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日本にも及ぶ悪影響。プーチンの停戦案に乗った世界が払わされる代償

国際社会のさまざまな努力も虚しく、開戦から2年を超えてしまったウクライナ戦争。これまでに3万1,000人のウクライナ兵が命を落とし、最新の戦況はロシア有利とも伝えられています。そんな中にあってウクライナに現状での停戦を求める声も各所から上がっていますが、これに異を唱えるのは元国連紛争調停官の島田久仁彦さん。島田さんはメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、現段階での停戦に反対する理由を解説するとともに、自身が考えるウクライナ戦争解決のシナリオを記しています。

ロシアを国際社会から締め出す。欧米陣営が乗ってはいけない安易な停戦案

予想外に長引く戦争への支援疲れからか、このところ欧米諸国とその仲間たちからウクライナに対して停戦を促す圧力が強まってきています。

しかし、“停戦”は有効な出口と呼べるのでしょうか?

先週号でも触れましたが、ロシアにとっての停戦は、ただ単に武器を置けば戦争はすぐにでも終わりますが、ウクライナにとっての停戦は、これまでのロシアの傾向から見ると、武器を置くことがすなわちウクライナという国家の終焉を意味することになるため、到底受け入れることが出来ない選択肢であることが見えてきます。

【関連】プーチン露が総攻撃へ、敗北確定ウクライナ。西側メディアの「大本営発表」に騙され続けた世界

ゆえに、ウクライナにとっては戦い続けるほか、選択肢はないように思われますが、その継続のためには欧米諸国とその仲間たちからの切れ目ない支援と、ロシアの軍事力を凌駕するほどの対応能力の提供が不可欠になります。

アメリカからの支援が望めない中、EUは500億ドルの追加支援に合意し、それに加えてドイツ(11億ユーロ)とフランス(30億ユーロ)が独自にウクライナへの長期的支援の確約を与えましたが、問題はその実施と提供までに時間が掛かり、もっともはやく提供できると言われているドイツからの砲弾でさえ、早くても今年末頃のデリバリーになるようですので、ウクライナがそこまで持ちこたえることが出来るかです。

これまでのようにNATO支援頼みの戦略では恐らく無理だと思われるため、今、ウクライナも独自に攻撃ドローン兵器の量産と投入に乗り出していますが、反転攻勢当初の大活躍の状況とは異なり、ロシア軍がNATO・ウクライナ軍の予想を超えていち早くGPS誘導弾とドローン兵器への対応が出来るようになり(ジャミング技術の投入など)、ドローンでのロシアへの攻撃が以前に比べて難しくなったと言われています。

この状況を覆すには、ウクライナ軍が制空権を掌握する必要が出てくるのですが、F16の供与・投入が遅れており、兵器と戦略をアップグレードし、精密誘導弾や弾道ミサイルを投入してウクライナ各地のインフラ設備や兵器生産拠点をピンポイントで破壊するロシアの攻撃に晒される結果になっています。

ゆえにゼレンスキー大統領も認めるように、今はまず攻撃よりもウクライナの防衛戦を固めることが必要であり、「これ以上、ロシア軍にウクライナ領を奪われないようにすることが大事」と言えます。

それはまた士気にも大きく関わります。

いつ終わるかわからない戦争と毎日ならない日はない空襲警報による心理ストレスは、国内に厭戦機運を拡げ、前線の士気も下がり続けるばかりであると聞きます。

「踏ん張って戦っても、ロシア軍が待ち伏せしていてやられてしまう。兵力では100倍、弾薬数では10倍以上の差があるロシア軍がじわりじわりとウクライナに浸透してきている。もうウクライナにはそれに対抗できる砲弾も弾薬もない」という嘆きは前線の兵士の間に広がっています。

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日本の安保政策にも悪影響を与えかねぬ現時点での停戦合意

またザルジニー前総司令官の後任のオレクサンドル・シルスキー総司令官も「ロシア軍が全ての前線で進軍しており、ウクライナ軍は攻撃から防御に転じなくてはならない」と発言したことも、士気の低下につながっているだけでなく、国民のゼレンスキー大統領支持の低下にもつながっています。

いまでも7割強の国民はゼレンスキー大統領支持と言われていますが、ゼレンスキー大統領が掲げる「ウクライナ全土の奪還」は不可能と考える国民がこのところ増えてきており、昨年12月の調査によると「東部を含む領土の一部を失うことになっても、戦争を終結すべき」と答える人の割合が全体の2割に達するまでになってきました。まだ74%の国民は「それでもロシアに対して反抗し、戦いを止めてはならない」と継戦を支持していますが、それもこの先の戦況次第ではどうなるか分かりません。

ではもう一つの当事国ロシアはどうでしょうか?

私は直に見たわけではないのですが、最近モスクワやサンクトペテルブルクを訪れた調停グループの仲間によると「少なくとも戦争の影はまったく感じられない。経済状況は良好で、特に市民が生活に困るという声は聞かれず、日常生活を普通に送っているようだ。また最近、戦略の変更を受けて戦況が好転し、兵器・弾薬の生産・補給態勢も、戦時経済政策の影響で整ってきていると思われる」とのことで、少なくともロシアが押している状況が生まれていることが想像できます。

それゆえでしょうか。プーチン大統領は年末あたりから再三アメリカ政府にコンタクトし、停戦協議に応じる姿勢を示し、アメリカにウクライナを説得するように要請しているという情報が多々入ってきています。

ただここで気を付けたいのは、プーチン大統領はウクライナを停戦協議の相手(カウンターパート)とは見ておらず、アメリカの大統領と直接に交渉したいという思惑が鮮明になってきています。

もともとウクライナへの侵攻を決めた一つの要因が「NATOの東進を阻みたい」という狙いですので、それをNATOの主であるアメリカと交渉して獲得できたとしたら、プーチン大統領にとっては大勝利と言えます。

さらに気を付けたいのは、ロシア優勢の状況で、ロシア・ウクライナ間のパワーバランスが均衡していない状況での“停戦”は、ただロシアの支配地域の拡大を招く結果にしかならず、それはウクライナの敗北と消滅に繋がりかねません。

欧米諸国は国内事情と支援疲れもあるのでしょうが(そして中東地域の危機に集中したいから)、ウクライナに停戦協議に応じるように圧力をかけていますが、これには大きな注意が必要です。

停戦協議に今、ウクライナが応じるべきではないことはすでにお話ししましたが、欧米諸国はウクライナが敗北した時のネガティブな影響について、もう少し意識する必要があるのではないかと思います。

ウクライナが敗北した場合、それは新たに1,000キロメートルを超えるEU各国の国境にロシア軍が迫ることを意味するからです。

その場合、いくらプーチン大統領が「周辺国に攻撃を拡大することに関心はない」と公言しても、NATOとアメリカ軍は必然的に東欧諸国への軍備増強を迫られることになり、それはアジア太平洋地域を含む“他の脅威”への対応体制を遅らせることに繋がりかねない事態に陥り、それは我が国日本の安全保障政策にも大きな影響を与えることになりかねません。

そのような事態を未然に防ぐためには、戦争の雰囲気がないロシア国民がプーチン大統領に反旗を翻すような状況を作り出したいと欧米諸国とその仲間たちは願っているようですが、その企てがうまく行くかは未知数です。

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ナワリヌイ氏の死を利用するようにすら見える欧米陣営

16日に反プーチンの筆頭格であったアレクセイ・ナワリヌイ氏が北極圏の刑務所で急死するというショッキングな事件が起き、ロシア国内でも彼を悼む集会が開かれ、400人を超える支持者が警察に身柄を拘束されるという状況が生まれましたが、先ほど触れたとおり、経済が安定しており、国民生活に特段戦争の悪影響が及んでいない中、多数のロシア国民にとって、今、プーチンを替えるインセンティブが働きそうにありませんし、戦況もロシア優位が伝えられる中、プーチン大統領の支持は高まっているともいわれています(統計の改ざんなどはあると思いますが)。

さらに「ウクライナがロシアに牙をむいたのは、その背後にNATOがいて、ロシアの国家安全保障を脅かしている」というプーチン大統領のロジックを信じている国民が、意外にも多いこともロシア国民にプーチン打倒を託すことはできないと考える理由です。

そして何よりも、プーチン大統領も何度も強調するロシア人の世界観である「どうせ誰もロシアのことは理解してくれない」という感情を、ロシア国民が広く共有しており、「ウクライナはロシアと一体であり、魂でつながっている存在だから、それを切り離そうとする企ては許すことが出来ない」という認識が広がっていることも大きな影響を与えていると思われます。

ナワリヌイ氏の死亡を機にアメリカも欧州各国もロシアに対する追加制裁の発動を仄めかしていますが、その根拠となる理由はともかく、個人的にはウクライナ支援疲れに陥っている欧米諸国とその仲間たちを再び結束させるためのカンフル剤として使おうとしているのではないかと、ちょっと邪推したくなります(プーチン大統領が反対派を粛正することは限りなく痛ましいことではありますが、厳密には国内マターですので、国際法的には干渉する権利はないはずと考えられますので)。

ロシア国民のプーチン大統領への支持が揺るぎないものであり、ロシア経済の状況も、インドや中国がロシア産の石油・天然ガスを買ってくれることで潤い、イランや北朝鮮が武器を供与してくれることで武器弾薬の供給も切れ目なく行われることで戦況も有利になってきているという状況から、内からの打倒は起こりえないと考えると、焦ってロシアがささやきかける停戦協議に欧米諸国とその仲間たちは乗るべきではないと考えます。

では調停官としてはどうするか?

私はロシアとウクライナの間の停戦は、いろいろな方から怒られるかもしれませんが、目指すべきではなく、代わりに欧米諸国とその仲間たちは再度ウクライナへの軍事・経済支援を強化し、隣国に侵攻するという蛮行に打って出たロシアをウクライナから排除し、同時に国際社会から締め出すことを目指す体制を構築することが大事だと考えます。

それは先週号でも触れたように“ロシアを永続的に封じ込めること”が必要となり、それはかなりの忍耐と一枚岩の協力が必須になりますが、それが出来ない場合には、また歴史は繰り返され、ロシアの勢力圏拡大に向けた企てが再度行われることになります。

そのためには中国を巻き込み、ウルトラCですがイランへの敵視政策を転換して、イランを封じ込め陣営に招き入れるという策を講じることを勧めたいと思います。

インドやブラジルに代表されるグローバルサウスの国々は、欧米諸国の上から目線の態度と言動に嫌気がさし、距離を置いていますが、実利主義に基づく政治と外交を行うという特徴から、ロシアに与するよりも、包囲網に加わる方が自国に利益になるうまみを認識させることが出来れば、ロシア・ウクライナ戦争に終止符を打つことに繋がる体制が構築できるかもしれません。

そういう観点から、現在、日本政府と企業が音頭を取っているウクライナ戦後復興会議や独自の支援の協議・実施という動きは、適切な方向を向いている優れた動きであると考えます。

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国際交渉人が描くウクライナ戦争解決のシナリオ

調停・仲介のコミュニティではいろいろなシナリオを立て、いろいろなパターンを検討していますが、その中で私が至った結論は【イスラエルとハマスの問題については、イスラエル軍によるラファへの侵攻は阻止しなくてはならないという前提は不変ですが、ガザ全域における戦闘を停止し、ユダヤ人のヨルダン川西岸への入植を即時停止したうえで、ハマスの武装解除とパレスチナ国家をアラブ周辺国との協力の下、樹立する。そしてイスラエルと新生パレスチナは相互不可侵条約を締結し、国内の抵抗勢力の武装解除を行う、という永続的な中東地域の安定につながる調停を行うべき】だと考えます。

そしてロシア・ウクライナ戦争については、停戦の追求ではなく、ロシアの永続的な封じ込めのための体制づくりが必要であると考えます。

本件に対する調停努力を止めることはしませんが、ロシア・ウクライナ相互に受け入れ不可能な条件を持ち出し、歩み寄る姿勢が見られない中、現状での拙速な停戦への圧力は止め、ロシアとウクライナのパワーバランスが均衡するための後押しを行い、その上で中立な第3者による紛争調停を実施することをお勧めします。

このような解決に向けたシナリオをすべて台無しにしてしまいかねないイベントが、アメリカで11月に起きるかもしれませんが、現時点では“たられば”はあえて考えないでおこうと思います。

以上、今週の国際情勢の裏側でした。

――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年2月23日号より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by: rospoint / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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