手軽さや使い勝手の良さから、多くの人が利用するEvernote。「最高のメモアプリ」を謳うツールですが、文筆家の倉下忠憲さんは近々自身の「主要なツール」から外そうと目論んでいるといいます。そんな倉下さんはメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』で今回、脱Evernoteを真剣に考えることになったきっかけを記すとともに、その利点を解説する形でEvernoteを「総括」しています。
Evernoteの何がよかったのか
本格的にEvernoteを「主要なツール」から外そうと目論んでいます。
そうしたときに、単にEvernoteのデータを別のツールに移して一件落着とするのはちょっともったいないものです。むしろこのタイミングで「Evernoteとは何だったのか」を考えるのが機会の使い方としては有用でしょう。
それに、私は常々ネットでは新しい話題に飛びつくことばかりで、「総括」が軽んじられているとも感じています。その意味も含めて、今回は「Evernoteの総括」をやってみたいと思います。
■Evernoteのよかったところ
2024年において、ユーザーがEvernoteから離れがたい原因は、
- すでに大量のデータがあり移動させるのが面倒
- 操作に慣れてしまっている
- 代替となるツールがない
あたりがあるでしょう。ここから考えてしまうと、Evernoteの「よかったところ」は見えにくくなります(他のツールでも起こりうるからです)。むしろ、私がEvernoteを使いはじめた時点で、どんなところを気に入っていたのかを探ったほうがより適切な答えが出てきそうです。
というわけで思い返してみると、以下のような「よい点」があったように思います。
- クラウドとローカルでデータを保存
- 月ごとの保存領域が増えていく
- APIがありサードパーティーアプリが豊富
- 楽に保存できる
- デジタルの多様なデータをまとめられる
- 複数の分類軸を持つことができる
- 画像のOCR検索ができる
- ノートリンク機能がある
逆に、当初の時点で「よくなかった点」は、
- やや重い
- プレーンなテキストをそのまま扱えない
- 同期が不安定
- 複数人で同時に編集できない
あたりでしょうか。
で、驚くことにこれらの「よくなかった点」は現状のEvernoteではほとんど解消されています。アプリケーションの重さはほとんどなくなりましたし、iOS版やiPad版もきびきびと動いてくれます。同期も安定し、複数人で同時の編集することもできるようになりました。
少なくともその点だけを見れば、ノートツールとしては間違いなく改良の道を辿っています。何かがあると「改悪だ」と叫ばれるのが昨今ですが、開発者の人たちは頑張ってツールを向上させようと努めている、という点はゆめゆめ忘れてはいけないでしょう。
実際私も、今回の「無料版の拙速な機能制限」の出来事がなければ、脱Evernoteを真剣に考えることはなかったでしょう。第一線で活躍するツールではないにせよ、自分の情報ツールとしては使っていたはずです。それくらいに使い勝手が向上してきていたことは間違いありません。
でも、それはそれ、これはこれです。総括を続けましょう。
この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ
■クラウド&ローカル
では、「良い点」についてもう少し見ていきます。
まず、「クラウドとローカルでデータを保存」ですが、Evernoteはクラウドツールとして登場しつつも、パソコン内にもデータを持つ形で当初は運用されていました。だから、ある日Evernoteのサーバーが吹っ飛んでも、自分のパソコン内のデータがある限り、Evernote内のデータは使えていたのです。
たとえば昔のバージョンではすべてのノートにIDが割り当てられ、そのID名のフォルダがパソコン内に作られて、そこにHTML、TEXT、使われている画像が保存されていました。ということは、最悪データベースにアクセスできなくても、そのフォルダ全体を保持しておけば、情報にアクセスできたのです。
一方で、NotionというツールはMacのアプリケーションでアクセスしても、その中身は「Notion専用ブラウザ」であり、データをMacの中に保持することをしません。だから、ある日Notionのサーバーが吹っ飛んだらユーザーからはデータにアクセスできなくなるのです。
その意味で、クラウドツール黎明期だったにもかかわらず(あるいは黎明期だからこそ)クラウドとローカルの二重保持という強固な体制をEvernoteは築いていて、それがユーザーの安心感にもつながっていた点があったのでしょう。
ちなみに現状のEvernoteは、ローカルにバックアップデータは持っていますが、ノートごとにフォルダを作る、というような無駄なことは一切やっていません。その意味で、情報があったとしてもクライアントツールが壊れると情報に触れなくなる可能性が出ています。
この点はちょっと残念ですが、むしろ昔の機能があったからこそ「動作の重さ」が生まれていたのでしょうから、その辺はトレードオフとして諦めるしかありません。
■保存と連携
次の「月ごとの保存領域が増えていく」は、その当時非常に斬新な感覚がしたものです。5年も10年も使っていくのだから、保存できる容量が心配になりますが、使えば使う分だけ広がっていくというのは未来方向に期待と安心感をもたらしてくれます。
現状でも、Dropboxなどでは5GBなら5GBと上限が決まっており、どれだけ使ってもその量が増えることはありません。デジタルツールは長く使えば使うほど、保存領域を使うのですからEvernoteのこのシステムは今でも魅力的だと言えるでしょう。
もちろん、無制限にいくらでも保存できるというのが一番ユーザーにとって「うれしい」わけですが、それでは企業活動が成立しないでしょう。その意味で、どこかで適切なバランスを見つける必要があり、Evernoteのシステムはそのバランスをうまく維持できていたし、今でもそれは言えるかと思います。
「APIがありサードパーティーアプリが豊富」は、ツールの用途が広いときほど重要です。Evernoteのサードパーティーアプリには、書き留めるだけのアプリもあれば、ランダムで表示するためだけのアプリもありました。Evernoteのノートをバックグランドにした日記ツールや、ブログとして公開するという珍しいツールもありました。
Evernoteを単体で考えるのではなく、サードパーティーアプリを含んだ一つの系として考えるやり方は、インターネットではうまくいくやり方の一つで、Evernoteは当初からそれを適切に運用していたかと思います。
しかし、振り返ってみると、そうしたサードパーティーアプリのうち、本当に役に立っていたのは数えるほどでしかありません。「面白いのは面白い」というものはたくさんあったものの、実用に耐えるものは少なかったのです。
おそらくそれは、APIでデータの連携できたとしても、Evernoteの機能そのものを変えることはできなかったからでしょう。その点は、現状のObsidianやLogseqを見てみればわかります。これらのツールで提供される「プラグイン」は、メインとなるツールそのものの機能を改造します。これは実用性において大きな貢献をもたらすでしょう。
この点を考えると、NotionはAPIを提供しているものの、「プラグイン」には至っていません。もちろん、ユーザー有志が機能的なページを作り、それをシェアしていることを考えるとユーザー的創造力は発揮されていると思いますが、メインの機能を上書きするものではない以上、どこかしらに限界があるのではないかとも思います。
またUpNoteは、URLスキームが実装されているだけなので、基本的にはツールをそのまま使うというやり方に限定されます。あまり「ハック」するツールではないわけです。
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■楽に保存できる
「楽に保存できる」「デジタルの多様なデータをまとめられる」は、Evernoteで一番よかった点です。これは、現状もまだ他のツールの追従を許していません。
情報を保存したくなったら、まず何も考えずにcommand + nで新しいノートを作り、そこに書き留める。あるいは画像やファイルをドラッグする。それで「とりあえず」は保存できる。で、その後でタグづけするなり、ノートブックに移動するなどしておける。場合によっては、そのノートに合わせたノートブックを新しく作ったりもできる。非常に簡便です。
この簡便さが、Evernoteの圧倒的な魅力でしょう。
Evernoteの対抗馬であるNotionではなかなかそうはいきません。新しくデータを保存する場合は、それをページにするのか、データベースの項目にするのかということをまず考える必要があります。これが結構面倒くさい。
逆に言うと、Notionではすでに形を決めてあるデータを保存するのがすごく得意です。どんどん「流し込んでいけ」ます。それはそれで一つの魅力ではあるのですが、雑多な情報を次々と保存していきたい場合は、あまり小回りが利かないとも言えます。
この辺はどんなデータを、どんな目的で保存するのかを加味して判断する必要があるでしょう。
■情報の規格化
上記の話を、「情報の整理学」として整理しておくと、Evernoteにおいては「ノート」という情報の最小単位が設定されていて、それが情報の規格化に貢献しています。だから、情報を保存したくなったら、まずノートを作ればいいのです。
そのノートは「ノートブック」に所属するものですが、それはメタ情報でしかありません。ノートブックを決めなければノートが作れないということはなく、作った後にいくらでも移動の自由が利くものです。
同じことは、アウトライナーでも言えます。アウトライナーは一つの行(項目)が情報の最小単位であり、何かを記録したくなったら、改行して新しい項目を作ればそれでOKです。それをさらに展開したり、統合したりといった操作は可能ですが、ユーザーが考えるのは常に「項目」だけで済むのです。
Notionの場合は、ページとデータベースの二つの規格が存在しており、しかもデータベースの項目はデータベースを作ってからしか作成できません。何かを書き留めた後に、その項目を内包するデータベースを──一種の変換的に──作ることができないのです(少なくとも標準の操作では)。
もちろん「変換的に」作れないだけであって、単にメモだけしておいて、それを参照しながらデータベースを構築することはできるわけですから、所詮は手間の問題でしかありません。ただし、その手間の問題はバカにはできないものです。
特に「新しい情報を扱う頻度が多い」ほどその影響は強く出てくるでしょう。
■細かいあれこれ
最後はざっと見ておきます。
まず、「複数の分類軸を持つことができる」は強力です。ノートという規格化の単位は一つでも、ノートブック・スタック・タグという軸によってそれらをさまざまな切り口で串刺すことができます。
ただ、長年のデジタルノート経験からいって、大量のタグがあったところで人間には扱えません。むしろ、現代におけるタグの意味は「AIに対してコンテキストを明示する」という役割が一番適切でしょう。分類というよりは、セマンティックなメタ情報を付与するわけです。
その意味で、はじめからコンテキストを明示するために使っているScrapboxは先見性があると言えそうです。
次に「画像のOCR検索ができる」は、あまり知られていないかもしれない機能で、案外他のツールにはない機能です(でもって、これのせいで処理の重さが生まれていることもあります)。画像に含まれている文字列を対象に検索できるのは便利で、しかもプリントアウトされた書類であればOCRは高精度で拾ってくれます。
とは言え、これも画像を保存したときに適切にコンテキストを付与していればそういう検索自体が不要になるかもしれませんので、そこまで優先度は高くないでしょう。ちなみに、Scrapboxにファイルをアップロードすると、同じように検索できるようになります。これもあまり知られていません。
「ノートリンク機能がある」は間違いなく便利な機能ですが、現状のデジタルツールではほとんどのツールで付属している(Macのメモ帳にすらあります)機能なので、現状は特筆すべきものではなくなりました。「あって当然」な機能です。
■Webクリッパーとしては
Evernoteが流行りだした頃は、Webクリップが便利だと騒がれていましたが、むやみやたらにクリップしてしまうと「ゴミ屋敷化」してしまい、ろくに使い物にならなかった経験があります。
それにWebクリップは定型的な処理なのですから、むしろNotionでどんどん「流し込んでいく」使い方が向いているでしょう。逆に、Webページを完全な状態で保存しておきたいなら、それこそHTMLファイルとして保存したり、PDFにして保存したりといった手段もあります。その点で、Evernoteを「推す」ことはできなさそうです。
しかし、多様なデータを楽に保存できる機能だけはNotionはEvernoteの代替にはなってくれません。「こういうデータがあるから、こう保存しよう」と決めておくならばNotionがよいでしょう。しかし、突発的に発生したデータを「とりあえず」保存しておき、その後で扱いについて検討するようなラフな運用はやっぱりEvernoteなのです。
一応、UpNoteでは、かなり近い操作ができます。アプリしかなく、Webブラウザからのアクセスができないといった課題はありますが、常に自分の端末からしか操作しない人にとってはあまり気にならないでしょう。
また、UpNoteでは、Evernoteではできなかった「ノートの自由な入れ替え」ができます。気に留めておきたいノートなどを、ノートリストの上部に持っていくことができるのです。これは大きな魅力です。
■さいごに
総じてみると、Evernoteが私たちに提供してくれていたものは、今ホットなトピックである「ナレッジベース」や「セカンドブレイン」ではなく、「気楽なメモツール」だったと言えるでしょう。がちっとした利便性ではなく、ゆるっとした利便性。それがEvernoteの最大の魅力だったのではないかと思います。
ところが、ある時期からEvernoteはMicrosoftのオフィスシリーズをライバル視し、「ゆるっとさ」から「かちっとさ」へとシフトしはじめました。もちろん、ビジネスユースでないと十分な売り上げが作れないから──ユーザーの大半は無料の個人ユーザーだったはずです──という理由があったのでしょう。
しかし、そのことが根本的な部分でボタンの掛け違いを生んでしまったのではないかと思います。その点Notionは──Evernoteのわだちを見ているわけですから──はじめからビジネスユースを意識しており、実際にそれでうまく軌道に乗っているように見えます。人は未来を見通せないのですから、これは仕方がないでしょう。
では、Evernoteがゆるっとした利便性のまま、ビジネスとして成功する道はあったのか。個人的には険しいながらも可能性はあった、と考えていますが、そんな話を今したところで詮無いものです。
とりあえず、もしEvernoteの代替を探すならば、「気楽なメモツール」の観点で探してみるのがよいでしょう。逆に、もっとかちっとやりたいというのであれば、それこそNotionが最適かと思います。
──(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2024年1月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ
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