アメリカからの軍事支援物資が次々とウクライナに到着したとの情報も入る一方で、戦況はロシアの優勢が伝えられるウクライナ戦争。ゼレンスキー大統領はシンガポールで開催されたアジア安全保障会議で支援を訴えましたが、反応は芳しくなかったというのが現実です。この状況を識者はどう見るのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、アジアや中東諸国がウクライナのバックアップに動かない背景を解説。さらに今後の戦争の行方と、各国が描く「戦争後の世界」のビジョンの考察を試みています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:End Game for Whom?-イスラエル・ウクライナ・ロシア…国際秩序
揃わない足並み。各国の利害が絡み見通せぬ「戦争が終わった後の世界」
アジア安全保障会議にゼレンスキー大統領が赴き、アジア諸国に支援を訴えかけましたが、まさに暖簾に腕押しといったイメージを持ったのと同様、以前、アラブ諸国の会合に参加した際にも具体的な支援やバックアップを全く得ることが出来なかったのは、中東諸国のEnd Gameのビジョンにも、アジア諸国が描くEnd Gameのビジョンにもウクライナの居場所がなかったことが主因だと考えます。
穀物の一大生産・提供国というウクライナのかつての立場は、今回の戦争による破壊でなくなり、アジア諸国にとってもアラブ諸国にとっても必要不可欠な存在ではなくなっています。いずれロシアとの戦いにピリオドが打たれた暁には、復興のマーケットが開くため、何とか権益の確保はしておきたいという思惑はあるでしょうが、戦況がロシア有利に傾く中、「ウクライナに対しては取り急ぎ何もせず、ロシアとの関係をキープしておくほうがベターだろう。そもそもウクライナ支援とロシア排除は欧米諸国とその仲間たちが勝手に行ったことであり、我々には直接的に関係がないし、ましてや欧米諸国から命令される謂れもない。ウクライナはかわいそうだが、関わるとろくなことにならないのではないか」との考えが勝っているように見えます。
それをロシアも(中国も)よく知っており、アラブ諸国ともアジア諸国ともそれなりにうまく付き合う戦略を強化しています。
ロシアのEnd Gameは先週号のグランドデザインでも描いたかと思いますが、独自の勢力圏を再確立し、拡大したうえで、欧米諸国の影響力を自国のsphere of influenceから排除することで、ロシアの国家安全保障を確立することと表現できるかと思います。
【関連】インド政府を激怒させ、中国から痛烈な皮肉を浴びた米国。長期的な「全体構想」なき国際情勢の行方
ウクライナ戦争をいつ終わらせるかの決定権は自身の手の中にあるというのが、どうもプーチン大統領の思考のようで、アメリカ製の武器がロシアを襲ってきてもものともせず、真綿で首を締めるようにじりじりとウクライナを追い詰め、可能な限り内からの崩壊を引き起こさせ、ロシアの傀儡を誕生させた上で戦争を終わらせるというシナリオを描いているように見えます。
その先は繰り返しになりますが、スタン系の国の取り込みとバルト三国への小規模な侵攻と内政の混乱の誘発、さらには周辺国への恐怖の植え付けを行った上で自国の影響圏を拡げるというEnd Gameが見えます。
その背後でNATOの団結・結束を切り崩し、「NATOは何一つできない」というイメージをクローズアップしたいという狙いも透けて見えますが、それを可能にするかどうかを占うのは、中国とトルコの協力度合いでしょう。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
中国が目指す二度と外国勢力に蹂躙されない存在の確立
中国は自国の利害に照らし合わせると、国際社会における孤立を回避するにはロシアをウクライナで負けさせることはできないため、アメリカや欧州から非難されてもロシアを支え続けることになります。
ただ、ロシアには従わず、経済的にはロシアを取り込み、「中国の助け無くして、ロシアに勝利はない」というイメージをプーチン大統領以下、ロシアのリーダーたちに植え付け、アジア・中央アジア・コーカサスにおける中国の影響力を間接的に拡大するゲームプランを抱いています。
中国にとっては領土の拡大はさほど意味がなく、中国製品の売り先の拡大と資源の調達元の確保・拡大という経済的な目的が最大ですが、ロシアの失敗やアメリカによる過度の介入は、その目的を頓挫させる恐れがあることを理解しているため、上手にロシアを利用し、適度に北朝鮮に圧力をかけ、イランとは友好関係を強化し、ライバル・インドへのプレッシャーをかけるためにパキスタンを、債務漬けにして取り込んでおくという手段に出ています。
押しも押されもせぬアジア太平洋地域のパワーハウスで、二度と外国勢力に蹂躙されない存在の確立こそが、中国のEnd gameと言えるように思います。
ではもう一つの鍵を担うトルコはどのような思考でしょうか。
トルコも旧帝国であり、ロシア同様、エルドアン大統領の下、その再興を狙っていると考えられます。
以前、イスタンブールでの国際会議に参加した際に、トルコ政府の面々から言われたのは「トルコはアジアであり、ヨーロッパであり、アラブであり、そして今、コーカサスでもある。アメリカ大陸とオセアニアを除く残りのすべての地域と繋がり、その中心に、物理的にも経済的にも、そして政治的にも位置することで、四方八方に影響力を発揮し、伸長することができる。その実現こそがトルコが狙う理想的な未来の姿であり、今、トルコはその実現の途上にある」というEnd Gameのビジョンです。
これまでいろいろな機会にトルコとは密接に仕事をしてきましたが、時折、先に触れたビジョンが示され、その特異な立ち位置の持つ意味を考えさせられます。
トルコが再び世界帝国になることはないだろうと思いつつ、新ソビエト連邦なのか新ロシア帝国なのかはしりませんが、帝国の再興を願うプーチンのロシアとも、アゼルバイジャンをはじめとするコーカサス地方のトルコ系を結び付けてunited forcesにまとめあげることで、決して無視できない存在になってきていますし、中国にとっても、アジアと中東、地中海沿岸諸国を繋ぐ要所にいるトルコと手を結んでおくことで権益の拡大が図りやすいということも理解できているため、トルコをうまく取り込もうとしているのが分かります(ゆえに今週、王毅外相がアンカラを訪問して外相会談に臨んでいます)。
そしてトルコはロシアにも顔が利き、同時にウクライナにも影響力を有することで、ロシアによる侵攻直後は仲介の労を担いましたし、黒海の安全な航行の確保を行う際には、国連を引きずり出し、自らも協議主体に交えることで、ロシアとウクライナ双方に影響力を発揮しつつ、国連の後ろ盾も得るという芸当を行っています。
分断を極める国際情勢では実現が困難な協調体制の回復
そして今、非常に辛辣にイスラエルのネタニエフ首相を非難することで、反イスラエル・反ネタニエフ首相の急先鋒の一人と認識されていますが、実際にはイスラエル政府とは親密な関係を有し、ネタニエフ首相の対抗馬であるガンツ氏とは親交を深めて、ポスト・ネタニエフ首相のイスラエルに対する影響力の確保にも勤しんでいるようです。
エルドアン大統領は、首相時代には“アラブの父”という異名も取っており、アラブ諸国からは一目置かれ、アラブの揉め事の仲介役としての立ち位置を確立していますが、それは大統領になってからも継続しているため、現在のイスラエルとハマスの戦いが終わり、ネタニエフ首相の政治生命が断たれた後は、広域中東アラブ地域の再建に、必ず絡んでくるものと思われます。
エルドアン大統領自身は次回の選挙には出ないと公言されているため、自身が大統領の座にいる間に基盤を確立するために、ネタニエフ首相が企む戦争の長期化を阻みたいと考えて行動しているように見えます。
では最後に国際社会が描く混乱の時代のEnd Gameはどのようなものなのでしょうか?
正直申し上げると、私には分かりません。
恐らく国際社会を形成するすべての国が納得するようなプランは存在せず、それぞれの国益と利害を持ち寄り、デリケートなバランスの上に成り立つ協調体制の回復というのが、希望的観測も含め、目指される姿かなと考えます。
しかし、すでに分断を極めている国際情勢においてはその実現は難しく、もしかしたらEnd gameではなく、帰結する姿は【力あるものが他を制する無秩序な国際秩序】というものになってしまうのかもしれません。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年6月7号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
image by: Aynur Mammadov / Shutterstock.com