財務省による2024年の貿易統計速報によれば、3年連続で過去最高を更新したという我が国の輸出額。しかしながらそのデータの読み込み方には少々の注意が必要なようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、日本経済と世界との関わりを客観的に見る際に必要な視点を紹介。その上で、この国にとって「まともな道」を歩む妨げとなったものの正体を明らかにしています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:輸出が「過去最高を更新」というニュースは本当か?/日本のハイテクの強みを伸ばす戦略思想の欠如が問題
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
問題は「ハイテクの強みを伸ばす戦略思想」の欠如。「輸出が過去最高を更新」というニュースの読み方
財務省が1月23日に発表した2024年の貿易統計速報によると、同年の日本の輸出額は107兆0913億円で、これをマスコミは「輸出が3年連続で過去最高を更新」と大きく報道した。
一般の人々の多くは、新聞やネット・ニュースの見出しだけチラッと見たり、テレビが見出しプラスα程度を伝えるのを耳にしたりして、「おお、輸出は結構、伸びているんだ」と思うのだろうが、言うまでもなくこれは“超円安”による一種の幻視で、日本経済の世界との関わりを客観的に見るには必ずドル建ての貿易統計も参照しなければならない。
「円建てで見れば過去最高」などと浮かれる愚
表1は、24年のドル建てによる対世界の輸出入額、そのうち対米国、対アジア、対中華圏の数値、さらに21~23年の対世界の数値も示している。
これを見ると、2021年の7,586億ドルから24年の7,090億ドルへと、日本の輸出は階段を下るように減り続けていて、これは何らかの構造的な要因で日本の輸出が縮小過程に入っているのではないかと疑わせる数値である。「円建てで見れば過去最高」などと浮かれている場合ではない。
● 表1
このように、円建てとドル建てとで見える景色が変わることに慣れておくために、同じ統計を2010年から2024年まで並べて比較したのが表2である。
円建てでは、アベノミクスが発動された2013年から2024年までに輸出は1.54倍に増えたように見えるが、ドル建てでは13年と24年はほぼ同額である。アベノミクスが乱用して人々を惑わせた、円安を利用した幻視効果の一例である。
● 表2
表1では、24年の対米国輸出が1,410億ドルで、輸出全体の19.9%を占めるのに対し、対アジア全体は3,765億ドル(53.1%)、そのうち中国・香港・台湾の対中華圏は2,063億ドル(29.1%)であることが分かる。日本は米国の顔色ばかり窺うのでなく、アジアと共に生きるべきであることは、これだけ見ても明らかだろう。
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「全盛期の遺物」ということになるトヨタ
もう1点、輸出入の動向を見る時に重視すべきは、トータルとしての金額・数量の増減だけでなく、どういう品目が主力になっているかという“質”の側面である。
本誌が〔付録の参考資料でも明らかなように〕昔から着目しているのは日本関税協会の「外国貿易概況」で用いられる「商品特殊分類別」の数値である。表3は、2022~24年のその数値と、参考までに2010年のその数値を示した。
● 表3
外国貿易概況は輸出入額を「主要商品別」と「商品特殊分類別」とで発表している。例えば主要商品別の「電気機器」は24年に11.4兆円輸出し、そのうち半導体等電子部品が3.3兆、映像機器が8,450億円であったことが示されているが、商品特殊分類別では、資本財の中の電気機器で10.7兆円、耐久消費財の中の家庭用電気機器で1,020億円が計上されており、「電気機器」と言っても今ではテレビなど家庭用電気器具類の輸出はわずかで、ほとんどが世界トップ級の医療機器、半導体や光ファイバーを使った高度計測機器、鉄道運行管理システム、テレビ・ラジオ放送用の専門機材といった業務用のハイテク製品であることを示している。
「主要商品別」だけで見ていると、このような日本の電気機器輸出の“質感”が伝わってこないのである。
資本財はもちろん消費財の対概念で、消費財は外国に渡ってそのままの形で消費者の手に渡るものであるのに対し、資本財は生産に必要な設備、素材、部品等々として相手国の工場主など生産者の手に渡ってその資本形成に資するもので、小分類は一般機械(高度工作機械など)、電気機器(半導体関連、医療機器、光ファイバーなど)、輸送機器(ロボットなど)に分かれていて、言うまでもなく世界中で評価が高い日本のモノづくりの結晶部分である。
また商品特殊分類別の「工業用原料」には粗原料、鉱物製燃料(日本にそんなものを輸出する力があるのかと思うが、例えば冬季を終えて余った灯油を東南アジアなどに輸出して航空機燃料にするといった頃があるらしい)、化学工業生産品、金属、繊維品などの小分類があるが、この化学品や金属、繊維品には(全てがそうではないようだが)、日本でしか作れない、もしくは日本が品質において圧倒的に優位にある非常に高度のハイテク素材やそれを使った超精密部品といった高付加価値のものがたくさん含まれているという。
そこで、その資本財と工業用原料に分類されているものを大雑把に、全世界のモノづくりに役立っている高付加価値商品とみなして、それらの総額に対する比率を見ると、24年で69.1%、すなわち約7割を占めている。
表に載せた2010年の同じ比率を計算すると75.9%で、かつてはもっとその比率が高かったことが窺えるが、いずれにせよ、日本は高度成長期までの繊維製品、家電、乗用車などの消費財・耐久消費財の洪水的な輸出で勝負した時代をとっくの昔に卒業していて、今なお消費財輸出で頑張っているのはトヨタをはじめとした乗用車のみなのである。裏返せば、トヨタは全盛期の遺物ということでもある。
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石破首相ができたはずだった「同盟国らしい忠告」
そのようなモノづくり精神に基づく高付加価値製品で世界をリードし、とりわけ東アジアにおいて生産機械・高度部品~中間複合部品~消費財大量生産の国際的供給チェーンを築き上げることが日本の輸出戦略でなければならなかったが、円安による仮初の利益膨張でトヨタを喜ばせて株価沸騰の旗振りを演じさせるといった馬鹿馬鹿しいアベノミクスの迷妄が、この国がまともな道を歩むことを妨げたのだった。
もし政治がそこに着眼していれば、例えば今次の日米首脳会談にしても、小手先のお世辞でトランプの気紛れ攻撃を回避するといったみっともない対応とはならなかっただろう。
例えばの話、米国の数少ない輸出品であるボーイングの旅客機について、
- 現行モデルの787の機体・翼の重量比で半分が東レ製の世界最先端の品質の炭素繊維を用いた複合材料で出来ていて、またそれ故にその機体・翼のほとんどは名古屋市を中心とする先端工業ゾーンで三菱重工業など日本企業が製作していること、
- それを含めてイタリア、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリア、韓国、中国などが生産分担して初めてボーイングの生産が可能になっていること、
- それらの中間部品や半加工機材が最終的に米国の工場に集められて組み立てられる際に「ネジの締め忘れ」とか初歩的なミスが多発して、ボーイング機の度々の事故のほとんどは「米国人従業員の無能」が原因となっていること、
――などを、トランプに説いて聞かせるべきであったろう。それら全世界で作られている機材や部品にも「関税」をかけるのですか?日本から炭素繊維が行かなくなって、どこの米国企業が同じものを作れるのですか?ボーッと生きてるんじゃねえよ、お前ら!と言ってやればよかったのですよ。
航空機の超精密部品を加工するには、世界最先端のコンピュータ制御の5軸マシニングセンタが必要だが、その工作機械を作れる会社は米国にはなく、日本かドイツから買うしかない。それにも関税をかけるんですか?
仮に自分で関税分を上乗せされた高額代金を払ってマシニングセンタを手に入れても、米国にはそれを操れる熟練労働者もメンテナンスが出来るエンジニアもいないのだ。石破にちゃんとした輸出戦略の思想があれば、それを背景にトランプに「そのことを、もう一度、胸に手を当てて考えてみるべきだ」と同盟国らしい忠告ができたはずなのに、惜しいことをしたのである。
■《参考資料》INSIDER No.609 2012/01/23を転載――(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年2月24日号より一部抜粋・文中敬称略。参考資料「野口悠紀雄の『輸出立国終焉』論は間違っている!」を含む続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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