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進むも地獄、引くも地獄。有利な状況でウクライナ戦争「停戦」が困難な状況に立たされた西側

開戦から2年以上が経過するも、依然膠着状態が続くウクライナ戦争。しかし政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さんは、広い意味で「NATOは既にロシアに勝利している」として、そう判断できる根拠を解説。その上で、たとえウクライナ戦争の「停戦」が実現したとしても、プーチンに「勝利宣言」をさせてはいけない理由について詳述しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ロシアとウクライナ、本当に“負けた”のはどちらか?

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

ロシアとウクライナ、本当に“負けた”のはどちらか?

スウェーデンが、北大西洋条約機構(NATO)に正式に加盟した。22年のロシアによるウクライナ侵攻開始を受け長年の中立政策を転換し、昨年加盟したフィンランドに次いで、32カ国目のNATOメンバー国となった。

両国のNATO加盟によって、NATO加盟国とロシアの間の国境が、従来の約1,200キロメートルから約2,500キロメートルまで2倍以上に延長された。ロシアの領域警備の軍事的な負担は相当に重くなった。

海上でも、ロシア海軍の展開において極めて重要な「不凍港」があるバルト海に接する国が、ほぼすべてNATO加盟国になった。NATOの海軍がバルト海に展開すれば、ロシア海軍は活動の自由を厳しく制限されてしまうことになる。

この連載では、ウクライナ紛争が開戦する前の段階で、既にロシアは不利な状況にあったことを指摘していた。東西冷戦終結後、約30年間にわたってNATOの勢力は東方に拡大してきた。その反面、ロシアの勢力圏は東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退した。

ウクライナ紛争開戦後も、NATOはさらに勢力を伸ばし、ロシアの後退は続いている。すでに敗北していると言っても過言ではない。ロシアがウクライナの領土を一部占領したとしても。「NATOの東方拡大」「ロシアの勢力縮小」という大きな構図は変わらないようにみえる。

一方、大きな構図とは別に、ウクライナでの戦闘自体は、膠着状態が続いている。ロシア大統領選が行われ、ウラジーミル・プーチン大統領が約87%という過去最高の得票率で圧勝した。大統領はモスクワで演説し、大統領選の「勝利宣言」を行った。10年に及ぶウクライナ南部クリミアの支配を誇示し、ウクライナでの「特別軍事作戦」をさらに進める姿勢を強調し、軍を強化すると表明した。

昨年始まったウクライナの反転攻勢は成果に乏しい。ウクライナの正規軍は壊滅状態にある。NATO諸国などから志願して集まってきた「義勇兵」や「個人契約の兵隊」によって人員不足を賄っている状態だ。

NATOはさまざまな兵器・弾薬類をウクライナに送り、支援を続けてきた。しかし、その支援で戦局を抜本的に変えるのは難しいだろう。ロシアに大打撃を与え、ウクライナが失った領土を回復させ、戦争を終わらせるほどの支援ではないからだ。むしろ、武器供与を中途半端に小出しにするのでは、戦争が延々と続いてしまうだけである。実際、今年2月には東部ドネツク州の激戦地アウディイウカがロシアに制圧されてしまった。

要するに、外国の武器を使って、外国の兵士が戦い、苦戦が続いているのがウクライナ陣営の現実だ。このままでは、ロシアによるウクライナ領の占領という「力による一方的な現状変更」が既成事実化されて、ウクライナが領土を回復できないまま、停戦に追い込まれる懸念が高まってしまう。

条件次第ではロシアとの「停戦」に応じても構わない状況にあるNATO

他の日本の識者の方々と異なる見解かもしれないが、筆者は、「NATOは、ウクライナ戦争がいつ停戦してもいいという状況」と考えている。繰り返すが、ユーラシア大陸における勢力圏拡大の争いという「大きな構図」では、さらなる東方拡大を実現したNATOは、既にロシアに勝利しているといえるからだ。

具体的にNATO加盟国の事情を考えてみる。

まず、ウクライナ支援を主導してきた米国、英国にとって、ウクライナ戦争は、損失が非常に少なく、得るものが大きい戦争だ。ロシアがウクライナと戦い消耗している一方で、米英は直接戦っていない。その上、欧州各国はロシア産の石油・天然ガスの禁輸措置を始めた。米英にとって、欧州の石油・天然ガス市場を取り戻す千載一遇の好機となっている。

次に、一方、ウクライナ紛争が勃発する前まで、天然ガスの4割をロシアから輸入していたフランス、ドイツなどEU諸国は、その代替となるエネルギー調達先を確保しつつあるものに、エネルギーコストの増大による経済の悪化に苦しんでいる現実がある。既にNATOの東方拡大を実現しているのだから、これ以上の戦争は必要ない。早期停戦して、ロシアからの天然ガス輸入が再開できる方がいいという「本音」がある。

要するに、NATOは、条件次第ではロシアとの「停戦」に応じても構わない状況にある。ロシアによる「力による現状変更」を絶対に認められないウクライナとは、実はまったく違う立場にある。

ウクライナ戦争停戦の本当の焦点は、ロシアの「力による一方的な現状変更」によって奪われた領土を取り戻せるかではない。NATOにとって真の問題は、ロシアがウクライナ領を占領したままで停戦することで、ロシアが「勝利宣言」をし、それで起こることではないか。

それは、ロシアが何度もやってきたことだ。ジョージア、グルジアなどに侵攻し、領土を一部占領することで、プーチン大統領が「大国ロシア」を強くアピールした。東西冷戦終結後のロシアの勢力圏の後退をみれば、「大国ロシア」など「幻想」にすぎないことは明らかにもかかわらずだ。

今回ばかりは幻想だと楽観視することはできない「大国ロシア」アピール

だが、今回については「大国ロシア」は幻想だと楽観視することはできない。国際社会で中国を中心とする「権威主義」の国々が台頭しているからだ。例えば、中国にブラジル、ロシア、インド、南アフリカの5カ国で構成されるBRICSと呼ばれる連合体が勢力を拡大している。5か国の経済力の拡大で世界人口の40%を占め、世界経済の26%のシェアを占めている。

24年1月からはサウジアラビア、イラン、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、アラブ首長国連邦(UAE)を招待している。これまでG7(主要先進国首脳会議)など自由民主主義陣営の先進国が主導してきた国際社会で、権威主義的な新興国が存在感を主張する機会が増えている。

スウェーデンの独立調査機関「V-Dem研究所」は、公正な選挙や三権分立、表現・結社の自由などの状況に応じて179か国を民主主義と権威主義に区分し、「民主主義リポート」を発表している。24年3月7日の最新版では、自由民主主義陣営は91か国に対して、ロシアや中国など権威主義陣営は88か国だ。

しかし、人口では民主主義陣営の29%(約23億人)に対し、権威主義陣営が71%(約57億人)と大幅に上回り、10年前の48%よりも割合を増やしている。

世界を無秩序に陥らせるプーチン大統領の「勝利宣言」

経済をみてみよう。国際通貨基金(IMF)によれば、世界の名目GDPに占めるG7のシェアは、ピークの86年に68%から2022年に43%まで下がった。そして、44%の新興・途上国に初めて追い越された。

ハンガリーなど東欧、インド、パキスタンなど南アジア、ブラジルなど米州など、民主的な政治制度を整えながら、強いリーダーによる権威主義的な制度の運用が行われている国が増えている。

新興・途上国は「グローバルサウス」と呼ばれている。元々「サウス」とは、国際社会における格差など「南北問題」の「南」のことである。しかし、近年は実際に領土が南半球に位置しているかにかかわらず、政治的・経済的に国際社会での影響力を急速に増している新興国全般を意味する言葉となっている。

ナレンドラ・モディ・インド首相は「グローバルサウスの声を増幅させる」と訴えている。インドは23年1月にオンラインで「グローバルサウスの声サミット」を開催し、125カ国の代表者が参加した。

ウクライナ戦争でも、インド、トルコなどグローバルサウスがロシアの石油・天然ガスなどを輸入し、欧米のロシアへの経済制裁の効果が減じられている。また、国連決議などの場面でもグローバルサウスの動向は無視できないものとなっている。

この状況下でウクライナ戦争を停戦し、プーチン大統領が「勝利宣言」をしたとする。権威主義的な指導者が次々と大統領の宣言に支持を表明する。本当の勝者であるはずのNATOの中からさえも、トルコやハンガリーなどプーチン氏の宣言を支持する国があるかもしれない。

NATOや日本など自由民主主義陣営は「大きな構図」では「勝者」であるにもかかわらず、ウクライナ戦争の「敗者」とみなされてしまう。そして、自由民主主義のあり方に対する世界中からの批判が高まる。自由、平等、基本的人権の尊重という自由民主主義の価値を否定する主張が世界中に広がっていく。

強い指導者による強権的な手法の優位性の主張、自由貿易のルールを無視した保護主義の横行、隣国との揉め事を「力による一方的な現状変更」で解決することの正当化が世界中で起こっていく。中国が台湾に攻め込んだり、ベネズエラがガイアナに侵攻したり、北朝鮮が韓国への軍事的挑発を強めたりすれば、世界は無秩序に陥る。自由民主主義陣営は、それを制御できなくなるだろう。

NATOは、この最悪事態を避けたいはずだ。ウクライナの領土を一部切り取ったからといってロシアの勝利ではないこと、戦争を通じてロシアの勢力圏が後退し、国際政治経済における衰退が起こったという現実を、国際社会全体に強く認識させるために、どういう形で停戦するべきかが、NATOが抱えた本当の課題なのだということだ。

米英得意の工作活動でプーチン政権を内部崩壊へ

NATOにとってどのような停戦の形が望ましいのかを、考察してみたい。まず、プーチン政権を内部崩壊させるような工作活動だ。独裁政権を転覆させて、民主化することは、米国、英国の諜報機関の得意分野である。

ウクライナ戦争開戦後も、ロシアを民主化するべく、ロシア人の民主主義者から「ポスト・プーチン」を担ぎ出そうと裏工作を続けてきたはずだ。だが、プーチン大統領は長期政権の間に、反体制派や民主化勢力を徹底的に弾圧してきた。民主化勢力を作り出すのは困難な状況ではないだろうか。

プーチンをウクライナ戦争に引き込んだ中国

一方、中国も水面下で「親中派のポスト・プーチン」の擁立を画策していたと考えるべきだ。思い返せば、開戦のきっかけとなった「ウクライナ東部独立承認」をロシア議会に提案したのは、ロシアにおける野党「ロシア共産党」だった。この党は、中国共産党の強い影響下にあると指摘されている。やや疑り深い見方をすれば、中国共産党がプーチン大統領を「進むも地獄、引くも地獄」の戦争に引き込んだと考えることもできるのだ。

しかし、前述の通り、プーチン大統領は、大統領選で圧勝した。筆者の推測だが、「ポスト・プーチン」を巡る米英VS中国の水面下の駆け引きが、民主化勢力、共産主義勢力双方の「ポスト・プーチン」の台頭を阻み、結果的にプーチンの延命を利することになっているのではないか。

NATO軍の投入で一挙にロシア軍を追い出すという選択肢

プーチン政権の内部崩壊という形が難しければ、武力による停戦も選択肢とならざるを得ない。最もわかりやすい形が、ロシアが「力による一方的な現状変更」で侵略したウクライナ領を完全に取り返すことで停戦を実現することだ。

2年間膠着した戦況を打開して領土奪還するのは不可能ではないかと言われそうだが、方法はある。NATO軍の全面的なウクライナへの投入で、一挙にロシア軍を追い出すことである。実際、エマニュエル・マクロン仏大統領はパリで開催されたウクライナ支援の国際会合で、NATO諸国の地上部隊をウクライナに派遣する可能性を排除しない考えを表明している。

英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」が毎年発行する『ミリタリーバランス(2023年版)』を参考に、2022年時点のNATO加盟国の軍隊を単純に合計した戦力とロシア軍を比較する。総兵力は326万人対119万人、戦車は1万1,100台対2,050台、戦闘機/攻撃機は5,600機対1,100機など、NATO軍が数倍上回っている。

NATOの戦力は米軍頼みである上に、米軍は「欧州、インド太平洋、中東」の3正面を主戦場と想定していて、すべての戦力を欧州に投入できるわけではない。それでも、NATO軍がロシア軍を戦力的には圧倒している。それを大規模に投入すれば、長引く戦争で消耗したロシア軍を一挙に追い出すことが可能かもしれない。

しかし、マクロン大統領の発言に関して、米国、英国、ドイツ、イタリア、スペイン、ポーランド、チェコが、ウクライナ派兵をしないという姿勢を示した。フランス政府高官までもが、大統領の派遣構想地雷除去や国境警備、ウクライナ軍の訓練といった非戦闘部隊だと補足説明した。

プーチン大統領は、「NATOがウクライナに軍隊を派遣すれば、核戦争のリスクがある」と警告した。NATOとロシアが全面対決する核戦争に発展するリスクを避けるために、NATO加盟国は、マクロン大統領の発言を打ち消そうとしている。現時点では、NATOの全面的な参戦というオプションは、現実的ではない。

それでは、NATO軍の全面的な参戦は難しくとも、NATOからウクライナへより大量の武器供与と、小規模だが精鋭部隊の参戦により、ロシア軍に大打撃を与える。ウクライナ領土の完全な回復はなくとも、ロシアにNATOと全面的に戦うことへの恐怖を植え付けて、停戦に持ち込むという戦略があるかもしれない。

これは、第二次世界大戦末期に、敗色濃厚な日本が、米国に大打撃を与える作戦を決行し、国体の護持など有利な条件を認めさせたうえで講和を結ぼうとした「一撃講和論」のようなものかもしれない。しかし、これまで武器供与など支援を続けてきたが、膠着状態が続いてきたわけだ。その状況を変えて停戦に持ち込むほどの一撃を与える支援をせねばならない。

あまりに軽く扱われるウクライナという国家と市民の命

要するに、NATOにとって有利な状況を作って停戦するのは困難な状況だということだ。結局、話は振出しに戻るのだが、プーチン政権の存続を前提に、今後の戦略を考えざるを得ない。そうすると、ロシアの「敗北」という明確な結果のために、NATO参戦の検討に行きついてしまうまさに堂々巡りである。

停戦を巡る状況は、ウクライナが領土奪還できるかというシンプルなものではなく、まさに現実は泥沼で、「進むも地獄、引くも地獄」なのかもしれない。

1つだけ言えることは、ウクライナ戦争とは、NATO対ロシアの大国間の思惑で動いている。ウクライナはその戦場であり、街は破壊され、市民は生活を奪われ、次々と亡くなっていく。真に憤らなければならないのは、ウクライナという国家とその市民の生命が、なんと軽く扱われてしまっていることかということである。

image by: Pavlovska Yevheniia / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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