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トランプvs石破茂の「相互関税ゲーム」で手玉に取られる日本。首脳会談は友好ムードでも国内農業に大打撃の恐れ

先の日米首脳会談を、国内主要メディアは「石破首相はそこそこよくやった」とおおむね肯定的に報じた。まずは“面接試験”に合格したという解釈だ。一方で「トランプ大統領はしばしば、ディールの相手を持ち上げた後に手のひらを返してきた」と指摘するのは元全国紙社会部記者の新 恭氏。とりわけ米側が進めたい「相互関税」は、日本にとって大きなリスクをはらんでいるという。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:友好ムードに安堵し、まんまとトランプ流の術中にはまった石破首相

“表面的には”石破首相が成功を収めた日米首脳会談

石破茂首相がトランプ大統領との初の首脳会談に臨む前、日本のメディアでは、二人のケミストリー(相性)や石破首相の外交手腕についての不安が報じられていた。「石破総理は持論をぶつのではなく、商談だと思って臨まなければいけない」という政府関係者の指摘もあった。

さぞかし緊張の日々だっただろう。首脳会談とはいえ、石破首相にとってはトランプ大統領との関係を決定づける「面接試験」のようなものだった。だからこそ、麻生太郎氏や孫正義氏と会って「傾向と対策」についてのアドバイスを受けるなど事前準備を重ね、アピールポイントを整理して、その場にのぞんだのだ。

会談当日。石破首相は、日本が世界最大の対米投資国であることを強調し、日本企業による巨額の投資計画や石油、天然ガス輸入などを具体的に示すことで、トランプ氏に好印象を与えようとした。

表面的に見る限り、その目論見は成功した。互いに褒め合い、友好ムードのうちに会談は進み、トランプ大統領から圧力発言が飛び出すこともなかった。石破首相は9日のNHK番組で「大勢の方に努力いただき、良い結果となった」と胸を張った。政府内からは安堵の声がもれ、与党はもちろん野党からも評価する声があがったと読売新聞は書いた。

総じて日本のメディアは、石破首相がそこそこよくやったという論調だ。それだけ、過剰に心配していたということだろう。しかし考えてみれば、トランプ氏が石破氏に愛想よく振る舞うことに、何の不思議もない。

カナダ、メキシコ、中国に対して追加関税をつきつけたことで、すでに間接的には日本にも強烈なプレッシャーをかけているのだ。仲良くさえしておけば、日本の首相が気前よく経済的恩恵を米国に与えてくれるのは安倍晋三元首相との関係で経験済みである。初対面から石破氏に厳しい態度で接する理由など全くない。

トランプ大統領の「相互関税」、日本に大打撃も

一方、米国メディアは、トランプ大統領の本音の部分を報じている。たとえば、ワシントンポスト紙(現地時間2月7日)。

トランプ大統領は記者会見で、日本が米国からの輸入を増やす措置を取らなければ、まもなく米国から関税を課される可能性があると示唆した

関税強化は日本政府が最も恐れることだ。会談後の両首脳の記者会見のなかに、米記者がこの記事のように解釈し得る部分があるのかどうか。関税がらみの発言を抜き出してみた。

トランプの「相互関税」に仕掛けられた“農産物の罠”

トランプ氏冒頭発言「米国は日本に対して1000億ドル以上の貿易赤字がある。それについて早急に対処する。石油とガスについてできる。我々はどちらもそれを理解している」

──日本に関税を課す計画はあるのか。

トランプ氏「関税、特に相互関税は計画しており、月曜日か火曜日に会議し、発表し、記者会見も開くだろう」

──相互関税の計画に対し、石破氏はどういった反応を示したか。

トランプ氏「関税についてはあまり協議しなかった。アラスカ州のLNGパイプラインなど多くの課題について協議した」「日本がすぐにでも(LNGの輸入を)始めることはとてもうれしい」

───もし米国が日本に関税をかけるとすれば、日本は報復関税をかけることになるのか。

石破氏「仮定のご質問にはお答えをいたしかねる、というのが日本の大体定番の国会答弁だ」

トランプ氏「とても良い答えだ。素晴らしい。彼は要領をつかんでいる」

この話の流れから推察できるのは、アメリカの貿易赤字を解消するために、日本は石油、ガスの輸入を拡大することで合意。関税については米側が「相互関税」を計画しているということだ。

相互関税とは、相手国が高い関税を課している場合、同等の関税を課す仕組みだが、実はこれ、日本にとって大きなリスクをはらんでいる。

相互関税を厳密に適用するなら、たとえば輸入自動車の場合、日本が関税を0%にしている以上、米国も日本車に対する2.5%の関税を撤廃するのが筋である。

しかし、トランプ大統領の「相互関税」発言の意図は、「米国が不利になっている」と考える分野で関税を引き上げるということであり、必ずしも公平な意味での相互関税ではない

たとえば、「米国の自動車関税をゼロにする代わりに、日本の農産物関税を大幅に引き下げろ」とトランプ大統領が言い出すかもしれないのだ。米国が農産物に関税をかけていない一方で、日本は米(778%)、麦(252%)、牛肉(25.8%)など高関税で国内農業を保護しているのは周知の通りである。

日本が農産物の関税を下げることになれば、国内農業への影響が甚大であり、政治的な混乱は避けられない。

石破首相率いる日本が日米首脳会談で得たもの

関税強化圧力に怯えていた石破首相は、いくつかの巨額の“貢ぎ物”を用意し、ホワイトハウスに持ち込んでトランプ大統領のご機嫌をうかがった。もちろん、それらが日本にとって、大きな重荷になるのは承知のうえだ。

“貢ぎ物”の一つは、すでに輸入が行われているテキサス州やルイジアナ州のLNGとシェールオイルの輸入量を拡大することだ。日本としては、これによって中東依存を減らし、エネルギー供給の多様化を図りたいわけだが、米国からの調達はコスト的に中東より高くつくのが現状だ。

トランプ大統領はこのほか、アラスカ州の天然ガスパイプライン建設計画への日本の支援を求めたようだ。同州北部のガス田から全長約1,300キロメートルにわたるパイプラインを建設し、南部の液化施設まで天然ガスを輸送。そこで液化天然ガス(LNG)に加工し、主にアジア市場へ輸出するプラン。総投資額は約440億ドル(約6.8兆円)と見積もられている。

ただし、環境団体からの反対や、プロジェクトの経済性に関する懸念が指摘されており、日本政府としてこのプロジェクトを支援するかどうかは今のところ不明だ。もし、パイプラインの建設にまで関わることになれば、日本の負担増ははかりしれない。

1兆ドル(約150兆円)もの莫大な対米投資を約束したのも、日本企業や政府系ファンドにとって、大きな財政的負担につながる可能性をはらむ。国内の産業競争力やインフラ投資に悪影響を及ぼしかねないだろう。

ともあれ、トランプ大統領との間で、ひとまず友好的なムードをつくれたのは石破首相にとって一歩前進だ。日本製鉄と米鉄鋼大手USスチールの買収計画についてトランプ大統領から「買収ではなく投資だ」と、これまでよりは前向きな発言を引き出したことも評価できる。

USスチールは米国を代表する鉄鋼メーカーであり、特にラストベルト(衰退した工業地帯)の有権者にとって象徴的な企業だ。トランプ氏は買収に対する労働組合や保護主義的な支持者の反発を抑えるため、大統領選の期間中は「買収」を認めない方針を表明していたが、ここへきて態度を軟化させつつある。

日本製鉄としては経営権を握らなければ投資する意味がない。そもそもUSスチールの競争力を向上させるには、日本製鉄の管理の下で技術革新や経営改革を進める必要があるというのが両社の共通認識だ。トランプ大統領はそれを承知のうえ、米国内のナショナリズムに配慮し、「投資ならOK」として話を前に進め、落としどころを探っていきたいのではないだろうか。

後日の会見でトランプ氏は、日本製鉄がUSスチールの株式の過半数を持つことはできないと語ったが、もしそうなるにしても、取締役会の構成や経営方針の策定で日本製鉄が主導的な役割を果たすことにより、経営に対する実質的な影響力を確保することが可能だろう。

トランプの「手のひら返し」で本当の勝負が始まる

今回の首脳会談における合意は、なんとか石破首相が想定した範囲内におさまったのかもしれない。しかし、石破首相にとってトランプ大統領との本当の“勝負”はこれからだ。

トランプ大統領が交渉のための戦術として相手を持ち上げ、親密さを演出するのは多々あることで、石破首相がその恩恵にあずかったことは必ずしも長期的な友好関係を保証されたものではない。

トランプ氏は、今回の会談で日本側から大きな譲歩を引き出したのだから、その「成功」を米国内に大々的に宣伝するために友好ムードが欠かせなかった。

実際、トランプ大統領はしばしば、ディールの相手を持ち上げた後に手のひらを返してきた。「素晴らしい友人」と称えていた中国の習近平主席に対する姿勢はその一例だ。一度にすべての要求を提示せず、段階的にプレッシャーをかける。それがトランプ流だ。

GDP比2%への防衛費増額目標では満足できず「さらなる米国製兵器購入」と「米軍駐留費負担増」を日本に求めてくる可能性はきわめて高い。石破政権がいつまで続くかは不透明だが、トランプ大統領に御しやすいと思われたことは間違いない。

石破政権の存続をトランプ氏が願うなら、安倍・トランプ時代の蜜月関係のようなものが復活し、石破首相の延命に追い風となる可能性もあるだろう。「優しい人」「気配りのできる人」というトランプ観をこれから先も変える必要のない間柄が続くよう、石破首相は祈るしかあるまい。

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