長く「党内野党」と呼ばれるも、5度目の総裁選挑戦で自民党トップに上り詰めた石破茂氏。しかしながら早くも党内基盤の脆弱さ故の「ブレ」が指摘されるなど、順風満帆の船出とは言い難い状況であることも事実です。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野さんが、現時点における石破政権の「評価できる点」と「気になること」を列挙。さらに新政権に対する自身の期待を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:新しい内閣総理大臣が決まる
プロフィール:辻野晃一郎(つじの・こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。
新しい内閣総理大臣が石破茂氏に決まる。私が思う良かったこと、気になること
新しい自民党総裁に石破茂氏が選出され、10月1日に召集された臨時国会で第102代内閣総理大臣に指名されました。前号で、自民党総裁選で決選投票に進む可能性があった石破氏、高市早苗氏、小泉進次郎氏について簡単な論評を行いましたが、そこで石破氏については次のように書きました。
石破茂氏
この3人の中で選ぶなら、消去法になりますが、高市氏も小泉氏もあり得ないので、この人しかいないと思います。実際、今回の候補者の中では、あるいは現自民党議員の中でも、最も見識の高い政治家の一人であることは間違いないと思いますし、田中角栄氏や宮澤喜一氏など、戦後の大物政治家たちの薫陶も直接受けています(良い意味で)。
軍オタと言われますが、オタク的な性格なので、安全保障や地域振興などについては、深い議論ができるだけの知見や経験も持ち合わせています。今回、総裁選候補者としての発言の中で注目すべきは、タブーともされてきた日米地位協定の見直しに言及しており、日米関係を、従来の従属的なものから対等なものへと見直す意欲を持ち合わせている点は評価できると思います。
また現在、豪雨により能登地方が再び被災して大変な状況ですが、地方の現場をよく理解した立場から、防災省(防災庁)の新設について提案しており、これにも賛同できます。
前述した、旧統一教会との関係の再調査について聞かれた場面では、一瞬手を挙げかけたように見えましたから、党内改革の必要性についてもまともな認識は持ち合わせていると思います。
ただ、その挙げかけた手を引っ込めた挙動からもわかる通り、党内基盤が弱過ぎて、党内改革を声高に主張できない弱みがあります。何が何でもこの人についていくという議員が少ないため、決選投票で勝ち残るのは難しいでしょう。菅氏も麻生氏も頼れない以上、1回目の投票で他を引き離す圧倒的な党員票を集めない限りは、決選投票で議員票を積み増すのは厳しいと思います。ただ、最後の最後の情勢によっては、菅氏が乗ってくる可能性もないとはいえず、そうなれば一縷の望みはあるかもしれません。
なお、消去法ではこの人しかいないものの、改憲論者として9条2項の削除を言明している点や、アジア版NATOの構築を検討すると言っていることには、私は賛同できません。そもそも、ウクライナ戦争に関する発言を聞いていても、この戦争の裏の事情を正しく理解しているのかについては疑問です。
米大統領選も控えていますが、万が一にもこの人が総理総裁になることがあれば、党内改革を断行することは当然として、世界のパワーバランスの大きな変化を見極めた上で、対米追従一辺倒から脱却して、戦後平和憲法を堅持してきた日本の強みを尊重した国家運営に立ち戻って欲しいものです。
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石破氏が人事で発した安倍政治への明確な決別宣言
自民党総裁選では、それこそ最後の最後で高市氏が大きく伸ばして、一回目の投票では、党員票、国会議員票共に石破氏を上回りましたが、決選投票では石破氏が僅差で逆転勝ちしました。決選投票前の両者の最終演説では、石破氏の方が聴衆の心を掴んだと思います。高市氏の演説は稚拙な印象で心に響くものが無く時間もオーバーして巻きを入れられていました。
決選投票では、小泉氏を支援していた菅氏のグループや、高市氏を嫌う岸田氏のグループなどから多くの議員票が石破氏に流れたようです。土壇場で高市氏に対する警戒感が一気に高まり、もともと石破氏に投票するつもりではなかった議員などの票も石破氏に回ったものと思われます。
前回も言いましたが、私は、9人の候補者の中から最終的に石破氏が選ばれたのは、消去法にはなるものの良かったと思います。石破総裁誕生によって円高・株安に振れたことが一つの象徴でしたが、アベノミクスを始め、岸田政権まで続いた安倍政治の終焉がようやく見えたからです。
安倍政治にも功罪ありますが、私は、日本の民主主義や法治主義を崩壊させた元凶は安倍政治(安倍・菅・岸田の3政権)にあったと解釈している立場です。旧宏池会出身の岸田氏が首相になった瞬間には多少の揺り戻しを期待したものの、実際には安倍政治の延長線上でのさらなる暴走が続いて国の形が変わり、政治腐敗も進みました。もしも高市氏が総理総裁に選ばれていたら、また嘘と開き直りの安倍政治に逆戻りするところでしたが、何とかぎりぎりで回避できました。
ただ、懸念していた通り、党内基盤の弱さに起因するブレが早々から出てしまい、石破氏は、事前にあれだけ国民に十分な判断材料を与えるまで拙速な衆院解散はしないと明言していたにもかかわらず、結局9日解散、15日公示、27日投開票ということになりました。しかも、この発表を内閣総理大臣に指名される前に行ったことが問題視されました。総裁選ではさかんに「ルールを守る政治」を声高に主張していましたが、早速の言行不一致と批判されています。
石破氏は、党内の反主流派の時代には比較的言いたいことを言い正論を吐いてきたものの、主流派になった途端、支持基盤の弱さゆえに裏の長老をはじめ、配慮すべきステークホルダーや抵抗勢力が多過ぎて身動きが取れなくなっているのでしょう。
解散については、もともとの自民党のシナリオが早期解散であり、総裁選では、いわばそれに異を唱えていたわけですが、いざ総裁になってみると、もはやそのシナリオを受け入れざるを得ない状況に外堀が埋められていたのだと思います。結果的に、石破氏の言行不一致となった早期解散が、吉と出るのか凶と出るのかはわかりませんが、何事につけ、できる限り本来の石破流をブレずに貫く方が国民の支持は集まると思います。石破氏もそこは良くわかっていて、「(石破カラーを出すと)国民は喜ぶが党内は怒る」と苦しい胸の内を吐露しているようです。
石破流をブレずに貫くという意味では、今回村上誠一郎氏を総務大臣という要職に抜擢したのは素晴らしいと思いました。周知の通り、村上氏は安倍氏を「国賊」と呼んで党から懲戒処分を受けた人物ですが、安倍氏全盛の時代から、石破氏以上に、安倍政治に異を唱え続けてきた人です。そのためずっと党内では隅に追いやられていましたが、この人事は岸田政権まで続いた安倍政治への明確な決別宣言であり、高市氏や旧安倍派などからは反発が大きく党を分断しかねない人事ですが、石破氏の覚悟を感じる人事でもあり、今後の総務大臣としての村上氏の手腕には注目したいと思います。
その他、現時点で、私が今回良かったと思うことと気になることをいくつか列記しておきます。
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自民党内の世代交代が一気に進むことを期待
良かったことその1
まず、前号でも書いた通り、石破氏が日米地位協定の見直しに言及したことは高く評価できると思います。この不平等条約が戦後80年近くもの間手つかずできたことは異常なことであり、戦後処理が未だ中途半端なまま収束していないことの証左でもあります。日米関係を現在の従属的なものから対等なものにしていく上では避けて通れない一歩であり、まさに石破氏がそこに命を懸けて向き合うということであれば、日本国民としてはしっかり応援していくべきでしょう。
良かったことその2
これまで、菅氏や岸田氏など、自分の言葉で政策を語ったり、アドリブで記者や野党議員からの質問に答えたりすることができない首相が続きましたが、少なくとも石破氏は自分の言葉で目指すべき国家像や政策が語れる人ですから、その考えに賛成にしろ反対にしろ、国民や野党からしてもちゃんと議論ができる相手だと思います。こんなことは当たり前のことなのですが、長くそのような人が首相にならなかったので、これも良かったことです。
良かったことその3
総裁選で支援に回った候補がことごとく敗れた麻生氏の失脚も良かったと思います。麻生氏については、総理時代の失政で自民党が下野するきっかけとなった人ですが、なぜかこれまで「キングメーカー」などと呼ばれて影響力を保持してきました。今回、最高顧問という名誉職を与えられ実質的に影響力を失ったことは、いびつな長老支配終焉の第一歩を示すものとして良かったと思います。
旧安倍派が壊滅したことで森喜朗氏の影響力も薄れることになるでしょうし、副総裁に処遇された菅義偉氏も映像を見る限り衰えが隠せず、二階俊博氏も次の選挙では引退することになっているので、自民党内の世代交代が一気に進むことを期待したいと思います。新たなキングメーカーとして岸田氏が意欲満々のようですが、大人しく引っ込んでいてもらいたいものです。
良かったことその4
河野太郎氏の失脚も良かったと思います。行政のデジタル化はまさに待ったなしの重要課題ですが、この人がデジタル担当大臣になったことによって、マイナ保険証など、最初からボタンの掛け違いや強引な進め方で国民の不信を広げ、逆にデジタル化を遅延させる障害となっていた印象です。
X(旧ツイッター)で気に入らない発言を見つけると片っ端からブロックしたり、記者会見や国会質疑などでも、気に入らない質問には一切答えないなど、そもそも政治家としての資質に大きな問題がある人です。「デジタル」は「オープン」と表裏一体ですが、彼のような性癖はデジタル担当としても不向きでした。
総理候補になること自体があり得ないことだと思っていましたが、今回の総裁選では党員票も国会議員票もほとんど集めることが出来ずに下から2番目の惨敗に終わりました。このまま政界から消えてもらうのが良いと思います。ちなみに、この人が如何にデタラメな人であるかについては、以下のBBCの番組を観るだけでもよくわかりますのでご参考まで。
● HARDtalk Taro Kono ? Minister for Digital Transformation, Japan
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裏金議員と統一教会議員をどこまで排除できるか
気になることその1
繰り返しますが、石破氏が改憲論者として9条2項の削除を言明している点や、アジア版NATOの構築を検討すると言っていることには賛同できません。ウクライナ戦争に関する発言を聞いていても、この戦争の裏の事情を正しく理解しているのかについては疑問です。
石破氏が、安倍氏が好んだ「台湾有事は日本有事」というフレーズや、岸田氏が好んだ「今日のウクライナは明日の東アジア」というフレーズを多用するのも気になります。「台湾有事は中国の内政問題。台湾有事を日本有事にしない」「明日の東アジアを今日のウクライナにはしない」ということこそを日本の政治家は明言すべきです。
党内人事や閣僚人事、官邸人事に、防衛大臣経験者を始めとした防衛省関係者を多数重用していますが、日米地位協定の見直しが、核保有を含めた再軍備を通じて戦争ができる国への転換を目指すということなのであれば要注意です。
気になることその2
三原じゅん子氏の起用など、疑問に思う人事がいくつもありますが、一つだけ挙げておきます。法務大臣に牧原秀樹氏が就任しましたが、Xを覗いてみるとすぐにわかる通り、この人はかねてからヘイト的な発言が多く、また、テレビ番組などで発言している内容を聞いていても超軽量級な人で、とても法務大臣の重責が務まるとは思えません。
また自分がさんざんヘイト発言をする一方で、パリオリンピックの時には、選手を誹謗中傷する人は全員逮捕してひとり残らず処罰すべき、などという乱暴な発言もしていました。この先、解散後も再選されて法相に留任するようなことになれば、国会審議などで間違いなく法務大臣としての資質が追及される事態となり、石破政権のアキレス腱になると予想します。
気になることその3
来たるべき総選挙において、所謂裏金議員と統一教会議員がどこまで排除できるかということは、今後の日本政治出直しのために非常に重要であると思っています。
統一教会問題については、いつまで言ってるんだ、などと言う人もいますが、日本の政権与党が外国の反社会的勢力の影響下にあり、しかもその実態解明や関係清算が未だにきちんとなされていないという大問題です。裏金や統一教会に関わった議員は出来る限り落選させることが日本政治の健全化のためにはどうしても必要です。
時間がなくて無理ですが、本来であれば、石破新総理が、裏金議員や統一教会議員を公認せず、別の対抗馬を立てるくらいのことをやって汚れた議員たちを党内から一掃すべきです。せめて萩生田光一氏など、旧安倍派の5人衆などと呼ばれた人たちは全員落選して比例復活も無しというような結果を期待したいですし、それが出来れば石破氏の支持基盤も強化されて今後の政権運営もやり易くなります。
立憲民主党の代表が野田佳彦氏になりましたが、いずれにしても、現在の野党の状況からして、次の選挙での政権交代はあり得ないと思います。そうである以上、のっけからの言行不一致で疑心暗鬼が広がる石破新政権ではありますが、これまで自民党内で反主流派だった石破氏が、安倍政治から脱却してどのような政権運営をするのか、そして次の衆院選挙をどう乗り切るのかについては、期待と共に引き続き注視していきたいと思います。
※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』2024年10月4日号の一部抜粋です。このつづきに興味をお持ちの方はぜひご登録ください。
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