自民党安倍派の有力議員として名が挙がるものの、どこか「小物感」が否めない世耕弘成参院幹事長。そんな世耕氏の参院本会議での代表質問が大きな話題となり、各メディアが大々的に報じる事態となりました。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、首相を激怒させたという「身内からの説教」の内容を詳細に伝えるとともに、岸田氏の怒りを知った世耕氏が取った行動を紹介。さらに自民党の人材不足に対する率直な感情を綴っています。
小物ぶりを遺憾なく発揮。首相批判演説の翌日に即謝罪の世耕弘成の腰砕け
自民党の世耕弘成参院幹事長はかつて、安倍元首相の政治的言動全般にわたる「振付師」であった。安倍氏を「闘う政治家」に仕立て上げるため、早口の矯正、毅然とした態度、ふるまい、カメラ目線への気配りを進言したものだった。
世耕氏はこれを「広報技術」と称した。NTTの社員時代、広報担当課長として社長の定例会見における「想定問答集」を作成していた経験から、報道によるPR効果を利用して国民を誘導するメディア戦略に自信を持っていた。
いま、その世耕氏が直面しているのは、自らをいかに演出し、世間にアピールするかという課題だ。自民党の参院幹事長として一定の政治的影響力を蓄えているとはいえ、膠着状態にある安倍派(清和会)の跡目争いのなかで、首相候補として抜け出すには、世間的な人気がまだまだ足りない。
10月25日の参院本会議における代表質問は、その意味で世耕氏にとってチャレンジングな舞台だった。安倍派のなかで期待される強いリーダー像を演じるために、人気低下中の岸田首相は格好の相手役だ。
世耕氏は自分の考えるリーダー像を岸田首相に提示し、かくあるべしと“指南”することで、自身の価値を高めようとした。
「支持率が向上しない最大の原因は、国民が期待するリーダーとしての姿が示せていないということに尽きるのではないでしょうか。私が現段階で考えているリーダー像は、決断し、その内容をわかりやすい言葉で伝えて、人を動かし、そしてその結果について責任を取るという姿です。残念ながら、現状において、岸田総理の決断と言葉については、いくばくかの弱さを感じざるを得ません。その弱さが顕著に露呈したのが、今回の減税にまつわる一連の動きです」
旗幟を鮮明にせず、派閥や省庁、経済界の利益に配慮して場当たり的な政策を繰り出す首相に対し、きっぱりと意見を述べることで、自分にまとわりついて離れない“小物感”を振り払いたかった、ということもあるのだろう。
岸田首相はSNSを中心に「増税メガネ」と揶揄されている。財務省の言いなりになり、防衛費の大幅増額や「異次元の少子化対策」の財源確保のため、いずれ国民に増税を押しつけるのは必至とみられることから付いたあだ名だ。誰が言い出したのかは知らないが、印象に残る秀逸なコピーとなって、世間に広がった。
危機感を抱いた岸田首相は「増税」のイメージを払拭すべく、今国会の所信表明ではふれなかった「減税案」を、その翌日になって一部メディアに報道させた。具体的には、4万円定額の所得減税を1年間限定で行い、住民税非課税世帯には7万円を給付するという内容だ。
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あまりに度を越していた世耕氏の首相への「説教」
だが、これが岸田首相の思惑とは裏腹に、すこぶる不評なのだ。1年限りの「減税」や「給付」では、物価高対策にも景気対策にも、さしたる効果がないばかりか、後から追いかけてくるであろう増税の嵐が怖いだけに、素直に喜んではいられない。単に選挙のためのバラマキとしか見れないのである。
「9月25日に総理は、税収増を国民に還元すると表明されました。しかしこの還元という言葉が分かりにくかった。もし9月25日に総理が、物価高による生活困窮世帯の苦境は深刻なので十分な給付を行う。物価高は中間層の家計も圧迫しており、消費の停滞にもつながっている。これには所得減税で対応するとわかりやすく述べておられたら、国民も総理の姿勢をよく理解してくれたことでしょう」
見込んだ以上に税収が増えたので、その分を国民のみなさんに返しますという意味の「還元」がわかりにくかったので混乱した。そんな言葉を使わず、最初から減税、給付と言っておけばよかったのに、という。世耕氏にしてみれば、岸田首相の側近や官邸スタッフは何をしているのか。広報技術が稚拙に過ぎる。自分なら岸田首相にこういう“振り付け”をしたと言いたかったのではないか。
痛いところを突かれただけに、岸田首相の心中は相当に傷ついたであろう。そこに、追い打ちをかけるように、世耕氏はしたり顔でこう言った。
「総理は今、いくら頑張って成果を出しても、国民から評価されないという焦りの気持ちをお持ちではないでしょうか」
岸田首相の傷はますます激しく疼きだしたにちがいない。
大向こうをうならせるつもりのセリフを滔々と並べた世耕氏は大演説を終えると、満ち足りた顔つきで、意気揚々と自席に戻ってきた。身内がここまで首相を厳しく批判するのは異例だが、党内から反発よりも称賛の声のほうが多くあがると踏んでいたはずだ。
岸田首相はうっすら笑みを浮かべて平静を装った。器の大きさを示したいのか、何ごとも穏便にすますのを処世術とするためか。「これまでも自ら決断し、国民の皆さんに直接発信することを心がけてきた」とやわらかな口調で反論するのが精いっぱいの抵抗かと見えたが、そのなかに激しい怒気が含まれていたことを、あとで世耕氏は知ることになる。
岸田首相を怒らせる気は毛頭、なかった。そのために、世耕氏は演説の冒頭、岸田首相への賛辞にたっぷりと時間を費やしていた。
「私は総理がめざされている政策の実現に協力したいと思っています。安倍政権以来の基本政策を堅持され、経済、外交などの重要政策においてもこれまで大きな失敗も犯されていません。地道に仕事に取り組まれ、安保関連3文書の策定と防衛予算の大幅拡充、原発新増設・リプレイスの方針決定などを断行されました」
そのうえで、国のリーダーはかくあるべしと“説教”に及んだわけだが、その内容はあまりに度を越していた。
メディアは「身内から異例の苦言」などと大きく取り上げた。世耕氏の狙いはあたったかにみえた。
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「強気のご指南パフォーマンス」の代償
だが、翌日にどんでん返しが待っていた。「TBS NEWS DIG」によると、大演説の翌日、世耕氏は岸田派の幹部のもとを訪れ、平謝りしていたというのである。岸田首相が激怒した情報が、官邸から伝わってきたのだろう。
世耕氏は記者会見でこの件について問われ、「全く事実ではない」と否定した。だが一方で、「エールを送る趣旨だという話をした」とも言っており、要するに岸田派幹部に会って言い訳をしたことは間違いないようだ。
あたかも世耕氏が反旗を翻したかのごとく報じるメディアもあったが、この腰砕けぶりをみても、それほどたいそうな決意を抱いた演説ではなかったことがわかる。先述したように、世耕氏はリーダー像を演出する「広報技術」とやらをアピールし、自民党における存在感を際立たせたいだけなのである。
他人に振り付けをすることはできても、自分が世間からどう見えるかを客観的に把握するのは難しい。目立ちたがり屋が、岸田首相のお粗末な政権運営を利用して、強気のご指南パフォーマンスにおよんだものの、賢人ぶったキザな言い回しが鼻について、党内での評判ははかばかしくないという状況だろう。結局、メディア対策には一家言を持っていても、知識の自慢をするのが関の山なのだ。
内閣支持率が下がる一方の岸田政権。国会の代表質問で身内になじられるのも末期現象かと思えるが、実のところは、党内から岸田おろしの風が吹いているわけでもなく、政局は奇妙な均衡を保っている。自民党内には岸田首相の強力なライバルが見あたらず、野党にしてみれば、岸田首相のままのほうが選挙を戦いやすいということもあるのだろう。
だが、今のような政治でいいわけがない。本質的な問題は、あらゆる政策が既得利権を温存する弥縫策であることだ。そのために根本的な課題解決につながらず、国の将来が見通せないまま不安が広がっている。世耕氏をはじめ自民党で総理候補と目されている顔ぶれを思い浮かべ、リーダーたりうるかを想像すると、さらに暗澹たる気分になる。
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