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PTSDに悩む兵士数も激増。イスラエルが直面する四面楚歌の状況

欧州と中東で続く、終わりの見えぬ激しい戦闘。紛争の同時進行は国際社会に大きな疲弊をもたらしていますが、解決の糸口をどこに見出すべきなのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、2つの紛争の現状を解説するとともに、ロシアとイスラエルによる核兵器使用の可能性を検討。さらに戦争のエスカレーションを防ぐため、彼らに対して各国が取るべき対応についての考察を行っています。

ロシアとイスラエルは核を使うのか。2つの紛争の行方

「今、私たちが直面している紛争の同時進行は、もしかしたら世界を永遠に変えてしまうような事態に発展するのだろうか?」

今週、調停現場で問われた内容です。

結論から申し上げますと、この先、全面的な核戦争に発展するような事態を防ぐことが出来れば、そのようなことにはならないと考えます。

アメリカ、英国、フランス…NATOの主力としてウクライナの後ろ盾となり、ロシアの企みを挫こうとしている国々はすべて核保有国ですが、もしウクライナまたは自国が暗黙の了解という一線を越えてロシアと直接戦うような事態になってしまった場合、これまで80年近く回避してきた核保有国同士が対決する正真正銘の大世界戦争(第3次大戦)に発展することを痛いほど認識し、それがこれまでの2度の世界大戦とは大きく異なり、人類の滅亡を招く結果になることを理解しています。

ゆえに西側の核保有国が対ロ戦線に直接介入するシナリオは考えづらいのですが、これが望むかどうかは別として、介入やむなしになりかねないのが、ウクライナによるロシアへの攻撃が行われた場合に、クレムリンが意図的に“これはウクライナを駒として用いたNATOのロシアへの攻撃だ”と認識した場合には、ロシアは【主権国家に認められた自衛権の発動の権利】を前面に打ち出して、自国の新しい核兵器使用ドクトリンをベースに核兵器を使用する可能性は否定できません。

問題はその核兵器が低出力のものか否かは関係なく、“だれに”対して使われるかだと考えます。

もしウクライナからの直接的な攻撃に対する報復として、ウクライナ領内で低出力の戦術核兵器を用いる場合、NATO諸国は恐らく外交的に激しい非難をロシアに対して浴びせるでしょうが、残念ながら、実質的には何もしないのではないかと思われます。

それは、名前はさすがに出せませんが、NATOの核保有国(3つ)の高官が「ロシアによる攻撃、特に大量破壊兵器による攻撃が、ウクライナ領内に限られる場合においては、NATOは軍事的なリアクションは行わない」と何度も言っていたことと、「戦争遂行中の国とはNATO加盟交渉は行わない」という不文律を盾に、ウクライナのNATO入りを交渉のテーブルにも載せないことで、NATOがロシアとの直接的なコンバット、特に核戦争の危機という領域に間違っても踏み込むことが無いように綿密に計画していると思われることです。

ですので、すでに欧米諸国で始まっているウクライナ支援疲れと国内の政治的な舞台における“店じまい”への準備に後押しされて、よりロシアを刺激しない形式でのロシア・ウクライナ戦争からの退場を模索し、“万が一のリスク”を回避しようという動きが垣間見られます。

その表れが今年のダボス会議の場で行われたウクライナの“戦後復興”に関する会議ですが、これまでの会議と異なり、各国、特に欧米諸国のトーンが変わり、議長を務めたスイスも、そして他の欧州諸国も「中国の参加を確保すべき」という発言や「ロシアの代表も交えた停戦・和平に向けた協議を始めるべき」という発言をするようになっています。

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解決ムードを一転させかねないロシア軍輸送機の墜落事故

ウクライナの政府代表(大統領府長官など)は明らかに不信感を募らせ、別途、記者会見を行って「ロシアの企てに抵抗するために、欧米諸国はウクライナ支援を拡充させるべき」と述べましたが、それに呼応する国はなく、中には「ウクライナから何をすべきかを指示される謂れはない」と明らかに不快感を示す欧州の国もあり、ウクライナが戦闘を継続させることへの支援ではなく、ロシアとウクライナの停戦後の復興に対する支援に重点が変化してきているのが分かります。

新しい国際枠組みの関心は長引く戦争とその影響で悪化する食糧・エネルギー・物流などへの安全保障環境に終止符を打ち、ロシアを再び国際秩序の輪の中に囲い込むことで、【強い兵力を持つものが自らの我欲に任せて周辺の国々を襲う】という国際法上の不条理を正し、再び国際法の下の協調と統治の世界に戻すことではないかと感じています。

ロシアは、どうもその誘いにあまり悪い気はしていない様子ですが、今、ウクライナがその受け入れを考慮する国内政治状況にないのが、大きな懸念です。仮に「NATOも国際社会も頼りにならず、例え朽ちてもロシアの不条理を正すのだ」とウクライナがロシアへの攻撃を積極的に敢行するような事態になれば、先ほど触れたように、私たちが想像できない世界に陥ることもあり得ます。

そしてロシアとウクライナ間での珍しい合意に基づき、捕虜交換が行われるはずだった24日に、ロシア軍の輸送機IL76がウクライナ人捕虜の輸送中にミサイル攻撃を受けて墜落した事件は、解決ムードを一転させる可能性が大いにあります。

これはロシアからのウクライナ批判に留まらず、すでにウクライナ国内で増大してきているゼレンスキー大統領とその取り巻きに対する非難が、ゼレンスキー政権の存続を危険に曝す恐れが高まることにも繋がりかねず、そうなると、ウクライナ国内での政変が起きて親ロシアの政権が生まれるか、ウクライナの3分割に繋がるような内紛が一気に起きうる事態に陥りかねません。

国際社会の関心はPost-Ukrainian Warの世界に向いていますが、今回の事件を受けて、もしかしたらまた戦争の出口が閉ざされる可能性が懸念されます。ロシア・ウクライナ戦争の出口を国際社会が模索する中、その実現を阻む恐れがあるのが、イスラエルとハマスの戦いの継続と激化です。

イスラエル戦時内閣の中からも“人質の全員解放を最優先に考える”ため、ハマスとの少し長めの戦闘休止を実施すべきという声が上がり、何とか国内外で高まる政府批判とイスラエルに対するジェノサイド批判を弱めようとしていますが、当のネタニエフ首相はそれを拒み、またハマスも、エジプトやカタールの仲介の労に対して感謝しつつも、イスラエルによる徹底的なガザ破壊を目の当たりにして、こちらも自身の保身のために、攻撃を緩めるつもりはないようです。

カタール政府経由で聞いた話では、少し前まではハマスの軍事リーダー側も話し合う用意があると発言していたようですが、今週の呼びかけに対しては「時期はもうとっくに過ぎており、イスラエルからの残虐な攻撃の結果、ガザの破壊と市民の虐殺が止まないことを受け、ハマスは徹底的に戦うことにする」と回答し、戦闘の休止も人質の解放も拒み、代わりにイスラエルに対する攻撃を再拡大させました(24日にはイスラエル軍側に約30名の死者がでました)。

軍事的にはまたこれで交戦が激化することになりますが、イスラエル軍は絶対的な軍事的優位を誇りつつも、国内で湧き起る反ネタニエフ首相の声と人質の解放のために戦闘を休止せよという声に直面し、軍事的なリアクションのレベルを控えているように見えます。

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四面楚歌の状況に直面しているイスラエル

その背後には、すでに国内で始まりだしたポスト・ネタニエフ体制を切望する声と「これ以上はもう支持できない」と言い出したアメリカ政府の存在があると思われ、軍内で広がるPTSDに悩む兵士数がうなぎ上りに増えていることと、イスラエルが直面する四面楚歌の状況があります。

「ネタニエフ首相が権力の座に居座っている限り、戦争が終わることはなく、イスラエルは国際社会における居場所と信頼を著しく失うことになる」

そのような声が国内からも、周辺国からも、アメリカ政府や欧州各国からも聞かれるようになり、必死に戦争を終わらせようと調停努力を行うエジプトとカタールも、じわりじわりと即時停戦に対するプッシュを弱め、アングルを変えて「戦いが終わった暁にはどのような世界が待っているか」という具体像を示すことで、停戦を促すアプローチに変わってきているように見えます。

そこには【ガザの戦後統治のあり方】【イスラエルとパレスチナの2国家共存に向けたマルチ交渉体制の構築】【イスラエルとパレスチナのコントロールを一旦外して、UNが暫定政府をガザに築く案やイスラエルとパレスチナ人からなる共同統治機構作り】などが織り込まれて、すでに多くの多彩な国際専門家が招集されていますが、問題は何かしらマルチの場で出来上がり、合意に至った統治案を、当のイスラエルとパレスチナが受け入れるかどうかは未知数です。

そして何よりも【誰がパレスチナ、ガザを代表して交渉の場に立つか】という点については、様々な議論がおこなわれ、なかなか合意を見ることが出来ていません。

個人的な見解になってしまいますが、最近になってまた発言が多くなってきたパレスチナ自治政府はまったく頼りにならないばかりか、誰からも顧みられていませんので、戦後統治の輪の中に、そのままの形で入って音頭を取ることは適切ではないと考えています。

それはパレスチナ自治政府の内部での汚職の蔓延もありますが、実質的にこれまでイスラエルと対等に渡り合い、パレスチナ国家の樹立に向けた具体的な成果を全く上げてくることが出来なかったことで、イスラエルに対して悠然と戦うハマスに力を持たせてしまったことと、パレスチナ人の誰も自治政府を正当な政府とはもう見なしていないということがあります。

イスラエルはガザの統治についてハマスの介入を一切受け入れない旨を明確に表明していますので、post-Gazaの世界においてもなかなか具体的な出口が見えてきません。

以前にもお話ししましたが、ガザそしてパレスチナの統治に対しては、本来はパレスチナ人が担うべきですが、それに値する能力を持つ組織はないため、エジプトやカタール、ヨルダンやサウジアラビア王国といった周辺のアラブ国の積極的な関与が必要となりますが、長年にわたるイスラエルによるパレスチナへのユダヤ人入植によってパレスチナはモザイクのような様相になっており、人種や宗教をベースとした明確な国境線の設置もあまり現実的ではない状況を前に、特になすすべもないという状況が現実にあります。

今回の10月7日の事案を受け、国連とイスラエルとの対立も激化し、すでにネタニエフ政権下では修復不可能となっているため、ガザ地区の国連による代理統治機構も無理だと思われますし(東チモールのような形式を想定)、かといってアラブ諸国も直接的な関与はできるだけ避けたいというのが本音のようですので、post-Gazaの世界づくりについてもなかなか妙案が出ず、このままいくと、かつてのいろいろな合意の実行について協議したケースと同じく、結局イスラエルの影響力に押し切られ、対立構造が鮮明なまま、イスラエルの拡大が止まらないという事態が予想されます。

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プーチンとネタニエフがやりかねない「核使用によるリセット」

アラブ社会は、口では非難しつつも、すでに出来上がっているアブラハム合意に基づくイスラエルとの経済的なパートナーシップ協定による利益と恩恵を捨てることが出来ない状況になっていることに鑑みて、あまりイスラエルを苛立たせることはしたくないという思惑が見え隠れするため、あまり永続的な態勢づくりには貢献できず、結局、イスラエルが押し切る形が固定化するような気がします。

唯一、イスラエルに待ったをかけられるのがアメリカ政府になるのですが、バイデン大統領とネタニエフ首相との関係はあまり良好とは言えず、イスラエル政府もあまりアメリカの意向を仰ぐことをしなくなってきていることもあるのと、国内政治上、ユダヤ人支持層の獲得が至上命題であることは変わらないとしても、今回の案件を受けて、必ずしも在米のユダヤ人は、思っていたようにプロ・イスラエルではないことが分かり、同じユダヤ人でも対イスラエル感情に差が出てきていることも、アメリカがあまり積極的な関与を今後しなくなる可能性が高いことが予測されます。

そうなると、イスラエル絶対優位となりそうなのですが、それも、先ほどのウクライナに対するプーチン大統領の今後の姿勢ともよく似ていて、もし行き過ぎたコミットメント、特に低出力であったとしても、核兵器を使用するような一線を越えた決断をした場合には、一気に形勢が逆転し、国際社会からの反応も一変することとなります。

以前、閣内の教育担当大臣がイスラエルによる対ガザ核兵器使用の是非についての発言をして、ネタニエフ首相が急いで打ち消すというシーンがありましたが、可能性は低いと考えるものの、全くないとは言い切れないと危惧しています。

人質の解放も遅々として進まず、ハマスの壊滅という状況からもほど多く、かつ日に日に国際社会からも、国内からも非難が強まって、自身の権力基盤が揺らぐ事態が鮮明になった時、もしネタニエフ首相が「イスラエルを取り巻く安全保障体制の立て直しのためには一旦、行き詰った状況をリセットする必要がある」と強く信じ始めたら、とんでもない事態が中東、東地中海地域で引き起こさせる可能性が否めないと考えます。

そして同じことがロシア・ウクライナの間でも起きた場合、自身は後ろ向きだと言われてきましたが、政権維持への圧力と周辺を固める超強硬派からのプッシュに後押しされる形で、ロシアが対ウクライナ政策のリセットを行おうとしたら、ここでもまたパンドラの箱が開かれ、世界は混乱と絶望の世の中に引きずり込まれていくことになる可能性があります。

欧米諸国とその仲間たちも、UNも、その他の国々も、イスラエルに対しても、ウクライナに対しても、口は出して非難はしても、結局、何も直接的にできないのであれば(軍事支援の継続など)、少なくともイスラエルには一線を越えるべきではないとの圧力をかけ、レッドラインを越えた場合には、見放すくらいの強い立場を鮮明にして、extremeなレスポンスを思いとどまらせないといけませんし、ウクライナに対しては、ロシアに対して逆に攻撃を仕掛けるという一線を越えて戦争を国際戦争にエスカレーションさせないように圧力をかけ続けないといけません。

実はこの点で、日本はとてもいい立ち位置にいるはずなのですが…これまでのところ、少なくとも私の目には、それを理解して動いているようには見えてきません。

調停現場の非常に重々しい空気を感じ、直接浴び、いろいろなことを考えてしまっています。

以上、今週の国際情勢の裏側でした。

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image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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