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自衛という名目の“見境なき殺戮”。イスラエルが攻撃の手を緩めない理由

11月15日、ついにガザ地区のシファ病院への突入作戦を敢行したイスラエル軍。国際社会からは大きな批判の声が上がっていますが、イスラエルに意に介す様子が見られないのが現状です。もはや紛争を収める手立てはないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、イスラエルとパレスチナ、そして関係各国の動きと思惑を詳細に解説。さらに個人的に親しいというイスラエル政府の友人が語った「激しい言葉」を誌面で紹介しています。

「誰かの言いなりになることはない」。イスラエル政府関係者が語った激しい言葉

「イスラエル軍がガザで攻撃対象にしているのは、皆、ハマスだ。ハマスの戦闘員、成人男性、病院の職員、学校の先生たち、女性、そして子供たちも皆、ハマスだ」

今週、継続的に開催されているイスラエル・ハマス問題を扱う国連安全保障理事会緊急会合の場で、イスラエル国連大使が発した言葉です。

メディアで報じられたのは、彼の発言を切り取ったものですが、大使の発言を耳にし、黄色いダビデの星のバッジをつけながら堂々と発言する姿を目に見た際、私は言葉を失い、激しい怒りがこみ上げてきました。

紛争調停官という仕事柄、決してどちらかの見方をすることはなく、かつ第3者の中立な立場を保つというのがルールなのですが、思わず「一体、彼は何を言っているのか?」と耳を疑いました。

ネタニエフ首相とその政権の見解を代表し、そのような強硬な発言をせざるを得ないという立場は理解しますが、今、起きていることをNYから見て、何か思う・感じることはないのかなと不思議に思いました。

同様の感覚は、ロシアのウクライナ侵攻以降、国連の場で矢面に立っているロシアのネベンジャ大使の言動を観る際にも抱いています。

このような態度や言動は外交官としてのプロフェッショナリズムなのだと思うのですが、説得やコミュニケーション術を扱う身としては、今回のイスラエル国連大使の言動は、ダビデの星の着用と合わせ、行き過ぎ感が否めません。

国連安全保障理事会の場で各国の政治ゲームが行われている間にも、ガザではかけがえのない命が奪われています。

11月16日現在伝えられているだけで、ガザ地区の死者数は1万1,000人を超えましたが、これはガザ地区に住む200人に1人がこれまでに亡くなった計算になります。そしてその内、約7,000人が15歳未満の子供であるとの情報が流れています。

実際にはUNRWAの110名、人道支援に当たるNGOの外国人職員などもこの死者数には含まれていますが、見境のない殺戮が“自衛”という名目の下、行われている状況を止めることが出来ないことに無力感を感じています。

圧倒的な力で生きる希望を挫くイスラエルの姿勢は決して受け入れることのできない残虐行為ですが、かといってハマスの行っているテロ行為やイスラエル人・在イスラエルの外国人を人質にとり、人間の盾に使っているという行為も決して許容できないことです。

10月7日のハマスによる対イスラエル一斉奇襲攻撃以降、よくいろいろな機会に尋ねられますが、戦争の当事者に善悪などなく、私は戦争を遂行する者たちはすべて悪であり、その重い責任を負うべきだと常に考えていますので、今回の件でも、もちろん両者を強く激しく非難します。

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明らかな国際人道法違反であるガザ北部の病院への侵攻

そのような中、初めて国連安全保障理事会はマルタが提出した“即時停戦とすべての人質の迅速な解放を求める決議”を採択することができました(しかし、アメリカ、ロシア、イギリスが棄権しているのが、まだここでも政治的なゲームが続いていることを示しています)。安保理決議には法的拘束力が伴うため、当事国イスラエルもその決定には従わなくてはなりませんが、現状をみてみるとその実効性に確信が持てません。

ハマスによる奇襲攻撃以降、UNとイスラエルの関係はこれまでにないほど悪化し、そこに100名を超えるUN職員がイスラエルによる攻撃で亡くなり、おまけにイスラエル政府には“ハマスの構成員”扱いされて、その殺戮を正当化されるなど異常な状況にあり、かつイスラエル政府が国連はおろか、唯一の味方であるはずのアメリカ政府の勧告さえも聞き入れない頑なな姿勢を崩さず、“ハマス壊滅の日まで攻撃を止めない”と公言しているため、その安保理決議の効力はあまり期待できないかと思います(それに肝心のアメリカも棄権していますから)。

ガザにおける戦闘はまさにエスカレーション傾向にあり、それにつれて民間人の犠牲者が増えています。何よりも今週行われたイスラエル軍によるガザ北部の病院への侵攻は、明らかな国際人道法違反です。

「ハマスがあえて病院の地下にその司令部を置き、戦闘員が潜んでいたから」とイスラエル軍の報道官は、もろもろの火器を見せながら攻撃を正当化していますが、仮にそうであったとしても、やはり学校や病院が軍事的なターゲットになってはいけないという国際人道法のルールに明白に違反し、戦時における民間人の権利を著しく侵害していることは否めません。

同時に地下トンネルに人質を押し込み、イスラエルからの攻撃に対する人間の盾に使っているハマスのやり方も卑怯ですし、何よりも“人民からの支持”を盾に、幼い子供を含むガザの住民を人間の盾として用いているハマスの戦略は卑劣としか言いようがありません。

ハマスがイスラエル人と外国人を人質に取り、自らを支持するガザのパレスチナ人もある意味、人質に取って世界に何らかのメッセージを発信しているのでしょうが、それは私たちに伝わっているでしょうか?

またマルタが提出し、安全保障理事会で採択された決議の中で謳われているように(明示はしていませんが)、イスラエル政府もまた人質を取り、対ハマスの交渉材料に使っています。つまり人質案件についても、イスラエル・ハマス双方に責任があり、責められるべきであると考えます。

人質解放については、今、エジプトとカタールが仲介役を担い、イスラエル・ハマス双方に対して働きかけ、一人でも多く、一刻も早い解放を目指していますが、最低条件となっている“一時停戦”が成立していないため、非常に話し合いは難航しています。

一応、カタール当局と協力して進めている仲介では「3日間の停戦を条件にハマスが人質を50人程度開放する」方向で話し合いを進めていますが、それが実現するかは正直未知数です。

そして事態をややこしくしているのが、ハマス内部の力関係です。現在、ハマスを代表して人質解放についての協議を行っているのは、カタール・ドーハにいるハマスの政治部門の幹部ですが、実際に人質を取っているのはガザにいるハマスの軍事部門であり、ハマス内での意思疎通がうまく行っていない模様です。

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静観続けるレバノンのヒズボラとイラン革命防衛隊

その原因の一つが、イスラエルによるガザ地区の通信の遮断措置ですが、テクニカルな問題以外に、政治部門と軍事部門の間のパワーバランスがうまく行っておらず、ガザで実際にイスラエル軍を迎え撃っている軍事部門は、ぬくぬくとドーハでVIP生活を送る政治部門を決してよく思っておらず、政治部門が決めることに対して反旗を翻しているという情報が、カタールで仲介に当たっているメンバーから寄せられています。

これが本当だとすると、人質解放に向けた協議は著しく困難を極めるでしょうし、現在の戦闘に何らかの終止符を打つにしても(停戦を行うにしても)、イスラエルサイドと軍事部門との直接的なやり取りがない限り、ドーハにいるハマスの政治部門が決めたとしても効力を持たない可能性が高まります。

さらに今回のケースで非常に不可解なのが、国連安全保障理事会での討論の場以外でパレスチナ自治政府の存在感が非常に薄いことです。

一応、パレスチナの政府機関とされるのが自治政府ですが、実質的にはほとんど影響力を持たず、イスラエルの影響下にあると言われています。今回のケースではもちろんガザの側に立ち、ハマスによる行いを称賛はせずとも、十分に理解し、サポートする立場に立っています。

ハマス掃討後のガザの統治機構として、イスラエルのネタニエフ首相はパレスチナ自治政府が適当と当初は発言していたようですが、その後、ラマラからの対イスラエル非難が強まるのを受けて、今週になって「パレスチナ自治政府もガザを統治する資格がない」と発言しだしました(「じゃあイスラエルはその資格があるのか?」と問いたくなりますが)。

あまり存在感がないアッバス議長ですが、現在、ヨルダンやカタール、エジプトなどの首脳と密接に連絡を取り合い、ガザへの支援と同時に、一刻も早い停戦に向けてイスラエルに圧力をかけることを働きかけています。一応、アラブ諸国の連帯の軸になっているようですし、本来はイスラエルに対するカウンターパートにならなくてはなりませんが、実際には今、ネタニエフ首相から相手にされていないようです。

その微妙な状況を嗅ぎ取って欧米諸国もアラブ諸国も「イスラエルがガザを統治するようなことを考えてはならない」とイスラエルに釘を刺していますが、その背後には、ガザへの連帯が全パレスチナの反イスラエル勢力を一気に勢いづけ、イスラエル対ハマスの構図が、イスラエル対パレスチナになることを恐れるだけでなく、そのまま周辺諸国に戦火が飛び火することをとても恐れています。

その飛び火のケースで、紛争の拡大の火に油を注ぎそうなのがレバノンのヒズボラとその背後に控えるイラン革命防衛隊ですが、両方ともこれまでのところ静観しているように見えます。

ヒズボラについては、散発的な交戦をイスラエルと行っているものの、まだ国境を越えて一気にイスラエルに攻め入るという動きには出ていませんし、イラン革命防衛隊についても、米国とアラブ諸国からのプレッシャーを受けて(アメリカについては、散発的な基地攻撃を受けて)特に動きを見せていません。

ヒズボラについては、ハマスと反イスラエルで意向が一致しているものの、現時点で紛争に巻き込まれ、イスラエルだけでなくアメリカから攻撃を受けて勢力を削がれることをとても恐れて、本格的なハマスへの援護射撃を行えていません。

しかし、このままイスラエルによるハマス掃討作戦が激化し、ガザの被害がさらに拡大し、それを受けてイスラエルの孤立が深まったと判断したら、新たな戦端を開く可能性は否定できません。

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アラブ諸国と活発な外交を行うイランの狙い

そしてヒズボラが本格参戦する場合には、何らかの形でイラン革命防衛隊が支援することになりますが、そのためには、イランがサウジアラビア王国をはじめとするアラブ諸国とのすり合わせを行っておく必要があります。

その準備として、このところイランが対アラブ諸国に活発な外交を行っており、何とかアラブ諸国と反イスラエル戦線を築くことを狙っているようです。

それには、ハマスによるイスラエル奇襲攻撃前に進んでいたイスラエルとアラブ諸国との和解(アブラハム合意)の動きへの焦りがあり、イラン政府としては何とかイスラエルとアラブによる反イラン戦線が出来上がることを阻止したいという思惑も働いています。

そのためにイランがアラブ諸国に“約束”しているのが、「イランのようなイスラム革命の波をアラビア半島には拡げない」ことと言われています。

王政による統治を基盤とするアラブ諸国にとって、イランはシーア派国というよりも、イスラム革命による共和制を拡げる元凶と見ており、その可能性をイラン自らが打ち消すことで共同戦線を敷こうとしていると分析できます。

そのイランの狙いがはまった場合、ハマスの状況いかんに関わらず、まずヒズボラによるイスラエル攻撃を本格化させ、その後は、積極的か消極的かはその時の情勢にもよりますが、アラブ諸国には静観か攻撃への参加を促しつつ、イラン革命防衛隊がイスラエルへの長距離攻撃を加えるという算段だと思われます。

もし停戦がなかなか成り立たず、ガザでの悲劇がさらに深まり、パレスチナのデリケートなバランスがイスラエルによって崩されると各国が感じた場合、一気にこのイスラエルとハマスとの戦争は、アラビア半島と地中海に広がり、一気にアラブ諸国と欧州各国を直接的に巻き込む大戦争に発展する可能性が高まります。

その芽(ヒズボラによるイスラエル攻撃)を摘むためにアメリカは東地中海に空母攻撃群を2セット派遣しているわけですが、アメリカ政府がイスラエルの軍事行動を自粛させ、かつヒズボラによる攻撃を阻止できない場合は、アメリカ政府はとても大きな選択を迫られることになります。

それは「“同盟国”とアメリカが呼ぶアラブ諸国を守り、欧州各国を守るために、アメリカはフルに軍事的コミットメントを行うのか」。それとも「コミットメントはイスラエルに止め、欧州には自主的またはNATOの枠組みを通じたコミットメントを求めるのか」という選択です。

欧州各国はすでにその危険性を感じ取り、ブリュッセルに集って対応を協議していますが、欧州は同時に地続きのウクライナ対応も迫られており、非常に苦慮している様子が伝わってきます。

EUには共通経済・通商政策は存在しますが、欧州軍をはじめとする共通の外交・安全保障政策はなく、まだその決定権は加盟国の防衛当局に委ねられています。つまりEUのCentral commandは実質的には存在しないため、効率的に2正面の戦争には対応できないのが現状です。

ランダムなアイデアで“ウクライナはドイツやフランス、そしてポーランドなど中東欧が対応”し、“イスラエル・ハマス(東地中海)は英国とイタリアを中心として、南欧で対応する”という内容が提起されていると聞きましたが、シリア難民や北アフリカからの難民対応でいっぱいな南欧諸国(ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガル)には荷が重く、かといってトルコに基地を有するNATOもウクライナにかかりきりという現状から、あまり頼ることが出来ないというジレンマを感じています(そもそもイスラエルは北大西洋国ではないですし)。

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イスラエル政府関係者が口にした激しい言葉

イスラエル軍による病院への攻撃と増え続ける子供の死者数、そして最近になってエネルギー不足のため乳幼児が死亡したという情報は、確実に国際世論をイスラエルから離し、イスラエルを国際社会において孤立させる方向に進んでいます。

現時点でイスラエルに影響力を持つのは、アメリカ政府ですが、その他には経済的なつながりで戦略的パートナシップを結ぶ中国政府と、ネタニエフ首相と個人的な実利主義から親交を持つロシアのプーチン大統領ですが、現在、そのどれもこの問題に対して深入りしようとしないため、今のところ、効果的な解決に貢献できない状態です。

ロシアはウクライナで手いっぱいですし、中国は自国内の立て直しとアジアでの勢力拡大で手いっぱい、そしてアメリカは久々に多正面外交と軍事対応を行っているため、イスラエルには加担するものの、ウクライナ対応に苦慮することと、中国へのにらみ、そしてアラブ諸国との関係改善に手いっぱいなのに加え、来年の大統領選に向けた国内政治に忙殺されているため、効果的な動きはできません。特にアメリカは明らかにイスラエル寄りであることが今回もはっきりしたため、仲介役には絶対に向きませんし、仲介などしないほうが得策かと考えます。

誰もイスラエルを止めることは出来ず、日々増え続ける死者数とガザの破壊の現状を前にして立ち尽くすことしかできていません。政治的な言葉の応酬は国連安保理でも行われ、また各地域でも行われているものの、イスラエル・ハマス双方を止めることにはまったく貢献できていません。

このメルマガを書いている最中に「人質解放のための協議が空中分解した」との報が入ってきました。人道支援のための一時的な戦闘停止も実現せず、ましてや3日間の停戦も合意できないようで、それが人質解放にはつながらないことになってしまっています。

ハマスとイスラエル双方が人質交換に応じる形になれば、少しは事態が快方に向かうと思われますが、その機運はまだ実現の見通しが立たない状況だと言えます。

いろいろな調停者や国、機関が何とか解決の糸口を探ろうと奔走していますが、“答え”はなかなか見えてきません。

イスラエル政府の友人が語った内容が印象的だったので紹介します。

「今回のハマスによるイスラエルに対する奇襲攻撃は、正直、寝耳に水で、イスラエル社会、特にインテリジェンスにとっては大きなショックであり、汚点になった。今回の奇襲攻撃は平和に慣れていたイスラエル政府と国民にとってwake up callとなり、同時に独立以降、しばらくアラブ諸国から同時に攻撃を受けた過去を再び思い出させた。私たちは長年の流浪と苦難の末、やっと神が与えた地に戻り、国家を築くに至った。それを失うことはできない。我々の存在に挑戦する者は何人とも許されず、我々からの徹底的な攻撃に遭うことになる。我々の苦しみと長年の思いは、恐らく誰にも理解できないだろうから、我々が誰かの言いなりになることは決してない」

今回、調停努力を行うにあたり、直面した親しい友人からの覚悟と激しい言葉ですが、私はここにイスラエルの覚悟が見える気がしてなりません。

世界はロシアによるウクライナへの侵攻で分裂が鮮明になり、その後、国際社会は問題解決のための協調の精神を失ったように思われます。その結果、世界のいたるところで争いの種が芽を出し、そのまま戦いへと発展しています。そして火は、もしかしたら世界で最も危険な地域に広がってしまったのかもしれません。

以上、今週の国際情勢の裏側でした。

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image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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