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従業員の忠誠心や倫理観の低さが招いた犯罪。三菱UFJ銀行「貸金庫窃盗」が起きた当然の背景

金融機関の信頼性を根底から覆したと言っても過言ではない、三菱UFJ銀行の女性行員による貸金庫窃盗事件。被害総額は14億円と伝えられていますが、なぜこのような事態が起きてしまったのでしょうか。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東森さんが、さまざまな側面からその要因を考察。さらにこの事件受け大手銀行内で本格化しつつある、貸金庫サービスからの撤退の動きについても併せて紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日本の金融機関のガラパゴスな問題が生んだ三菱UFJ銀行貸金庫窃盗事件 顧客軽視の極み 連帯保証人制度があるのは日本だけ 日本の労働者の、会社への忠誠心のなさが不祥事を生む

背景に数々の日本“だけ”の理由三菱UFJ銀行「貸金庫窃盗事件」はなぜ起きたのか

日本の金融機関のガラパゴスな問題が生んだ三菱UFJ銀行貸金庫窃盗事件 顧客軽視の極み 連帯保証人制度があるのは日本だけ 日本の労働者の、会社への忠誠心のなさが不祥事を生む

1月14日、三菱UFJ銀行の元行員である今村由香理容疑者(46)が、貸金庫から金塊約20キロ(時価総額2億6,000万円相当)を盗んだ疑いで逮捕された。

今村容疑者は、2020年4月から約4年半にわたり、東京都内の練馬支店と玉川支店で現金や金塊の窃盗を繰り返していたとのこと。被害に遭った顧客は約70人で、被害総額は約14億円。なお三菱UFJ銀行は現時点で約7億円の補償を実施している(*1)。

容疑者は貸金庫の管理責任者という立場を悪用し、銀行保管の予備鍵を不正に使用して貸金庫を開錠した。また顧客の来店時に他の顧客の金庫から現金を一時的に補填し、発覚を遅らせ、貸金庫システムを切電して故障を装っていた(*2)。

他方、この事件は、日本の金融機関が真の意味で顧客本位のビジネスモデルを構築できていなかったことを示唆する。

日本の銀行は近年、どこも低い収益性に悩まされている。この背景には、多くの金融機関が同質の商業銀行業務を展開し、結果として金利競争に終始してきたことがある(*3)が、この過度な競争が、リスク管理や内部統制への投資を抑制し、結果として今回のような事件を引き起こす土壌を作った可能性が。

要約

この事件は、日本の金融機関のリスク管理や内部統制の問題、従業員の忠誠心や倫理観の低下を顕在化。また日本の金融機関特有の連帯保証人制度などの構造的問題は、顧客の利益を軽視したものだ。

記事のポイント

  • 三菱UFJ銀行の元行員が貸金庫から金塊や現金を盗み、被害総額約14億円の事件が発覚。
  • 日本の金融機関は収益性の低さや過度な競争が原因でリスク管理や内部統制が弱体化し、事件の背景となった可能性が指摘。
  • 貸金庫サービスの見直しが進む中、大手銀行は撤退を検討する一方、地方銀行は顧客獲得の好機として強化を模索している。

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連帯保証人制度があるのは日本だけ。我が国の金融機関の問題点

日本の金融機関が抱える課題は、今回の問題に限らず、営業至上主義や連帯保証人制度といった長年の慣行に起因するものが多い。

明治時代以降、日本の銀行業界では分業主義に基づく金融制度が構築され、金融機関が特定の業務に特化することで効率的なサービス提供を実現してきた(*4)。しかし、この分業体制は一方で、金融機関間の過度な競争を招き、営業至上主義を助長する結果となった。

特に、高度経済成長期以降、銀行は預金獲得競争に注力し、リスク管理よりも営業拡大を優先する傾向が顕著となった(*5)。このような状況が1990年代のバブル崩壊後に多くの金融機関を不良債権問題へと追い込み、日本の金融システム全体を危機に陥らせた要因の一つとなった。

また、日本独自の制度である連帯保証人制度も、金融システムの課題として挙げられる。この制度は、日本の金融機関や法制度の特徴を反映しているが、同時に多くの問題点を抱えている。

一方で、アメリカでは日本のような連帯保証人制度は一般的ではない(*6)。金融機関が融資を行う際、主に担保や個人の信用スコアを基にリスクを評価し、連帯保証人を必要としない。信用スコア制度は、個人の信用履歴を数値化して金融取引の透明性や公正性を高める役割を果たしており、日本とは対照的な仕組みといえる。

結果的に日本の連帯保証人制度は、連帯保証人に依存することで、金融機関の与信審査能力が不十分にし(*7)し、借り手のリスクを保証人に転嫁することで、金融機関の自己責任意識が希薄化する恐れがある(*8)。

「会社への忠誠心」のなさが生み出す不祥事

この事件に限らず、日本の従業員の会社への忠誠心の低さが、結果として遵法意識の欠如を招いている可能性が。

ギャラップ社の調査では「会社が好き」と答えた日本の従業員はわずか7%に過ぎず、「好きでも嫌いでもない」が69%、「会社が嫌い」が24%を占めている。このデータは、日本の従業員の会社への愛着が低い現状を示している。そして企業への愛着の薄さが、倫理観の欠如を招く。

日本の転職市場の流動性の低さも問題の一因とされる。流動性が低いために問題のある社風が固定化され、改善意識が乏しいままとなるケースが多い。これにより、従業員のモチベーションや倫理観が低下しやすい環境が作られる。

日本独自の組織文化も遵法精神の欠如に影響を与えている。日本の企業では、法や規則よりも「周囲との調和」が重視される傾向があり、「ルールに従う」よりも「場の空気に合わせる」ことが優先される場面が多い。さらに、法律や規則を厳密に解釈するよりも慣習に従うことが一般化しており、結果的に規範意識が曖昧になる場合がある。

加えて、日本では規則や手続きが複雑で細かいため、全てを正確に守ることが現実的でない場面が多い。このような状況下では、規則を無視したり、独自解釈で運用することが常態化し、結果的に遵法精神が弱まる要因となっている。

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大手銀行に浮上する「貸金庫サービス撤退論」に地銀は

今回の事件を契機に、大手銀行による貸金庫サービスからの撤退論が本格化している。

貸金庫サービスは長年、銀行が提供する付加価値サービスとして顧客の信頼を支えてきた。しかし、三菱UFJ銀行で発生した事件を受け、同行は貸金庫サービスの撤退を含めた見直しを検討中であり、他のメガバンクも同様の動きを見せている。

背景には、貸金庫サービスの収益性の低さとリスク管理の難しさがある。このサービスは高度なセキュリティ対策を必要とし、運営コストが高額になる一方、利用料が低く設定されているため収益性が乏しい。また、今回の事件で浮き彫りとなったように、内部不正のリスクも大きく、その管理には多大なコストと労力がかかる。

一方、地方銀行は異なる対応を示している。地方銀行にとって、貸金庫サービスは地域密着型営業の重要な一環として位置づけられており、顧客との信頼関係を構築する有力な手段となっている。大手銀行の撤退が進む中、地方銀行は新たな顧客を獲得する好機として、このサービスを強化する動きも見られる。

実際に、首都圏の信用金庫や信用組合では、貸金庫の需要が流入しているという報告もある。これにより、大手と地方銀行で貸金庫サービスに対する姿勢が二極化する可能性が高い。

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引用・参考文献

(*1)「三菱UFJ銀行の貸金庫盗、70人の14億円を銀行が現時点で半額補償…貸金庫内にカメラ設置へ」読売新聞オンライン 2025年1月16日

(*2)「三菱UFJ貸金庫の金塊盗難事件、支店長代理だった元行員を逮捕」Bloomberg 2025年1月14日

(*3)「金融リテール戦略2009における山口副総裁講演『金融危機後のわが国金融機関の経営課題』」日本銀行 2009年11月25日

(*4)麻島昭一「わが国金融制度における分業主義の変遷」専修大学社会科学研究所月報 1974年8月20日

(*5)「金融行政」財務省

(*6)「Co-signing a Loan: Risks and Benefits」NerdWallet 2023年11月3日

(*7)「Effectiveness of Credit Guarantees in the Japanese Loan Market」RIETI

(*8)「Rent Guarantor Companies Replace Joint Sureties and Become Mainstream in Japan」WealthPark 2022年3月3日

(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2025年1月26日号より一部抜粋・文中一部敬称略)

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伊東 森(いとう・しん): ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。 1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。 高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。

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