パリ五輪の女子ボクシングに、男性の遺伝的特徴である「XY染色体」を持つ女子選手が出場して物議を醸している。対戦相手の選手は性別に疑義があるとして、試合開始46秒で抗議の棄権。するとネットの一部から「これぞ男女平等パンチだ」という不思議な声が。一体どういう意味なのだろうか。
46秒で抗議の棄権。“性別問題”に揺れるパリ五輪
パリ五輪で1日に行われた女子ボクシング66kg級2回戦。アルジェリア代表のイマネ・ケリフ選手がイタリア代表のアンジェラ・カリニ選手に勝利した一戦が、世界中に大きな議論を巻き起こしている。
昨年のボクシング世界選手権では、性別適格検査で男性の可能性があるとされ出場権をはく奪されたケリフ選手。今回は正式に「女子」と認められ、晴れて五輪出場となったが、試合は開始46秒でカリニ選手が棄権。カリニ陣営が、ケリフ選手の性別に疑義があると抗議しての結果だ。
この異常事態に、2ちゃんねる創設者の西村博之氏が反応。「元男性が、女子オリンピックボクシングに参加。元男性の余裕勝ち。金玉取った男性は、金玉取った男性です。女性ではないです。 トランスジェンダーは、トランスジェンダーであって、女性ではない。女性の大会に元男性を参加させるのは、女性の機会を奪う」とX(旧Twitter)で持論を展開し、フォロワーから多くの賛同を集める一幕も。この試合を、男性による“女性虐待”と解釈した人は決して少なくなかったとみられる。
「ケリフ選手はトランス女性」はデマ。それでも「不公平」の声があがるワケ
ただ、西村博之氏に代表されるこのような主張には事実誤認が含まれており、注意が必要だという。ネットメディア編集デスクが説明する。
「実は試合前からネットでは“パリ五輪で男による女性虐待ボクシングが見られるぞ」といった情報が拡散されていました。が、これは誤情報です。前提として、ケリフ選手は『金玉を取った男性』ではありませんし、法的・身体的には男性だが性自認は女性、という『トランスジェンダー女性』にもあたりません。ケリフ選手は正真正銘、女性の身体に生まれ、女性として育てられてきた人物なんです。ただ、DNA検査で、通常は男性の特徴であるXY染色体を持っていることがわかった。つまり『性分化疾患の女性』ということが明らかになりました。今回の騒動は『トランス女性の女子トイレ使用問題』などとは異なるため、その点はくれぐれも注意が必要だと思います」(ネットメディア編集デスク)
試合に負けたカリニ選手は、ケリフ選手の性別に疑いを持っているようだ。だが、ケリフ選手が生まれながらの女性であるなら、敗因は単なる技量不足であり、クレームは筋違いということになる。にもかかわらず、なぜ世界中から疑問の声があがっているのか?
「ケリフ選手はトランス女性である、というデマを差し引いたとしても、依然として、XY染色体を持っていることによる身体的優位性はあると考えられているためです。一般的な女性よりもテストステロン値が高く、これには筋肉を太くする作用がある。また、一般の女性選手がケリフ選手と同じ状態を薬物で再現すればドーピングになる恐れがあります。そのため、これでは公平な競技にならない、という指摘が出るのもやむを得ない面があるわけです」(前同)
気になるキーワード「男女平等パンチ」とは何なのか?
ケリフ選手を「不公平」だと批判する人々は、その身体的特徴を、オンラインゲームなどでいうところの“チート”のように感じるのかもしれない。いっぽうでは、XY染色体を“天賦の才”と捉える人々もいる。そもそも現在の女子競技のルールは、このような選手の存在を想定しておらず、それが騒動の原因になっているとも感じられる。
さて、そんな喧々囂々の議論が繰り広げられている中だが、少し距離を置いたところで、もうひとつ気になるキーワードが拡散されているのをご存じだろうか?それが「男女平等パンチ」なる言葉だ。
「男女平等パンチ」は女性差別か当然の主張か?
「男女平等パンチ」について、先の編集デスクが説明する。
「46秒で棄権したカリニ選手は試合後に、『あれほど強いパンチを受けたことは今までにない』とケリフ選手を批判しました。すると『これが男女平等パンチだ、思い知ったか』といった皮肉めいたコメントが多数、SNSに投稿されはじめたんです。なかなかキャッチーな表現で、敗れたカリニ選手や、同選手に同情的な人々を揶揄するニュアンスが込められているのは明らか。これは具体的に一体どういう意味なのだろう、と詳しく調べたところ、どうやら『男性vs女性』や『保守vsリベラル』といった対立構造が背景にあるようでして……」(前同)
「男女平等パンチ」の意味合いを、話し言葉でわかりやすく説明するのは難しい。そこで、今回の性別騒動において、この表現を好んで使用している人々の考え方を編集デスクから聞き取り、それを箇条書きで整理してみたのが下記だ。あくまで一例であり、厳密な正確性に欠ける点はご了承いただきたい。
【「男女平等パンチ」概念の背景】
(1)リベラル陣営は男女平等を含むジェンダー平等を推進してきた。その際、多くの場面で、(保守派の?)男性や男社会は女性の敵とみなされ、差別者として糾弾された
(2)ジェンダー平等は古典的な男女二元論を超え、性的少数者への(過剰な?)配慮を必要不可欠とする“進歩的”な考え方に発展していった
(3)これがより先鋭化し、生物学的な性別とは別に、本人の性自認という要素が(必要以上に?)尊重されるようになった結果、たとえば「私は身体は男性だが心は女性であり、恋愛対象は女性である」といった、外部からは容易に正当性を検証できない主張をも社会は無条件に受け入れざるを得なくなった
(4)その結果、“女性”を自称する男性が突然、女性用トイレに入ってくる、といったトラブルも発生するようになった。このような風潮に疑問を呈する保守派は少なくなかったが、リベラル側は「アップデートできていない差別者」として、彼らを社会から排除しようとした
(5)以上のような経緯であるから、今回の五輪ボクシングで、女子選手が“自称女性の男性”から強烈なパンチを受けたとしても同情はできない。今、カリニ選手に同情しているリベラルは自縄自縛に陥っている。自分たちが推進してきた「男女平等パンチ」を甘んじて受け入れるべきである――
以上だ。ケリフ選手はトランス女性である、という初期のデマに依拠するなど、いろいろツッコミどころはあるが、おおむね上記のような主張が「男女平等パンチ」という言葉には込められているということのようだ。
記者は個人的には、部分的には納得できる箇所もあるものの、全体としては極論が過ぎるように感じた。あなたはどう思うだろうか。
思わぬ騒動に発展したパリ五輪ボクシングの“性別問題”。将来のスポーツ全般に大きな影響を与える可能性もあり、今後の動向が注目される。
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