「自民党一座」が総裁選に候補者を乱立させ、裏金や統一教会で地に落ちた党イメージを刷新しようと躍起になっている。だが、人気役者のひとり小泉進次郎氏のバックは森喜朗氏や菅義偉氏。総裁選のシナリオを自民長老らが描くかぎり「刷新」は詐欺でしかなく「古い政治」が温存されるのは必定だ。元全国紙社会部記者の新 恭氏は、自民党とメディアが仕掛ける、つくられた「百家争鳴」に騙されてはならないと警鐘を鳴らす。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:つくられた「百家争鳴」の自民党総裁選
国民を騙す気満々。自民“総裁選劇場”の狙いとは?
色褪せた大看板、岸田首相の退陣口上が台本通りに終わった「自民党一座」。これから秋にかけての一大興業は、トップの座をめぐって中高年の男女約10人の候補者が乱舞する「総裁選」レビューショーである。
宣伝文句はふるっている。派閥に関係なく自由に立候補し、 闊達な論議をかわそうというのだ。まことに立派な心がけであり、趣向ではある。
だがそれは、統一教会や裏金の問題で壊れかかった自民党が自然に再生能力を発揮し始めているのではない。メディアがそう言い立てるよう仕向けている“プロデューサー”とか“座付き作者”のごとき存在がいるのである。
自民党が政権党として生き延びることを目的に筋書きを組み立て、長老たちがそれを承認する空気をつくり上げているのだ。
キーマンの一人の名をあげるとすれば、この人だ。森山裕総務会長。7月21日、訪問先の中国湖南省で同行記者団に、総裁選(9月12日告示、27日投開票)についてこう語った。
「派閥を解消して初めて行うので、国民に開かれたものにしなければならない」「候補者もできるだけ多くの所で政策を述べ合うべきで、新しい時代の総裁選挙をめざすのは大事なことだ」
総裁選の意義づけを淡々と述べてゆく。「派閥を解消して初めて」という謳い文句を何食わぬ顔で言うところは、やはり曲者だ。派閥解消は名ばかりで、事務所は閉鎖しても実質的には存続しているではないか。あからさまに派閥の締めつけがしにくくなったというだけだ。その証拠に、政治記者は今も派閥の論理で政局記事を書いている。
派閥がなくなり、長老支配が影を潜めたかのように見せかけることが、今の自民党には必要なのである。
岸田首相に「不出馬表明」をさせた森山氏と麻生氏の力
森山氏は安倍政権時代の2017年から菅政権まで4年にわたって国会対策委員長を務めた。たたき上げ政治家らしい人情味と硬軟織り交ぜた交渉力で野党との難しい折衝を乗り切り、党の実力者にのしあがった。総務会長となった岸田政権においては、首相と幹事長の仲がぎくしゃくしがちだっただけに、その間を埋めるべく動いて、より存在感を放ってきた。
森山氏の頭の中を占めていたのは、政権党としての延命策だ。きたるべき衆院選挙で自公過半数を維持するには、その前の総裁選において、自民党が生まれ変わったという刷新感を打ち出すしかない。
それには、岸田首相が退陣して、総裁の顔をすげ替えるだけではこと足りない。肝心なのは総裁選の中身だ。若手や女性が手をあげて、国民の関心を引きつける必要がある。東京都知事選における“石丸旋風”は古くてつまらない政治を拒否する無党派層の動向を示していた。それが大きなヒントになったのは間違いない。
8月2日夜、森山氏は首相公邸で約1時間にわたり岸田首相と会談した。総裁選に出るべきかどうか迷っていた岸田首相はその日の昼間に麻生太郎副総裁とも会っていた。
総裁選に誰が出馬する意向を持っているのか、麻生氏や森山氏ら実力者たちが誰を支援するつもりなのかを探って、自分の進退を判断しようとしていたのだ。
森山氏は、岸田首相の業績を評価しながらも、岸田首相を総選挙の顔とすることについての党内の厳しい意見を伝えた。そして、たとえ総裁選で再選されたとしても衆院選に大敗し、結局はその責任をとらねばならない局面に立ち至る懸念を表明したのではないだろうか。
8月6日、森山氏は東京都内で麻生氏と会食した。以下は共同通信の記事だ。
自民党の麻生太郎副総裁は6日夜、森山裕総務会長と東京都内の日本料理店で会食し、9月の党総裁選を巡る情勢について意見を交わした。麻生氏は岸田政権の実績を評価し、森山氏も同調した。
これだけの内容だが、二人が岸田首相の実績を「評価した」という意味は大きい。岸田退陣の方向で一致したということに等しいからだ。辞めてもらう働きかけをする限りは、穏便に進めなければならない。そのための「評価」だ。けなして、こじれては困るのだ。
茂木敏充氏を「見捨てた」麻生太郎氏の腹の内
麻生氏からも、森山氏からも総裁選への支持を得られず、出ても勝ち目がないと悟った岸田首相は8月14日、不出馬を表明した。そしてその翌日には、閣議で大臣たちにこう呼びかけた。「総裁選に名乗りを上げることを考えている方もいると思う。気兼ねなく、堂々と論戦を行ってほしい」。こうなった以上、自らの退陣表明が党を救った形に持っていくほうが得策という考えに傾いていったのだろう。
これに誘い出されるように、河野太郎デジタル相、高市早苗経済安全保障相、齋藤健経済産業相、上川陽子外相、林芳正官房長官といった現職閣僚たちがいっせいに総裁選へ向けて動き始めた。
森山氏とともに岸田首相退陣への道筋をつけた麻生氏は大仕事を抱え込んだ。総裁選出馬に意欲を燃やしてきた茂木敏充幹事長にどのような態度をとるか決断しなければならなかった。なにしろ、岸田政権を支えてきた三派連合の一角、茂木派を率いる領袖であり、ずっと麻生氏がポスト岸田の一番手として期待していた盟友である。
麻生氏がつきつけた結論は、茂木氏にとって厳しい内容だった。下記は8月16日のFNNプライムオンラインの一部である。
岸田首相が不出馬を表明した14日夜、総裁選への立候補に意欲を示す茂木氏と会談しましたが、その際、「麻生派として支持するのは難しい」と伝えていたことがわかりました。麻生氏は、麻生派に所属する河野デジタル相が出馬した場合、「河野氏を支持するのが筋」だとの考えで、派内の意見も聞いた上で今後調整を進める方針です。
茂木氏は裏切られた気分だっただろう。これまで麻生氏を信じて、ともに岸田政権を支えてきたのだ。党内における茂木氏の人気はぱっとせず、麻生氏だけが頼りだ。おまけに、一枚岩とはいえない茂木派からは、加藤勝信氏も総裁選に意欲を示している。キングメーカーである麻生氏が、麻生派、岸田派、茂木派をまとめて自分を支援してくれるのではという胸算用は無残に砕け散った。
麻生派の支援を受ける構図になったとはいえ、河野太郎氏を取り巻く状況も微妙だ。河野氏が素直に頭を下げて頼みに来たため、麻生氏がその気になったものの、麻生派内で河野氏への支持は広がっていないといわれる。
「小泉進次郎氏を支援する」菅義偉前首相の決断
もう一人のキングメーカーとして麻生氏と対立する菅義偉前首相は、麻生氏の動きで踏ん切りをつけやすくなった。河野氏と袂を分かち、小泉進次郎氏の出馬を後押しして支援する。その方向に邁進するにちがいない。
石破茂氏も菅氏を頼りにしていたが、菅氏の決断は揺るがないだろう。石破氏が推薦人集めにさえ苦労しているといわれる所以だ。
小泉氏と並んで若手のホープとされる小林鷹之氏は折り紙付きのエリートで、20人の推薦人も安倍派の保守系議員を中心にすでにメドがついているらしい。本人は二階派だが、支援議員は派閥横断的というところが、「総裁選ショー」の企画にぴったりマッチする。
そんな気負いもあってか、8月19日に先陣を切って出馬表明の会見を開いたのだが、なにしろ知名度が低すぎる。選挙の顔としてどこまで評価されるかが問題だ。
前回の総裁選で、高市早苗氏の推薦人として名を連ねていた保守派の一人だけに、高市氏との間で票が割れることにもなりかねない。
こうして名前の挙がった10人ほどのうち、20人の推薦人を確保できた人たちが総裁選に出ることになる。多い方がショーアップには都合がいい。中身はなくとも、侃侃諤諤の議論をしているように見せることができれば、自民党としては万々歳だろう。
各テレビ局は競ってテレビ討論会や演説会などの様子を流すだろうし、そのうちに国民の多くは思考停止に陥り、頭の中が自民党への不信から新総裁への期待にすっぽり入れ替わるかもしれない。
一方、ほぼ同時期に行われる立憲民主党の代表選(9月7日告示、23日投開票)がすこぶる地味な状況になるのは容易に想像できる。泉健太氏、枝野幸男氏、野田佳彦氏、江田憲司氏らの名前があがっているが、どの顔にも新鮮味はない。何かやってくれそうだという期待感がわかない。
しかも、テレビ局は自民党ほど熱心に報じることはないだろう。勢い、人々の関心は自民党に集中する。
国民はいつまで自民党の詐欺に騙され続けるのか?
しかし、だからといって自民党にこのまま政権を任せ続けて、この国の政治がよくなるだろうか。冷静に考えれば、自民党総裁選が、結局は麻生副総裁や森山総務会長らのシナリオ通りに動いているのがわかるはずだ。古い政治からは一歩も抜け出していない。
小泉進次郎氏を担ぎ出す動きは森喜朗元首相らが仕掛けたものだし、現職の大臣たちが一斉に名乗りをあげたのも、岸田首相が閣議の席上で“解禁”したからだ。いわば、つくられた「百家争鳴」だ。
そうして派手な総裁選を繰り広げ、そのムードに乗って総選挙を制することができれば、自民党は裏金問題などなかったかのように父祖伝来の派閥政治をちゃっかり復活させるだろう。
そんなことはないと言うのなら、その保証に、これまで自民党を牛耳ってきた長老とか実力者とかいわれる人たちは、こぞって政治の場から去ればいい。
彼らがいる限り、その安住の地を確保するため、古臭い政治力で根本的な党改革を阻止するにちがいないのだ。ごまかされてはならない。「総裁選ショー」に目くらましを食らって大損するのは、今を生きる一人一人の国民である。
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