耕作放棄地の問題も深刻です。農地のうち約42万ヘクタールが耕作放棄地になっている現状は、食料自給率を向上させる上での大きな障壁です。しかし、これらの土地を農地として復活させることができれば、自給率の向上に大きく寄与することが期待できます。農地の適切な利用と管理、新たな農業参入者の支援、地域コミュニティの強化が急務です。
地政学リスクとしては、いわゆる台湾有事が現実化して台湾海峡が封鎖されるような事態になれば、日本への食料サプライチェーンが断たれて危機的な状況になります。兵糧攻めを想定した食料の備蓄や、国際的な貿易ルートの安全確保は重要な課題と言えます。
政府は、「食料、農業、農村基本計画」を通じて食料自給率を2025年までに50%に引き上げる目標を掲げています。このためには、農業の技術革新、労働力の確保、さらには前述の耕作放棄地問題の解決が不可欠です。そしてそれ以上に、輸入食糧に依存した市場の構造転換やサプライチェーンの再構築、すなわち、国産食料の価格競争力の強化やそれに伴う需要喚起という課題もあります。
技術革新については、AI、ドローン、ロボティクス等々の導入や、栽培に必要なさまざまなデータの活用で、生産性の向上、コスト削減、品質向上などが期待できますが、高齢化や導入予算の問題などがあり、大規模化やJAの役割を見直すことなどが必要だと思います。
余談ですが、石川県羽咋市に神子原村というかつて限界集落だった村があります。人工衛星データを活用した高品質のコメ作りに挑戦し、そのコメをローマ法王に献上したことで有名になりました。「神子原米」と命名されたそのコメは、高値で取引される人気ブランド米となり、神子原村に移住する人たちも増えて村は見事に再生しました。それを仕掛けたのは当時地元の役場に勤めていた高野誠鮮さんという地方公務員だったのですが、10年程前に神子原村を訪ねて彼に会ったことがあります。保守的な農業の分野でのチャレンジを成功させるには、単にテクノロジーを導入するだけでは難しく、ビジネス経験があり「スーパー公務員」とも呼ばれた高野さんのようなビジネスプロデューサーの存在が不可欠と感じました。

神子原村の水田(筆者撮影)
また、数年前に宮城県のイチゴ農園を訪問したこともあります。もともと東京でIT企業を経営していた岩佐大輝さんが、東日本大震災で壊滅した地元の立て直しのために、テクノロジーやデータを活用したイチゴ栽培の農業法人を立ち上げて「ミガキイチゴ」という高品質のイチゴ作りに挑戦していたので、彼に会いに行ったのです。その時にも、頑ななイチゴ農家を説得して、イチゴ作りのスタイルを一新するための協力を取り付けるまでには、相当な苦労があったと聞きました。農業改革には、並々ならぬ起業家精神が求められることも間違いありません。

「ミガキイチゴ」の岩佐大輝さん(筆者撮影)
食品廃棄という問題もあります。日本では年間約640万トンもの食品が廃棄されていると言います。賞味期限などに関する消費者の意識改革、効率的な物流・保存技術の導入、そして法制度の整備を通じて、食料ロスを削減することも、自給率を間接的に向上させる取り組みとしてとても重要です。
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