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日本国籍保持も可能。ドイツで議論進む「二重国籍容認法」は是か非か?

今年8月、国籍法の改正法案を閣議決定したドイツ。法案が成立すれば、これまで限られた国の出身者にしか認められてこなかった二重国籍が全面的に解禁されることとなりますが、それは果たしてドイツの国益にかなうものなのでしょうか。今回、作家でドイツ在住歴が40年以上になるという川口マーン惠美さんは、「二重国籍容認法案」の是非を考察。さらに自身が「ドイツ国籍の取得者には二重国籍を義務付けるべき」と思うに至った理由を解説しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

二重国籍の長所短所

ガザに拉致されたイスラエルの人質が、ハマスの囚人との交換で三々五々と戻ってきているが、そこに時々、ドイツ人が混じっている。彼らのほとんどは、イスラエルとドイツの二重国籍の人たちだ。

人質事件の時は、各国の外務省が自国の国民の救出に尽力するが、二重国籍の人は、いったいどちらが担当するのだろうかと思って調べてみたら、国家は自国民に対しては、その人が他に幾つの国籍を所持していようが、100%責任を持たなくてはならないそうだ。そう聞くと一瞬、たくさん国籍を持っていた方が得をするような気になるが、その代わりに、その人は全ての“母国”に対して100%の義務を果たさなければならないというから、本当に得かどうかはわからない。もっとも、これは原則論なので、実際には、何らかの義務を回避するために複数の国籍を持っているというケースも多いのだろう。

今年8月、ドイツ政府は、いわゆる国籍法の改正法案を作成した。音頭を取ったのが、社民党のフェーザー内相。社会主義を標榜する政党が政権を持つと必ず弄りたがるのが、外国人問題、ひいては国籍の問題だ。

1998年に社民党のシュレーダー首相が、緑の党と連立で政権を立てた時も、彼らはすぐに外国人労働者の導入やドイツ国籍取得の緩和に着手した。例えば、両親が外国人であっても、そのうちの一人が8年間、ドイツで法律を侵さず暮らしていたなら、生まれた子供は自動的にドイツ国籍が得られるようになったのが、この政権の時だった(それまでは、少なくとも両親のうちの一人がドイツ国籍を持っていることが条件だった)。

時が流れ、現在、ドイツは再び社民党のショルツ政権。しかも25年前と同じく緑の党が連立に入っており、彼らはまたもや、外国人に関する法律の大規模な改革を行おうとしている。

現在、ドイツでは、人口の14%にあたる1,200万人が外国籍だが、そのうちの530万人は、すでに10年以上ドイツで暮らしているという。そこで、これらの人々が早急にドイツ国籍を得られるよう、法律を“近代化”することが、政府に課せられた急務だそうだ。はっきり言ってピンとこない。

というのも、私もその1,200万人の外国人の一人で、10年どころか40年以上もドイツに住んでいる。現行の法律では、外国人は、正規の滞在許可を所持し、8年間、生活保護の世話にも、刑務所の世話にもならずに暮らしていれば、原則としてドイツ国籍が取れる。これは、ドイツ人と結婚しているかどうかなどとは関係がない。

つまり、私は30年も前から、ドイツに帰化する気なら、いつでもできたが、敢えてそれをしなかった理由は実にシンプルで、自分がドイツ人だとは思えなかったからだ。ドイツには50年も前から多くのトルコ系移民がいるが、その中に、今でもトルコ国籍を手放さない人がいるのは、私と同じく、出自のアイデンティティに拘っているからかもしれない。

つまり、そういうトルコ人にとっても、私にとっても、フェーザー氏が帰化申請の待ち時間を現在の8年から5年、あるいは、3年にまで短縮してくれても、あまり意味はない。

しかも、さらにピンと来ないのは、氏がこの法改正で、現在、ドイツが陥っている深刻な人手不足の解消を図れると強調していることだ。氏のロジックでは、技術者や特殊技能労働者に、ドイツでは短期間で国籍が得られるという展望を示せば、「世界中の最高の頭脳」を集めることができるという。本当だろうか?

そもそもドイツで働こうという外国人にとって大切なのは、滞在ビザ発給の迅速化や、家族呼び寄せ許可の簡便化、また、住居の確保などで、国籍を乱発すれば良い技術者が集まるというのは政府のこじつけに過ぎない。それに、帰化というのは、短期ビザ、長期ビザ、永久ビザという順番を経て入手するのが普通で、当局が労働者を呼び込むための餌として、最初に投げるものではないだろう。

では、今回の改正における政府の真の狙いは何かというと、「二重国籍」のような気がする。現在、ドイツ政府は、EU、米国、イスラエルなどの国民を除いては、二重国籍を認めていない。たとえば日本人がドイツ国籍を取ろうと思えば、日本国籍を放棄しなければならない。それが、今回の改正で両方保持することが認められるようになるのだ。この違いは大きい。

実は、私はこれまで二重国籍には反対だった(過去形で書いた理由は後述)。日本国籍の放棄も嫌だが、それより何より、私にとっての国籍とは、そう簡単に取り替えられるものではないからだ。

他の日本人もたいていそう思うらしく、少なくとも私の周りには、国籍をドイツのそれと取り替えた日本人は一人もいない。ところが前述の通り、今後はドイツの国籍の他に、どんな国籍をいくつ持っているかは不問となる。しかも、その複数の国籍を、子供や孫がそのまま受け継いでも良いという。

すると、それを聞いた日本人の友人が早速、「じゃあ、私もドイツの国籍を取るかな」と言い出した。前述のように、ドイツには1,200万人の外国人がいるから、皆がこの友人のように思い始めると、まもなく国籍は出自を証明するものではなく、出自を曖昧にするものとなる。

そもそも、今回、帰化を簡便化すると張り切っている社民党や緑の党は、帰化した人たちが選挙権を得て、自分たちに投票してくれると思っているのかもしれないが、例えばイスラム系の人たちは、出産率もその回転率も高いので、人口の増え方が早い。だから、いずれ彼らが民主的にあちこちの議会に座り、政治に携わる日が近い将来、必ずやってくる。だからこそ私は、「ドイツ人よ、本当にそれで大丈夫?」と聞きたくなるのだ。

実は今、想定外の出来事が起こっている。ドイツは70年代からクルド族やレバノン人などを大量に受け入れていたため、すでに大勢のアラブ系の住人がいる。その多くはドイツ国籍を持っており、特に若者たちは生まれた時からドイツ人だ。日本ではあまり知られていないが、アラブ人社会ではいまだに徹底した反イスラエル、反ユダヤ思想が大手を振っている。つまり、これまで何十年も争われてきたパレスチナ問題でも、彼らは終始一貫、パレスチナ人の味方だった。しかし、それが表に出る機会は、今までは少なくともドイツではなかった。

ところが、今回、ハマスのイスラエルに対するテロ攻撃の後、イスラエルの徹底した報復行動により、突然、パレスチナのガザ地区の地獄絵が目に飛び込んできた。これによって、ドイツにいるアラブ系の住民が、あちこちでイスラエル打倒を叫んで立ち上がったのは、ほぼ自然の成り行きだった。ドイツ人にとってみれば、これは驚天動地の大事件だ。

というのも、ホロコーストのトラウマを持つドイツでは、イスラエルとの連帯はいわば国家理念。反ユダヤ主義は法律で禁じられている。だから、反ユダヤ思想の持ち主など、もちろん、本来ならばドイツ国籍は得られないはずだった。ところが、今、デモで反ユダヤ思想を叫ぶ人たちを検挙してみると、れっきとした“ドイツ人”が少なくない。

これを知って以来、私は従来の考えを改め、ドイツ国籍の取得者には二重国籍を義務付けるべきではないかと思うようになった。というのも、「捕まえてみたらこんなはずじゃなかった」という問題は、実は、他でも起こっている。たとえば、何十年もの間にドイツのあちこちに根付いてしまった外国系の犯罪組織では、犯人が上がると、多くは勇猛な顔つきのドイツ人だ。

ドイツ人からドイツ国籍を取り上げることはできないが、他の国籍があるなら、少なくとも重罪犯人からドイツの国籍を取り上げることは可能ではないか。だからと言って母国送還は難しいかもしれないが(母国がおそらく受け入れないため)、少なくとも選挙権だけは取り上げられる(ドイツでは日本と違い、受刑者にも選挙権がある)。

国籍というのは、少なくともこれまでの私の認識では、アイデンティティはもちろん、愛国心や忠誠心にも微妙に通じる。愛国心や忠誠心は、長く住んだから湧いてくるとは限らない。私はドイツに長く住み、言葉も学び、ドイツの法律を遵守し、少子化防止にも尽力した、いわば模範的な移民だが、ドイツに対するシンパシーはあっても、愛国心や忠誠心はあまりない。しかし、国籍を与えるというのは、そういう帰属意識が希薄な人たちに、全ての権利を手渡すということだ。

11月30日、国会で本件についての初の一般討論が行われた。左派党は、「反ユダヤかどうかの思想調査には反対」とか、「生活保護者にも帰化の権利を与えろ」とか、いくつかの修正を要求しているが、大枠では改正に賛成。それに対してAfD(ドイツのための選択肢)とCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)は、特に二重国籍の解禁について反対している。

フェーザー内相はこの法案を、来月にも成立させたかったようだが、現在、イスラムテロの増加が危惧されていることもあり、棚上げの可能性が出てきた。

今、ドイツでは、あちこちで美しいクリスマス市が立ち始めたが、大きな都市のクリスマス市では警備が物々しく、テロリストの車が突っ込めないよう、入り口に巨大なコンクリートのブロックが並んでいる。メルケル前首相が大量の中東難民を入れて以来の現象なので、「メルケル・ポラー(←桟橋にある係船綱をつなぐ太い柱)」と呼ばれている。

何とも残念な景色だが、これも、国籍をあまりに杜撰に扱いすぎたせいではないかと、私は思っている。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : pmvfoto / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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