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中島聡氏が解説。GoogleのAI部門が開発中「タンパク質の折りたたみ問題」を解くソフトウェアが医学の進歩に与える大きすぎる影響

GoogleのAI部門が開発を続けているソフトウェア「AlphaFold」。「タンパク質の折りたたみ問題」を解くためのAIプログラムとのことですが、そもそも「タンパク質の折りたたみ問題」とはいかなるもので、なぜこの問題を説くことが重要視されるのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアとして知られる中島聡さんが、そんな疑問に対する答えを具体例を上げつつわかりやすく解説。さらに「AlphaFold」が医学の進歩に大きな影響を与える理由を紹介しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:AIと医療(AlphaFold)

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

AIと医療(AlphaFold)

AlphaFoldは、GoogleのAI部門、DeepMindが開発している、ニューラルネットを活用した「タンパク質の折りたたみ問題(protein-folding problem)」を解くためのソフトウェアです。Critical Assessment of Structure Prediction(CASP)は、1994年から2年に一度行われている、研究者たちの間の「タンパク質の折りたたみ問題」の解決法を披露しあう場ですが、2020年にDeepMindが発表したAlphaFold 2が、それまでの記録を大幅に塗り替える圧倒的な正確さで、この問題を解決し、研究者たちの注目を集めただけでなく、医学の世界に大きな進歩をもたらすと期待されています。

今週は、この話を、そもそもなぜ「タンパク質の折りたたみ問題」を解くことが重要なのか、からスタートして解説します。

私たちの体は、約60%が水で出来ていますが、その次に多いのが、筋肉・皮膚・内臓などを構成しているタンパク質で、約20%です。

筋肉・皮膚・内臓と書くと、まるで建物で言うところの壁・内装・外装に相当する「構造物」のようなイメージを持つかも知れませんが、タンパク質はそれだけではなく、さまざまな「機能」を持っています。具体的には、

などです。

家に例えれば、電灯・太陽光パネル・各種配線・家電製品のような役割を果たしているのです。

その中で特に面白いのが、ホルモンです。先週の「痩せ薬の役割を果たす糖尿病治療薬」の時に出てきたGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は、食べ物を食べると小腸から血管を通して全身に送られるホルモンで、膵臓に働いてインスリンを分泌させ、同時に、脳に働いて食欲を減らします。

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ホームオートメーションが進んだ家だと、パソコンから離れたの部屋の電気を付けたり消したりできますが、それと同様のことが、私たちの体の中でも行われているのです。ホームオートメーションの場合は、特定のアドレスに向けたTCP/IPパケットが、WiFiを通じて送られますが、体の場合は、特定の臓器に向けたホルモンが血管を通じて送られるのです。

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TCP/IPパケットの場合は、送るべきデータに加えて、行き先を指定するIPアドレスが付いていて、それぞれのサーバーは、そのIPアドレスが自分に割り当てられたIPアドレスに一致するパケットのみを処理するように出来ています(全ての機器がルーターを介さずにつながっているLANの場合)。

ホルモンの場合は、そのIPアドレスに相当するのが、タンパク質であるホルモンの物理的形状なのです。

タンパク質は折り畳まれた一連のアミノ酸から構成されており、その形状は千差万別です。千差万別とは言え、その形状は、アミノ酸の配列から一意に決めるため(あらかじめ、折り目がついた折り紙を想像してください)、同じアミノ酸列を持つタンパク質の形状は、全て同じです。AlphaFoldが解決した、「タンパク質の折りたたみ問題」とは、この形状をアミノ酸配列から予想する問題です。

タンパク質は、自分の形状と凹凸が一致し、かつ、化学的性質(水素結合、イオン結合、疎水性相互作用など)が一致するタンパク質と結合しやすい性質を持ちます。これを利用して、特定のホルモンの存在を知りたい臓器(例えば、GLP-1が血液中にあることを知りたい膵臓)は、そのホルモンと結合しやすい形状をもつタンパク質を受け口(「受容体」と呼ばれます)として持ち、その結合が起こった場合にのみ特定の処理をする(膵臓が持つGLP-1の受容体の場合は、インスリンを生産する)のです。

科学者の間ではGLP-1の働きは良く知られていましたが、GLP-1そのものを投与してもすぐに破壊されてしまうため、医薬品としては役に立ちませんでした。Novo Nordiskは、(脾臓の受容体が勘違いしてしまうぐらい)形状GLP-1と似ていながら、簡単には分解されない物質(Semaglutide)を作り出すことにより、医薬会社として大成功を収めたのです。

Semaglutideのように、実際のホルモンと同様の形状を持っていて受容体を作用させる力を持つ薬のことを「受容体作動薬(受容体アゴニスト)」と呼びますが、今では、多くの医薬品が受容体作動薬なのです(逆に、受容体の作動を妨げる働きをする医薬品、受容体拮抗薬もあります)。受容体の医薬品によるコントロールは、現代の医学や新薬の開発にとってとても重要な課題なのです。

Novo NordiskがSemaglutideを作った時代には、AlphaFoldが存在していなかったため、多大な試行錯誤が必要でした。しかし、AlphaFoldを使うことにより、今後、「受容体作動薬」および「受容体拮抗薬」の開発が大幅に加速する可能性が出てきたのです。

DeepMindがAlphaFoldについてNatureに2021年に発表した論文(「Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold」)は、2万以上の学術論文から引用されて、「最も引用された論文500」に入るぐらい、AlphaFoldが医学の進歩に与える影響は、多大なのです。

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ちなみに、ホルモンの場合、それにマッチする受容体が複数の臓器にあれば、一つのホルモンで複数の反応を起こすことも可能な点が、TPC/IPパケットとは大きく違います。GLP-1の場合だと、膵臓の受容体はインスリンを分泌し、脳の受容体は食欲の減退をもたらすのが良い例です。

そのため、この仕組みを使った受容体作動薬の場合、それが「副作用」を引き起こすので要注意です。

(GLP-1の受容体作動薬である)Semaglutideの本来の目的は、インスリンの分泌を促して血糖値を下げることにありますが、副作用として脳にも刺激を与えて食欲を下げることになってしまうのです。Semaglutideの場合、この「食欲を下げる」副作用が、「痩せ薬」としての応用に繋がったのです。

Googleは、AlphaFolde 2をさらに進化させて、タンパク質だけでなく、DNAやRNAにも適用できる AlphaFold 3を発表し、さらにそれをウェブサービス化させたAlphaFold Serverをリリースして、誰でも使えるようにしました。

AlphaFolder Serverは、研究者向けに提供されており、商用利用は不可とのことなので、今後、これを利用して新薬を開発する場合には、ソフトウェアの使用料を徴収する、というビジネスモデルを考えているのだと予想できます。単なるソフトウェアの使用料であれば、それほど大きなインパクトはありませんが、Googleは、2021年にIsomorphic Labsという新薬開発専門の子会社をロンドンに立ち上げており、将来は、そこが莫大な利益をGoogleにもたらす可能性があるので、頭の片隅にでも覚えておくと良いと思います。

参考資料

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