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アピール合戦は危険。日本が「イスラエル・ガザ戦争」で“成果”を焦るべきではない理由

イスラエル軍による苛烈な攻撃が続き、まったく出口が見通せないガザ紛争。その解決のため各国がさまざまな動きを見せていますが、日本政府はこれといった成果を出せていないのが現状です。そんな状況について、「日本は中東で存在感を発揮できなくでもいい」とするのは、政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さん。上久保さんは今回、そのように言い切れる理由を解説するとともに、日本が提唱すべきガザ紛争解決策を具体的に挙げています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

日本は、無理に中東情勢での「成果」を焦るな。我が国が“本当に進むべき道”とは

イスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとの戦闘が始まってから、1カ月以上経過している。イスラエルとハマスの戦闘が膠着し、事態の打開が困難な状況が続いている。そんな中、日本などさまざまな国が思惑をもって行動し、停戦に向けた「成果」を強調する場面が少なくない。

11月7日、主要7カ国(G7)外相会合が東京都内で行われた。G7は、戦闘を一時的に止める「人道的休止」の支持、ガザ地区への食料や医薬品、燃料などを搬入するための「人道回廊」設置への支持を明記した「共同声明」を発表した。上川陽子外相は、G7が中東情勢を巡り責任ある役割を果たすために共同声明を出せたことを、日本の重要な「成果」だと強調した。

だが、日本が中東情勢に「存在感」を発揮できているとは言い難い。G7外相会議に先立って、日本以外のG7メンバー6か国が、中東情勢について協議をし、イスラエルの自衛権を支持することなどを柱とする共同声明を発表するなど、日本が蚊帳の外にされることも目立つのだ。

また、米国のホワイトハウスは9日、イスラエル軍がガザ地区北部で人道目的のために「1日4時間、戦闘を休止する」と発表したことを、「正しい方向への一歩だ」と歓迎した。そして、米国がジョー・バイデン大統領やアントニー・ブリンケン国務長官など、さまざまなレベルでイスラエル側との粘り強く協議を重ねた結果だと強調した。

だが、イスラエル側からは、戦闘の休止の時間や場所などに関する詳細な説明はない。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、「戦闘は継続する。ただ、特定の場所で数時間、戦地から住民を避難させたい」「人質の解放なしには停戦は実現しない」と、停戦に否定的だ。

また、国連の人権理事会は、1日4時間の戦闘休止について、「人々に一息つかせ、爆撃のなかった生活の音を思い出させるだけ」と指摘した。そして、「パレスチナで集団虐殺が行われるおそれがあると指摘される中、イスラエルを擁護している」と米国を厳しく批判している。

そして、イスラエルはパレスチナ自治区ガザ地区への侵攻を続けている。多くの市民が避難しているとみられるシファ病院への突入作戦を展開している。イスラエルは、ハマスが病院を軍事拠点として使用しているとして「戦争犯罪」だと主張している。一方、パレスチナ側は、イスラエルが病院を攻撃すること自体が「戦争犯罪」だと反論する。戦闘は泥沼化する一方である。

このような、現実的に事態の打開が難しい状況下において、各国が目の前にある「成果」を出すことに執心し、アピール合戦になることは、危険だと思っている。ここで、中東情勢から離れて話を進めたい。中東だけでなく、外交一般に普遍的な議論をしたいからだ。

対露外交こそが安倍外交の「真のレガシー」

例えば、故・安倍晋三首相は、首相在任時にウラジーミル・プーチン大統領と27回も会談した。だが、遂に北方領土の返還を実現できなかった。この「対露外交」は失敗だったと評されることが多い。だが、以前この連載で指摘したように、私はこの「対露外交」こそ、安倍外交の「真のレガシー」ではないかと考えている。まず、それを再びまとめてみたい。

【関連】アベノミクスは大失敗。それでも安倍氏「唯一のレガシー」サハリン権益を日本が守れた理由

その根拠は、ウクライナ戦争下、欧米を中心としたロシアに対する経済制裁と、それに対するロシアの報復が広がる中、日本が「サハリンI・II」の天然ガス開発の権益を維持することに成功したことにある。

「サハリンI・II」については、石油メジャーのエクソンモービル、シェルが撤退を決定した。ロシアは国営の比率を高め、三井物産、伊藤忠商事など日本勢から権益を奪い、それは中国、インドなどに渡されると危惧された。だが、ロシア勢は日本勢の権益を維持した。また、欧米も「サハリンI・II」を経済制裁の対象から外すことで、日本勢の権益維持を事実上容認している。

「サハリンI・II」の日本の権益が守られたのは、ロシア側に事情があったのだと考える。ロシアは、極東・シベリアがいずれ中国の影響下に入ってしまうという懸念を持ってきたからだ。

ロシアは極東・シベリア開発で、中国とのパイプラインによる天然ガス輸出の契約を結び、関係を深めてきた。しかし、中国との協力は、ロシアにとって「両刃の剣」だ。シベリアは豊富なエネルギー資源を有する一方で、産業が発達していない。なにより人口が少ない。

そこへ、中国から政府高官、役人、工業の技術者から、掃除婦のような単純労働者まで「人海戦術」のような形でどんどん人が入ってくる。シベリアが「チャイナタウン化」し、中国にシベリアを「実効支配」されてしまう。ロシアはこれを非常に恐れているのだ。

ゆえに、ロシアは極東開発について、長い間日本の協力を望んできた。極東開発は中国だけでなく、日本の参加でバランスを取りたい。これに応えたのが、安倍首相(当時)だった。

2016年、安倍首相とプーチン大統領は日露首脳会談でエネルギーや医療・保健、極東開発など8項目の「経済協力プラン」を合意した。官民合わせて80件の共同プロジェクトを進め、日本側による投融資額は3,000億円規模になった。過去最大規模の対ロシア経済協力であった。

この日本の経済協力は、「ロシア経済は資源輸出への依存度が高く、資源価格の変化に対して脆弱性が高い」というロシア経済の弱点を補うものだったことが重要だ。

資源に頼らない産業の多角化は、ロシアにとって最重要課題である。ロシアには「日本企業との深い付き合いは、ロシアの製造業大国への近道だ」との強い期待があった。安倍首相は、この期待に応えていたのだ。

成果を出せず「失敗」と評される北方領土の返還

プーチン大統領は、日露経済協力について「信頼関係の醸成に役立つ」ものだと発言していた。それは、「本音」だったのではないだろうか。

そして、ウクライナ戦争が泥沼化し、日露間が対立する関係にある現在でも、ロシア側には安倍元首相に対する感謝の念と、日本に対する信頼が残っている。サハリンに5度訪問したことがある私は、その強い実感がある。だから、「サハリンI・II」の日本の権益は維持されたのだと考える。

一方、成果を出せず「失敗」と評される北方領土の返還について考えてみたい。例えば、成果を出すために「2島返還」でロシアと合意したとする。時の首相は、現実的な解決を図ったとして高い評価を得るかもしれない。

しかし、その30年後、ロシアに4島返還を交渉してもいいというかもしれない「開明的な指導者」が現れたらどうか。すでに「問題は2島返還で解決済み」とされてしまったら、4島返還の千載一遇の好機を逃すことになってしまうのだ。

30年前によかれと思った「現実策」が、成果を挙げることを焦った当時の首相による取り返しのつかない誤りだったと、後世から断罪されることになることもあるのだ。

外交とは、成果が出るかどうかにかかわらず、各国との確固とした関係を、日々構築していくことが重要だ。そもそも、国家間の懸案というものは、複雑な歴史的経緯があり、簡単に成果が出る単純なものではない。「北方領土4島返還」は、まさにそういう懸案だ。

国家間での確固とした関係とは、当方の原理原則を決して曲げることなく、一方で相手が当方に望むものを丁寧に受け止める。できることはやり、できないことはできないとはっきり伝える。毅然とした態度を取ることだ。

日常的に信頼関係を構築していることが重要だということだ。自分が得することばかり考えては信頼は築けない。いつか、劇的に長年の懸案が解決することがあるかもしれないが、それがあればラッキーだという程度の心持でいることが大切なのだ。

中東で米英独とは明らかに違う立場にある日本

中東情勢に話を戻したい。日本は、現在の中東情勢に「存在感」を発揮できていない。だが、それはそれでいいのではないか。日本は中東の複雑さから縁遠いからだ。

米国は、イスラエル側を支持すると明確に表明している。その揺るがぬ立場の裏には、「ユダヤロビー」の存在がある。政策を親イスラエルの方向に動かそうとロビー活動をする組織だ。その組織力、発言力、集票力、財力で、大統領選などで大きな影響力を誇っている。

英国は「三枚舌外交」の歴史がある。100年前の第一次世界大戦中に、オスマン帝国と対抗するために、アラブの独立を認め、オスマン帝国解体アラブ人国家の建設を約束する「マクマホン書簡」、パレスチナにユダヤ人国家の建設を認める「バルフォア宣言」、オスマン帝国を大戦後に、イギリス、フランスで分割する「サイクス・ピコ協定」という3つの矛盾する約束をした。これが今日の中東の紛争の元となっているのだ。

そして、ドイツは、ナチス政権とその協力者による、欧州のユダヤ人約600万人に対する国ぐるみの組織的な迫害および虐殺である「ホロコースト」の歴史がある。ゆえに、その責任からイスラエルに対して強い支持を表明せざるを得ない。

日本は、これらの国々と明らかに違う立場にある。日本は、イスラエルとパレスチナ自治政府の間で中立の立場を保ってきた。石油輸入量の90%以上が中東からである。エネルギーの安定供給には、アラブ諸国との関係維持は不可欠だ。ゆえに、アラブ諸国が支援するパレスチナに対して、日本は財政支援を続けてきた。

一方、イスラエルが最大の後ろ盾とする米国など「自由民主主義」陣営への配慮も欠かせない。日本の安全保障は、自由民主主義陣営の協力なしでは成り立たないからだ。また、日本自体も、ハイテク産業が成長を支えるイスラエルに投資を増やしている。

その結果、日本は地域全体と関係は良好なものの、常にイスラエルとパレスチナの双方に配慮することになり、外交の自由度は狭まっている。

しかし、日本は無理に国際社会で主導権を取ろうと焦ってはいけない。日本国内はインフレに苦しんでいる。エネルギーの安定供給の確保が欠かせない。

その上、「台湾有事」の懸念が高まっている。米国やNATOとの安全保障体制を強化する必要もある。この2つのリスクのいずれかを崩すリスクは避けるべきだ。

一方、日本が掲げる外交の原則は、短期的な成果がなくとも貫くべきだ。イスラエルと将来の独立したパレスチナ国家が平和かつ安全に共存する「2国家解決」を提唱することだ。

そして、ガザ住民のための人道回廊の設置や、人道援助機関のアクセスの確保など、具体的な課題の解決に取り組むことだ。どの国よりも地道に汗をかき続けることで、派手さはないが、確実な信頼を獲得していくことが、日本が進むべき道なのだと考える。

image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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