夫人の元夫不審死を巡り次々と放たれる「文春砲」に、刑事告訴で応えた木原誠二官房副長官。しかしその旗色は日に日に悪化しているのが現状のようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、不審死事件の取り調べを担当した元刑事が記者会見で語った内容を紹介。その上で、未だメディアから逃げ回り説明責任を果たさない木原氏の姿勢を問題視しています。
【関連】捜査も会見も突然中止。木原誠二官房副長官の妻「元夫不審死事件」をめぐる“忖度とタレ込み”の裏
【関連】大マスコミが完全無視。木原誠二官房副長官の妻「元夫怪死事件」で遺族の会見を報じぬ謎
週刊文春を刑事告訴。妻の「元夫不審死」事件に悪あがきを続ける木原官房副長官
興味深いTwitter投稿を見つけた。2023年1月から首相官邸を担当している朝日新聞政治部記者、鬼原民幸氏の7月28日付のツイートである。
先ほど、本当に腹立たしいことがありました。
ある記者会見についてです。
最も罪深いのは、会見をセットした側です。一般人に根拠薄弱な事柄を語らせ、それを配信し、ビューを稼いで喜ぶ。
中継されていると知りながら人権意識が欠如した質問を投げかけた出席者たちも、本当に猛省した方がいい。
— 鬼原民幸 (@tamiyukikihara) July 28, 2023
先ほど、本当に腹立たしいことがありました。ある記者会見についてです。最も罪深いのは、会見をセットした側です。一般人に根拠薄弱な事柄を語らせ、それを配信し、ビューを稼いで喜ぶ。中継されていると知りながら人権意識が欠如した質問を投げかけた出席者たちも、本当に猛省した方がいい。
投稿時刻は「午後2:59」とある。誰の記者会見を指しているのだろうか。首相官邸がらみで思い当たるのはただ一つだ。
その日午後1時から2時過ぎまで、文藝春秋社の本社内で、元警視庁捜査一課刑事、佐藤誠氏の会見が開かれた。
木原誠二官房副長官の妻、X子さんが、元夫の怪死事件をめぐり重要参考人として警視庁に事情を聞かれていたという週刊文春の報道をめぐり、X子さんから10回にもおよぶ取り調べをした人物が口を開いたのだ。
なぜ、鬼原記者はそれほどまでに腹を立てるのか。たしかに佐藤氏は今や一般人ではある。しかし、昨年まで警視庁の捜査一課にいて、しかも伝説の“落とし屋”といわれたほどの敏腕刑事だった。単なる一般人ではない。
むろん、報道を「事実無根だ」と主張する木原官房副長官に対し、文春側が反論するための切り札として、佐藤氏の証言を重視し、記者会見の場を設定したのは事実であろう。
日頃、官邸記者クラブのメンバーとして木原官房副長官と親しく接してきただろう鬼原氏にすれば、木原氏のスキャンダルを執拗に暴きたてようとする文春は「最も罪深い」と見えるのかもしれない。
木原氏は官邸に出入りするさい、記者の質問に答えていたが、正面玄関にほとんど姿を見せなくなった。一部の記者とはLINEなどで連絡を取り合っているらしいが、朝夕の取材も6月下旬以降は応じていないという。
政務担当の官房副長官であり、能弁でもある木原氏は、官邸の記者たちにとって、最も重要な取材源であり、木原氏に好感を持たれるよう気を遣ってきたに違いない。その木原氏が文春砲の攻撃で、仕事もままならない状況になっている。鬼原記者の心中で、文春に対する同志的な憎悪が高まったということだろうか。
だが、「根拠薄弱な事柄を語らせ」というのは、視野狭窄にもほどがある。たしかに警察庁、警視庁ともに「事件性は認められない」と口をそろえているが、先週号でも指摘したように、権威・権力の言うことはそれがたとえ「主観」であろうと、「客観」として報道するのが、この国の大マスコミの踏襲してきた大きな間違いである。警察が認めないことはすべて「根拠薄弱」だと言うのなら、記者は何のために存在するのか。
【関連】大マスコミが完全無視。木原誠二官房副長官の妻「元夫怪死事件」で遺族の会見を報じぬ謎
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
レジェンド刑事の心に火をつけた警察庁長官の「大嘘」
問題は、その記者会見の中身であろう。週刊文春が毎週連続して、この国の政権中枢にかかわる事件を報じているのだ。一般市民としては、それが真実かどうかを知る権利がある。木原副長官や警察から説明がない以上、亡くなった安田種雄さんの遺族や、当時の捜査員の記者会見に関心を寄せるのは当然のことだ。
とくに佐藤氏の場合は、退職後も守秘義務を科す地方公務員法に抵触するおそれがあるにもかかわらず、勇気をふりしぼってメディアの前に出てきたのだ。
かつてレジェンド刑事といわれたその人は、なぜ週刊文春の取材に応じ、記者会見にのぞむことになったかについて、こう語った。
「警察庁長官の会見、事件性がないと、自殺だと。それでカチンときたんですよ」
警察庁の露木康浩長官が「警視庁において捜査等の結果、証拠上、事件性が認められない旨を明らかにしております」と述べたことが、佐藤氏の心に火をつけた。
「被害者がかわいそうだなと思ったんですよ。警察退職したらね、何でもかんでも話していいのかと思う人もいるかも知らないけど、ここで言うしかねえなと」
2018年の再捜査で中心的役割を担った佐藤氏が証言したのは真っ向から警察見解に反論する内容だった。
「断言します。あれは事件なんですよ。出てくるのは怪しい証拠品ばかりで、自殺だと言える証拠品は見たことないです」
簡単におさらいしておくと、事件は2006年4月10日未明に発覚した。木原官房副長官の妻、X子さんの元夫、安田種雄さんが自宅で血まみれになって亡くなっていた。体内から覚せい剤が検出され、当初は自殺とみられたが、喉から肺にかけて深い刺し傷があり、ナイフが足元にきちんと置かれているなど、自殺としては不可解な点があった。
12年後の2018年になって警視庁大塚署の女性刑事が、ナイフの柄がきれいだったことに着目、「誰かが血糊を拭き取ったのでは」と疑念を抱いた。そこで再捜査がはじまったが、木原氏の自宅への家宅捜索、Xさんへの事情聴取と捜査が佳境にさしかかった段階で、突然、打ち切られた。これが出来事の概要だ。
再捜査は、大塚署から警視庁捜査一課の特命捜査第一係、通称「トクイチ」に持ち込まれた。しかし、ほどなくしてX子さんが木原氏と再婚していることが判明したため、政治がらみの案件として、エース級ぞろいの殺人犯捜査第一係、通称「サツイチ」までもが投入され、大がかりな布陣となった。
佐藤氏は「サツイチ」の一員として捜査に加わり、X子さんへの事情聴取を受け持った。
「トクイチ十数人、サツイチ十数人、大塚署を含めて3、40人態勢だろ。これは特捜(特別捜査本部)並みの人数だよ。サツイチが入り、『やっぱり事件ではありませんでした』なんていう話は、俺が捜査一課にいた18年間で一度もないよな。だから露木長官の『事件性が認められないと警視庁が明らかにしている』というのは明らかに大嘘なんだよ」(週刊文春8月3日号)
佐藤氏は個人的な見立てだと断ったうえで、概ね次のような話をした。
取調室での質問に対し、X子さんは作り話をしていた。実行犯はX子さんではないと、佐藤氏は考えていた。女性にできる犯行とは思えなかったからだ。X子さんから連絡を受けて現場に駆けつけたY氏でもないと判断した。種雄さんの死亡推定時刻は4月9日午後10時ごろ。Y氏が到着したのは午前零時ごろだったことがNシステムなどで分かっている。
佐藤氏は文春の記事のなかで、Z氏をあげ「俺はホシだと思っている。彼は、X子が絶対に庇わなければいけない存在。Z氏は突発的に殺害した末、自殺偽装計画を立てたわけだ」と述べている。
つまり、事件が起きたとき、現場にはX子さん、Z氏、種雄さんがいて、実際に種雄さんに手を下したのはZ氏だったという見立てなのだろう。
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
回収された木原氏が警察の捜査に圧力をかけた証拠
Z氏が誰なのかについて佐藤氏は語っていない。しかし、Z氏が事件当日、現場に行ったこと、その後、大塚署から連絡があって出向いたことなどを文春の記者が直接会って確認している。また、2018年10月9日、警視庁捜査一課が、東京・豊島区の木原氏の自宅だけではなく、X子さんの両親が住む愛知県の実家を家宅捜索したことも明らかになっている。そのあたりから推測するしかない。
ただし、捜査本部全体としてはZ氏ではなくX子さんを実行犯とする見方が大勢を占めていたと佐藤氏は言う。当然のことながら、木原氏もX子さんがターゲットにされていると思っていただろう。
佐藤氏は10月9日から24日まで、X子さんを取り調べた。しかし10月下旬になって、上司である佐和田立雄管理官(当時)から、突然の宣告を受けた。
「明日で全て終わりだ」。臨時国会召集日の10月24日までに取り調べを終わらせろと木原氏が捜査幹部に話したとは聞いていたが、国会が終わったら捜査を再開できるものと佐藤氏は思っていた。ところが、ほんとうに終わってしまったのである。
佐藤氏は遺族の気持を推しはかってこう言う。
「異常な終わり方だった。終わるというのは、自殺と判断して理由を遺族に説明するか、他殺なら犯人を捕まえるかしかない。遺族に何の説明もなく、自然消滅のような形にしておいて、今になって事件性はない、自殺だったといわれても、遺族が納得できるわけはない」
佐藤氏が「事実無根」のことを言っているとは、とうてい思えない。警察の公式見解との違いは、具体的な説明があることだ。
ともあれ、遺族や取り調べた元刑事が記者会見し、新聞にも短くはあるが関連記事が載るようになってきた。国会も動きだしている。立憲民主党が7月31日、木原官房副長官に対し、警察関係者との接触などについて公開質問状を提出、8月1日に警察庁や内閣官房へのヒアリングを行ったのはその一例だ。
立憲の公開質問状に対し、木原氏は「週刊文春を刑事告訴した」と強気の姿勢を崩さないが、徐々に、木原官房副長官に説明を求めるプレッシャーが強まっているのは確かだ。
文春の記事によると、警視庁から自宅へ帰るタクシーのなかで、木原氏が「俺が手を回しておいたから心配すんな。刑事の話には乗るなよ。これは絶対言っちゃだめだぞ」などとX子さんに話す場面が、捜査員の回収したドライブレコーダーに記録されていた。2018年当時、自民党政調会の副会長であり、情報調査局長でもあった木原氏が警察の捜査に圧力をかけたのかどうかが問題になっているのだ。岸田政権として、これからも“スルー”していくつもりなのだろうか。
今後、安田さんの遺族が被疑者不詳のまま殺人容疑で刑事告訴することも考えられ、木原氏がこのままメディアから逃げていては、岸田政権にとって、マイナスイメージがますます膨らんでいく恐れがある。
自民党と連立を組む公明党の山口代表は「捜査機関でしっかり説明を尽くしていただきたい」「木原氏が疑念を持たれないよう、また本来の職務にしっかり取り組めるよう政府として整えてほしい」と注文をつけた。与党のなかでも、説明を求める声が強くなりつつあることがわかる。
「木原副長官から事実無根だと聞いている」と木で鼻をくくったような言い方をしていた松野官房長官が、木原氏が説明する機会を設けるかどうかを問われ「木原氏の判断かと思う」とやや柔軟な姿勢に変わってきたのは、そのせいかもしれない。
岸田首相が最も頼りとする側近が、政権の自爆装置となりうるような重大疑惑を抱えているのである。ここは、岸田首相自身の見識と判断が問われるところではないか。
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
image by: 木原誠二 - Home | Facebook