったのだ。

ゼレンスキー大統領も、原爆資料館を見学した。世界が、ロシアによる核のどう喝にさらされている現状を念頭に、芳名録に「現代の世界に核による脅しの居場所はない」と記した。大統領は、被爆者とも対面し、被爆地の思いに寄り添った。

ゼレンスキー大統領は、G7首脳会議に参加し、各国に支援を訴えた。これを受けて、G7首脳はゼレンスキー氏との会合で軍事、財政などで「必要とされる限りの支援」を続けると約束した。

G7首脳会議では「ウクライナに関する共同文書」がまとめられた。ロシアへの輸出制限を「侵略に重要な全ての品目」に広げた。中国を念頭にした、ロシアへの武器供給の阻止も強調した。

さらに、ゼレンスキー大統領は、ロシアへの制裁に加わらない「グローバルサウス」を代表するナレンドラ・モディ・インド首相、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ・ブラジル大統領も出席していたG7拡大会合でも、「力による一方的な現状変更」を許さないという認識を共有した。

「ゼレンスキー劇場」と化したG7広島サミット

岸田文雄首相は、サミット閉幕の記者会見で、「広島に迎え、核兵器による威嚇、ましてや使用はあってはならないとのメッセージを、緊迫感をもって発信した」と、ゼレンスキー大統領がG7広島サミットに参加した意義を強調した。

G7広島サミットは、まさに「ゼレンスキー劇場」と化した。

ゼレンスキー大統領来日の実現で、「G7広島サミット」は成功という印象を国内外に植え付けた。各種の世論調査では、岸田内閣の支持率が上昇した。首相は、これを絶好の機会ととらえ、衆院の解散総選挙に打って出るのではないかという噂が、永田町界隈でささやかれるようになった。しかし、現在の状況に、私は違和感がぬぐえないのである。

G7広島サミットの前、ゼレンスキー大統領は欧州各国を訪問し、さらなる軍事支援を調整してきた。戦況を変える切り札として、米国が開発している「F16戦闘機」の供与について、欧米諸国と話し合ってきた。そして、大統領は「フランスの政府専用機」で日本にやってきた。

日本は、これまで防弾チョッキ、ヘルメット、小型ドローンなどを提供してきた。G7広島サミットの岸田首相とゼレンスキー大統領の会談では、さらに1/2tトラック、高機動車、資材運搬車の自衛隊車両を、合計100台規模で提供することで合意した。自衛隊の軍用車両が現に紛争をしている当事国に提供されるのは史上初めてとなる。

だが、このようなウクライナに対する追加の軍事支援が、ロシア軍をウクライナ領から追い出し、戦争を終結させる切り札になるかは、甚だ疑問に思う。

既に、米英など北大西洋条約機構(NATO)は、「三大戦車」など、さまざまな兵器・弾薬類をウクライナに供与し続けてきた。しかし、戦局を抜本的に変えるのはできず、戦争はさらなる膠着(こうちゃく)状態に陥った。さらなる軍事支援でも、その状況は変わらないのではないか。

なぜなら、ウクライナの正規軍はすでに壊滅状態にあるとみられるからだ。ウクライナは今、NATO諸国などから志願して集まってきた「義勇兵」や「個人契約の兵隊」によって人員不足を賄っている。要するに、外国の武器を使って、外国の兵士が戦っているのがウクライナ陣営の現実のようなのだ。

つまり、米英などNATOは、ウクライナが失った領土を奪還することよりも、戦争を延々と継続させることを目的に、中途半端に関与しているようにみえる。

なぜ、戦争を長引かせようとするのか。その理由は、米英などNATOがこの戦争で被る損失が非常に少なく、得るものが大きいからだろう。

ウクライナ戦争開戦前から、この連載で繰り返し主張してきたが、東西冷戦終結後、約30年間にわたってNATOの勢力は東方に拡大してきた。その反面、ロシアの勢力圏は東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退した。

ウクライナ紛争開戦後、それまで中立を保ってきたスウェーデン、フィンランドがNATOへ加盟申請し、すぐに承認された。ウクライナ紛争中に、NATOはさらに勢力を伸ばしたのだ。

万が一、これからロシアが攻勢を強めてウクライナ全土を占領したとしても、「NATOの東方拡大」「ロシアの勢力縮小」という大きな構図は変わらない。世界的に見れば、ロシアの後退は続いており、すでに敗北しているとしても過言ではない。

その上、欧州のロシア産石油・天然ガス離れは確実に進んでいる。パイプライン停止を受けて欧州向けが急増したからである。米英の石油大手にとって、欧州の石油・天然ガス市場を取り戻す野望は現実になりつつあるのだ。

さらにいえば、米英などNATOにとってウクライナ戦争とは、20年以上にわたって強大な権力を保持し、難攻不落の権力者と思われたプーチン大統領を弱体化させ、あわよくば打倒できるかもしれない好機でもある。戦争が続くなら、それでもいいと考えても不思議ではない。

ウクライナの徹底抗戦を支持し続ける国が「日本だけ」になる可能性

一方、すでに戦える状態にないにもかかわらず、米英などNATOの思惑で膠着状態が続けられているならば、ウクライナ国民の命はあまりにも軽く扱われているということにならないか。

要するに、G7広島サミットとは、欧米の利益のために続けられてきた戦争を、さらに継続するための話し合いの舞台だったということだ。

看過できないのは、この話し合いが、唯一の戦争被爆国であり、戦争の恐ろしさについて身をもって知り、平和国家としての道を歩んできた日本の、それも被爆地である広島で行われたということだ。

岸田首相は、「今、衆院解散総選挙を勝てる」と考えるほど、サミットの成功に酔っているという噂がある。だが、平和国家・日本、被爆地・広島の人々の平和への祈りは、踏みにじられてしまったというのが、サミットの現実であり、国際政治の冷酷さなのではないだろうか。

ウクライナ戦争を巡っては、米英などNATOや日本など「自由民主主義陣営」がウクライナの「徹底抗戦」を支持し、中国など「権威主義陣営」が「和平」を提案している。

自由民主主義の本質から外れた「逆転現象」が起こっているのだ。

それは、「力による一方的な現状変更」に対する考え方の違いから生じている。自由民主主義陣営はこれを到底容認できない。侵略された領土を取り返すためには「徹底抗戦」となる。

一方、権威主義陣営は、民主主義的な価値よりも、ウラジーミル・プーチン露大統領の「権威」を尊重する。だから、侵略について「ウクライナが一方的に正しいのではなく、ロシアにも言い分がある」という立場だ。だから、ロシアが軍事的に制圧している地域の併合など、ロシア側の意向に柔軟に沿った「和平」の提案ができることになる。

この「逆転現象」の中で、唯一の被爆国であり、平和国家の道を歩んできた日本が、ウクライナ戦争の「徹底抗戦」を支持し、G7のホスト国として、広島サミットを主導した。

だが、解散総選挙に打って出るのではとささやかれるほど高揚した岸田首相の気持ちとは裏腹に、今後日本が世界で孤立する懸念がある。ウクライナの徹底抗戦を支持し続けるのが、日本だけになってしまうかもしれないからだ。

欧米諸国の中でも、米英と仏独伊は、微妙に立場が異なっている。仏独伊は、できれば早期の停戦を何とか進めたいという「本音」がある。仏独伊をはじめとするEU諸国は、ロシアからの天然ガスパイプラインにエネルギー供給を深く依存してきたからだ。

前述のように、エネルギーの「脱ロシア」は進んでいるものの、米国からのLNG(液化天然ガス)は、ロシアからのパイプライン経由のガス輸入より割高だ。それがEU諸国の経済に打撃を与え続ける状況は続く。その影響をできる限り軽微にするため、早期停戦できるなら、その方がいいのが本音なのだ。

一方、前述したNATO・EUによる東方拡大の事実上の成功は、仏独伊に対しても有利な状況を生み出している。内心に余裕があるからこそ、早期に停戦してもいいとも考えるようになる。

さらに、仏独伊以上に“勝ち組”であることが確定している米国・英国は、それを裏返せば、実は戦争をいつやめてもいい状況だ。どこまでロシアを苦しめられるか状況を睨んでいる。中国の「和平案」が新興国などの支持を集める状況になれば、米英は主導権を握るために、一挙に和平に動くかもしれない。

ウクライナ問題で「最強硬派」でなければならない日本

これに対して、「現状のままでの停戦」「領土割譲の妥協案」など断固として認められない、欧米よりも切羽詰まった立場に追いやられているのが、実は日本だ。

日本は今、中国の軍事力の急激な拡大、そして台湾侵攻・尖閣諸島侵攻の懸念、北朝鮮の核ミサイル開発という安全保障上の重大なリスクを抱えている。

そうした状況下では、たとえウクライナ問題の解決に向けた手段とはいえ、「力による一方的な現状変更」に屈する形での停戦や妥協案は絶対に容認しないという、揺るぎないスタンスを取らねばならない。

もし日本が中途半端な姿勢を示し、これらの譲歩案を少しでも認めたら、中国が理屈をつけて台湾・尖閣に侵攻してくる可能性はゼロではない。侵略を試みる国が、屁理屈を弄(ろう)して侵略を正当化する余地を、絶対に与えてはならないのだ。

つまり、ロシアによる「力による一方的な現状変更」に屈した譲歩案を認めないことは、単にウクライナ紛争に対する日本の立場を示すこと以上の意義がある。他国に日本の領土を侵され、国民の命を奪うことを防ぐ「安全保障政策」そのものだからである。

日本は国際社会において“穏健そうな国”とのイメージを持たれがちかもしれない。だがウクライナ問題においては、ウクライナの徹底抗戦と領土の回復を、どの国よりも強く支持する「最強硬派」でなければならない。

だが、日本の苦しい立場に、欧米は関心が薄いだろう。端的に言えば、欧米は中国から遠いのだ。

ウクライナ戦争が、ロシアの「力による一方的な現状変更」を容認する形で終結しても、それが台湾有事に波及する懸念に関心を持つことはない。米国とて、台湾有事にどこまで関与する気があるのかは不透明だ。その時、日本は孤立する。

欧米も中国も新興国も、ウクライナ戦争の「和平」に一挙に動く時が来るのかもしれない。その時、唯一の被爆国であり、平和国家であるはずの日本だけが「徹底抗戦」を叫び続ける。そのような厳しい状況に置かれかねない日本の現実がある。岸田首相はどこまでそのことを理解しているのだろうか。

image by: 首相官邸

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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