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真実を伝えぬNHK、不利なことも伝えるBBC。ジャニーズ報道でわかった「大きな差」

英国BBCのドキュメンタリー番組が契機となり、日本でも大々的に取り上げられることとなったジャニーズ事務所創業者・ジャニー喜多川氏による性加害問題。日本メディアがその事実を把握していたことは明白で、ようやく言い訳がましい「反省声明」を発表する体たらくとなっています。なぜかくも我が国のマスコミは権力に対して弱腰なのでしょうか。政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さんは今回、事実上の「国営放送」であるBBCとNHKを比較し、日英両国のジャーナリズムの相違点を検証。さらに事ここに至っても真実を伝えようとしない日本メディアに批判的な目を向けています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

ジャニーズ「性加害」事件を機に考察。「NHK」と「BBC」2つの“国営放送”に見る、権力とメディアの関係

日本最大級の芸能事務所である「ジャニーズ事務所」が、創業者・故ジャニー喜多川氏による性加害の問題化によって、解体的見直しを求められる事態となった。23年10月17日、事務所は記者会見し、社名から「ジャニーズ」を消して「SMILE―UP.(スマイルアップ)」に変更すると発表した。

これに伴い、「関ジャニ∞」や「ジャニーズWEST」、「ジャニーズJr.」などジャニーズと付くグループ、コンテンツ、関連サイト等の名称は全て変更することになった。「ジャニーズ」という名称はすべて消滅するということだ。

今後、所属タレントのマネジメントや育成は近く設立する新会社で担う。「SMILE-UP」は、被害者への補償と救済に特化する企業となる。

1962年6月に創業され、田原俊彦、近藤真彦らのスターや「初代ジャニーズ」「フォーリーブス」や「少年隊」「光GENJI」「男闘呼組」「SMAP」「嵐」「TOKIO」などアイドルグループを生み出したジャニーズ事務所は、61年の歴史に終止符を打った。

時をさかのぼって23年3月、英国放送協会(以下、BBC)がジャニー氏の性加害の疑惑を追う長編ドキュメンタリー番組を放送した。その後、被害者からの実名での告発が徐々に増えるようになり、大規模かつ長期に及ぶ性的虐待の事実が明らかになっていった。

7月、「国連人権理事会」の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が来日し、この問題について「数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑」とする見解を示した。8月、ジャニーズ事務所の依頼で「再発防止特別チーム」が調査を実施し報告書を提出した。

そして、調査報告を受けて9月、ジャニーズ事務所は記者会見を行い、ジャニー氏の性加害の事実を初めて認め、会社の名称変更と、被害者のケア・保障の完了後、廃業することを発表したのだ。

一方、ジャニー氏の性被害の実態が次々と明らかになるにつれて、日本のメディアの長年の沈黙、共犯的関係の問題も、次第に顕在化していった。

さらに時をさかのぼって1999年、ジャニー氏の性加害を「週刊文春」が報道した。ジャニーズ事務所は文藝春秋に対して名誉棄損の損害賠償請求裁判を起こしたが、04年に最高裁で性加害を真実と認定する判決が確定した。

しかし、性加害が真実と認定された後でも、テレビ局・マスメディアは、これを黙殺した。テレビ局・マスメディアは視聴率・売上第一主義である。人気タレントを多数擁するジャニーズ事務所は強大な権力を誇り、テレビ局・マスメディアは逆らうことができなかった。それが、性加害の被害をさらに拡大させたと批判されている。

特に、BBCと同じく国営放送であるNHKは、「大河ドラマ」「NHK紅白歌合戦」を始め、さまざまな番組で長年にわたりジャニーズのタレントを多数起用しており、ジャニーズ事務所と深い関係を築いてきた。NHKは、ジャニーズ事務所との関係を検証したが、驚くべきことに、喜多川氏の性加害行為が同局内でも行われていたと報じたのだ。

歴史的に見て全く異なるBBCとNHKの権力との関係性

今回は、長年日本のメディアが黙殺してきた性被害の問題を明るみにし、ジャニーズ事務所の解体をもたらした「BBC」と、長年問題から目を背けて事務所と深い関係を続けてきたという「NHK」の、2つの国営放送の比較を通じて、「権力とメディアの関係」について考えてみたい。

BBCは、国民が支払う受信料で成り立つ公共放送という点で、NHKと類似した報道機関である。だが、権力との関係性は、歴史的に見て全く異なっている。

第二次世界大戦時、日本の報道機関は「ミッドウェー海戦で連合艦隊大勝利!」というような「大本営発表」を流し、国民に真実を伝えない権力の片棒を担いでいた。政府と報道機関は一体化し、国民の戦争熱を煽った。

一方、英国では、ウィンストン・チャーチル首相(当時)がBBCを接収して完全な国家の宣伝機関にしようとしたが、BBCが激しく抵抗したため、実現できなかった。もちろん、BBCには、反ナチズムの宣伝戦の「先兵」の役割を担う部分があったが、同時に英国や同盟国にとって不利なニュースであっても事実は事実として伝え、放送の客観性を守る姿勢を貫いていた。戦時中、BBCのラジオ放送は欧州で幅広く聴かれ、高い支持を得ていたが、それは「事実を客観的に伝える」という姿勢が、信頼を得たからであった。そして、その報道姿勢は結果的に、英国を「宣伝戦」での勝利に導くことになった。

1982年、「フォークランド紛争」が勃発した、その報道で、BBCは英国の軍隊を「わが軍」と呼ばず、「英国軍」と呼んでいた。これは、「報道の目的は英国軍の志気を鼓舞することではなく、敵・味方関係なく公平に事実を伝えることだ」という考え方に基づいたものだったが、「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相を激怒させてしまった。だが、BBCは首相の猛抗議も意に介さず、「『わが軍』と呼んだら、『BBCの軍隊』ということになってしまいますが」と、皮肉たっぷりの返答をした。

フォークランド紛争に関連して、もう1つサッチャー首相の逆鱗に触れたことがある。BBCの討論番組に首相が生出演した際、フォークランド当時、アルゼンチン軍の巡洋艦ベルグラーノ将軍号を撃沈したことについて質問を受けた。それは「戦う意志がなく帰港しようとしているベルグラーノ号を、戦争を継続させるために攻撃させた。それは首相が指示したのではないか」という質問だった。

首相は「ナンセンス」だと否定し、「わが軍にとって脅威だったから攻撃した」と主張した。しかし、質問者はなかなか納得せず、困惑した首相は、司会者に「次の話題に移ってほしい」という表情を見せた。だが、番組プロデューサーは司会者に対して、話題を変えるなと指示して議論を継続した。結局、首相は数百万の視聴者の前で恥をかく羽目に陥ってしまった。

このように、サッチャー元首相は、首相在任時にBBCとさまざまな問題で対立を繰り返し、両者の間には常に緊張関係が続いていた。サッチャー首相は、規制緩和によってBBCに「広告放送」を導入しようとした。アメリカのメディアのように視聴率主義の市場原理に晒すことで、政権に批判的なBBCを改革しようとした。だが、その試みは成功しなかった。

イラク戦争を巡りブレア政権と決定的な衝突に至ったBBC

「イラク戦争」を巡って、トニー・ブレア労働党政権とBBCは、更に決定的な衝突に至った。「ギリガン・ケリー事件」である。

イラク戦争において、米国と英国が国連や多くの国の反対を押し切ってイラクへの先制攻撃に踏み切った理由は、「フセイン政権は大量破壊兵器を45分以内に配備できる状態にあり、差し迫った脅威である」と断定したからであった。ところが、イラクでの戦闘終結後、その「大量破壊兵器」が、イラクのどこからも発見されなかった。

BBCの軍事専門記者であるアンドリュー・ギリガンは、「トゥデイ」というラジオ番組で、「ブレア政権は、この45分という数字が間違いであることを、文書に書くずっと前からたぶん知っていた。45分という文字は情報機関が作った最初の文書草案にはなかったが、首相官邸は文章を魅惑的なものにするようにもっと事実を見つけて付け足すように命じたものだ。この話は政府高官からの情報である」と告発した。

更に、ギリガンは、新聞「メール・オン・サンデー」に投稿し、首相官邸で情報を誇張したのはアレスティア・キャンベル報道担当局長だと名指しした。キャンベルがBBCを「うそつき」だとして非難を開始して、ブレア政権とBBCの全面戦争が勃発した。

首相官邸は、BBCに対して謝罪を要求する手紙を洪水のように送り続けた。また、政府はさまざまな記者会見など、ありとあらゆる公式の場でBBCを繰り返し批判し、「うそつき」というイメージを貼り付けようとした。ギリガンの告発には細部に誤りがあり、政権はそこをしつこく突いてきた。だが、ギリガンに事実の情報を与えたイギリス国防省顧問で生物化学兵器の専門家デービッド・ケリー博士が自殺した。これによって、信頼すべき情報源が明らかとなり、ギリガンの記事が大筋で正しかったことが証明された。

この事件によって、BBCのグレッグ・ダイク会長は罷免されたが、一方で、信頼性を失ったブレア政権は崩壊した。ブレア首相はゴードン・ブラウン財務相に首相の座を譲り、政界を引退することとなった。

このように、BBCは時に英国政府の考える「国益」に反する報道を行い、政府と激しく対立してきた。それは、報道機関として「国益」を超えた「公益」を追求しているものといえるのではないだろうか。

例えば「イラク戦争」である。「イラクに大量破壊兵器が存在しなかった」という事実は、当初ブッシュ米大統領もブレア英首相も認めなかった。だが、ギリガン記者とBBCはこの事実を突き止めて、敢然と国際社会に訴えた。それは、両国の政権からすれば、「国益」に反する許し難い行為だっただろう。しかし、BBCの「国益」を超えた「公益」に基づく報道によって、米国民、英国民、そして国際社会が米英政権の嘘を知り、「イラク戦争」に疑問を持つようになり、それを見直すきっかけとなったのだ。

権力に媚びることなどありえない英国のジャーナリスト

それではなぜ、BBCは「反権力」を貫き、「公益」に基づく報道を続けられるのか。私は以前、BBCなど英国のジャーナリストに面談したことがある。「英国と日本のメディアの違いはなにか?」という質問に対して、彼らの答えは以下の通りだった。

「英国は階級社会、日本は違うということです。英国ではジャーナリストは、伝統的に上流階級の仕事ではありません。昔、ジャーナリストは、新聞社の印刷所での見習い修行から仕事を始めたものでした。ジャーナリストとは、元々階級が低く、社会的地位、名誉、財産のない家庭に生まれ、学歴の低い人たちの仕事だったのです」

つまり、ジャーナリストは上流階級出身の権力者とは別の階級出身で、エリートではないということだ。だから、権力に媚びることはありえない。徹底的な権力批判ができるのだ。もちろん、現在ではジャーナリストも高学歴者だ。しかし、反権力の伝統は今も生きているのだという。

BBCにとっては、ジャニー氏の性加害の疑惑を追う長編ドキュメンタリー番組を制作し、放送するのは、実はそれほど難しい仕事ではなかったのではないだろうか。

かつて、BBCの「パノラマ」というドキュメンタリー番組で、ロンドンの大学生の北朝鮮訪問に、BBCの記者が紛れ込んで秘かに取材活動をしたことが明らかになり、大問題となった事件があった。

この番組は、潜入取材により真実に迫ることが売り物の人気番組である。筆者が英国在住の頃は、BBCの記者がサッカー選手の移籍を斡旋する違法ブローカーになりすまして、有名サッカー監督に近づき、実際に賄賂を渡したかと思わせるような番組を放送して物議をかもしたこともあった。

その取材方法の是非はともかくとして、BBCなど英国ジャーナリズムは、情報を得るためには手段を選ばず、どんなことでもやるという「強さ・逞しさ」があるということだ。

そんなBBCにとっては、ジャニー氏の番組の製作は楽勝だったに違いない。潜入取材など必要ない。日本のメディアに相手にされないが、性被害を告発したいと切に願う被害者が多数いた。彼らに正面から接触すれば、いくらでも性被害の証言を得られたからだ。

一方、ジャニー氏の性加害を長年黙殺したNHKなど日本のメディアは、権力者と徹底的に戦うことができない。日本は階級社会ではない。日本では、ジャーナリストは政治家、官僚、企業経営者などと同じ、高学歴者の仕事だ。エリート層の一角を形成しており、ある意味権力者の仲間だ。だから、権力者の側に立って報道することが多いのではないか。

NHKは、ジャニーズ事務所が加害を事実と認めた後、「多くの未成年者が被害にあう中で、メディアとしての役割を十分に果たしていなかったと自省しています。より深く真実に迫ろうとする姿勢を改めて徹底し、取材や番組制作に取り組んでまいります」という声明を出している。

未だ権力側に立ち真実を伝える姿勢に転じない日本メディア

だが、ジャニーズの性加害問題については、社会問題化したので報道をしているが、その他のさまざまな問題について、権力側に立つことなく真実を伝えようという姿勢に転じたかというと、はなはだ疑問だ。

例えば、東京・文京区の住宅で木原誠二前内閣官房副長官の妻の元夫が死亡したことをめぐり、警視庁が「証拠上事件性は認められず、死因は自殺と考えて矛盾はない」としたが、遺族が改めて再捜査を求めていた件がある。テレビ・新聞など大手メディアは、ほとんど報道してこなかった。

遺族が殺人の疑いで警視庁に告訴状を提出し、受理されたことで、ようやく一部のメディアが報道を始めたが、権力の側に「忖度」して報道を自粛するかのような姿勢は変わっていないように思える。

今年、安倍晋三政権期の放送法の「政治的公平」の解釈変更に再び焦点が当たった。15年に高市早苗総務相(当時)が、国会で新解釈について発言し、それに基づく政府統一見解がまとめられた後、各放送局では政権に批判的なキャスターの降板が相次いだことだ。

メディア各社は真相を明かしていないが、自民党からの圧力を受けて「忖度」が働き、踏み込んだ政権批判を避けるようになったと思えてならない。放送法の解釈変更が「報道の自由」や「言論の自由」に深刻な事態をもたらしたのは確実だといえよう。

もし、ジャニーズ問題を契機に、「権力とメディア」の不適切と思える関係を変えたいならば、まず放送法の「政治的公平」の解釈変更を撤回するべきだ。だが、現在のところ、それを求める動きは政界からもメディアからも聞こえてこない。つまり、本気で変える気がないのだ。本質的な問題は、ここにあるのではないか。

image by: TreasureGalore / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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