商品券問題で政権支持率が低下しても、いっこうに本格化しない「石破おろし」。参院選を前に、追い込まれた自民党が「玉木氏を首相に担いで自公国の連立政権をつくる」という奇策を繰り出す可能性も指摘されているが、そこには国民民主党にとって危険な罠がひそんでいる。元全国紙社会部記者の新 恭氏が詳しく解説する。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:瀬戸際の石破政権をめぐる奇妙な政局。なぜ玉木首相誕生が囁かれるのか
吹き止んだ「石破おろし」の風
なんとも奇妙な政治状況になっている。
石破首相が高額療養費制度の見直しで二転三転の大失態を演じ、新人の衆院議員15人それぞれに10万円分の商品券を配っていたことが発覚してクリーンイメージが吹き飛んだというのに、「石破おろし」はいっこうに本格化しそうにないのだ。
3月12日に開かれた自民党参院議員総会で西田昌司議員から「今の体制では参院選を戦えない」と、首相交代を求める声が飛び出したのが、ほとんど唯一の目立った動きといっていい。
前の総理二代、つまり菅義偉元首相や岸田文雄前首相も、「選挙の顔」として不適格の烙印を押され、総理の座を投げ出した。不人気という点で石破首相はその二人に劣るところはない。衆議院選に惨敗したのはなによりの証拠だ。
なのに、責任をとらず政権にしがみつき、政治改革どころか自身が「政治とカネ」問題の当事者となって、支持率が急降下したのである。以前の自民党なら、とっくに退陣に追い込まれているはずだ。
「石破おろしはない」永田町界隈の観測
3月10日夜、かつて岸田政権で主流派を形成した岸田前首相、麻生最高顧問、茂木前幹事長の三人が久方ぶりに顔をそろえた。東京都内の日本料理店で、政権運営や党内情勢をめぐって意見を交わしたというのが表向きの報道だ。
「政治とカネ」問題に端を発する派閥解消への流れを主導した岸田氏。それに反発し、総裁選では高市早苗氏の支援に回って岸田氏と袂を分かった麻生氏。幹事長として支えてきたにもかかわらず岸田首相の政策に否定的な見解を示して総裁選に立候補した茂木氏。
いまだ複雑な感情を抱えたままであろうこの三人が、わざわざ一堂に会し、3時間にも及ぶ会談を行ったというのだ。石破首相の進退や、ポスト石破の人選にまで話が及んだのは間違いないだろう。
麻生氏はキングメーカーとして復活を期し、岸田氏は首相再登板への色気を絶やさず、茂木氏も再びチャレンジする意欲が満々だ。
三者会談の後、3月12日に西田議員の退陣要求発言があり、追い討ちをかけるがごとく商品券問題が朝日新聞などの報道で3月13日に発覚した。党内の誰かがリークしたのであろう。
そして、13日の深夜に会見した石破首相が、商品券を配ったことを認めながらも「政治活動にはあたらず、法的には問題はない」と強弁してさらなる批判を呼び込んでしまった。石破首相の退陣を求める声はさらに高まるかと思われた。
それから2週間。第二波が起こるどころか、むしろ「石破おろしはない」と観測する声も永田町界隈で聞かれはじめた。また、野党からの退陣要求も盛り上がってこない。どういうことなのか。(次ページに続く)
「石破おろし」が逆効果になる、自民党の苦しい事情
参院選を前に総裁の交代を望む議員が自民党内に多いのは確かだ。しかし、たとえ新総裁の登場によって参院選に勝利するとしても、衆議院で与党が過半数割れしている現状には変わりがない。
穏健な政治姿勢を持つ石破氏が首相ならということもあり、野党各党は昨年の首相指名選挙で一致結束して対決する道を選ばず、第二次石破政権の発足を許した。
だが、石破氏以外の政治家が自民党総裁になった場合も、引き続き自公に政権が与えられる保証はない。むしろ野党がまとまって首相指名選挙にのぞみ、自公は政権を失うのではないかという恐怖感のほうが自民党内に広がっている。
自民党はなにより政権の座に居続けることを重視する。初めて自民党が下野し、細川非自民連立政権が誕生した1993年、自民党本部は千客万来だったそれまでの日常がウソのように、静まり返っていた。当時の森喜朗幹事長は「自民党も終りだな」としょげかえっていたという。権力とカネが自民党にとってエネルギーの源泉なのだ。
野党が内閣不信任決議案を出すケースはあるだろうか。立憲の野田代表は「総合的に判断する」と慎重な姿勢を崩していない。石破首相のまま参院選を戦うほうが有利という判断があるのは確かだが、それだけが理由ではない。
そもそも、野田代表と石破首相は財務省を媒介として手を握っているフシがある。
財務省の新川浩嗣事務次官と宇波弘貴主計局長は石破首相の信認が厚く、立憲の野田代表とのパイプも太い。二人とも、民主党政権末期、当時の野田首相の進める「社会保障と税の一体改革」に深く関わっていた。自公に立憲を加える大連立を画策しているとの噂さえ囁かれるほどだ。ゆえに立憲は、野党第一党として石破首相を極限にまで追い込むことを避け、「生かさず殺さず」の姿勢を続ける可能性が高い。
以上、石破政権の現状について、思いつくことを記してきた。要は、与野党が勝負を避けているのだ。しかし、この状態がいつまでも続くとは考えられない。負けを承知で石破首相のまま参院選に突入する道を自民党が選択するだろうか。(次ページに続く)
「玉木首相」と「自公国連立」という奇策を繰り出す?
党内に充満する政権への不満、商品券問題などに対する野党の追及。石破首相にはすでに強いプレッシャーがかかっている。このまま首相を続けて参院選に大敗するケースを想像し、不安に苛まれているはずだ。
政権運営に何らかの区切りがついた時、たとえば新年度予算の成立後などに石破首相自らが退陣を表明することも十分あり得る。そうなったら、自民党は否応なしに後任の総裁選びにとりかからなければならない。救世主になりうる人材はいるのだろうか。
保守層の支持を集める高市早苗氏は、昨年の総裁選で支援を受けた議員の多くが衆院選で落選したこともあり、その勢力は以前ほどではない。
ほかに、岸田前首相や林官房長官、加藤財務相、茂木前幹事長、小林鷹之衆院議員らの名前があがるが、自民党の党勢を急回復させると信じうる存在感を誰もが示せていない。
物価高と重税感にあえぐ人々の現実に向き合わず、政治資金を私的に使って贅沢三昧する議員たちの姿に国民の多くがあきれ果て、自民党に「ノー」を突きつけている。時が経てば解消するという生易しい不信感ではない。いまさらトップの顔をすげ替えたところでどうにもならないかもしれない。
それでも政権を死守するために、自民党はかつての自社さ連立政権のような奇策を繰り出すという見方がある。
1994年4月、細川護熙首相の辞任を受けて羽田孜内閣が誕生したが、社会党が連立を離脱して少数与党となったため政権運営が困難になり、6月29日に総辞職。同日中に首班指名選挙が行われ、社会党・自民党・新党さきがけの連立により、社会党の村山富市氏が首相に選出された。
これにならい、玉木氏を首相に担いで自公国の連立政権をつくるというプランだ。むろん「103万円の壁」を178万円に引き上げる国民民主の政策を実現するのが前提条件となろう。財務省がどう言おうと、政権を維持するためなら何でもあり。それが自民党なのだ。
国民の玉木代表は、麻生太郎氏や茂木前幹事長との関係も良好だ。とりわけ茂木氏とは最近、それぞれのYouTube番組で共演し、「103万円の壁」などの政策について意気投合している。(次ページに続く)
非自民連立政権でなければ「玉木首相」は輝けない
だが、国民民主党のために言っておきたい。自国公の連立は絶対に避けるべきだと。かつて自民党の甘言に乗って自社さ連立政権入りをした社会党がその存在意義を失い、衰退の道をたどっていった歴史を振り返る必要がある。
むしろ、国民民主は「非自民」の姿勢を明確にしたほうがいい。かりに立憲が柔軟な姿勢に転じ、野田代表ではなく、国民民主の玉木代表を首相に担ぐとして野党間の合意をはかるなら、玉木代表は前向きに対応するべきではないか。
新年度予算案に賛成した維新も、自民党と“心中”するつもりはあるまい。うまくまとまれば、非自民連立政権の樹立もあながち不可能とはいえないだろう。
現に、立憲の小川幹事長は23日のフジテレビ番組で、石破首相が退陣して首相指名選挙が行われた場合、野党がまとまって国民民主党の玉木代表に投票する選択肢を「排除しない」と語っている。
メディアの直近の世論調査で石破内閣の支持率は発足以来最低の水準にまで落ち込んだ。一方、国民民主党の政党支持率は、NNNと読売新聞の直近の調査で、自民党の26%に次ぐ12%へと急伸。3月23日には静岡、東京・小金井、茨城・北茨城、長崎・諫早の4市議選で5人の公認候補がトップ当選した。全員が新人である。
国民民主党は「103万円の壁」政策で交わされた幹事長間の合意文書が反故にされたことで、自民党の不誠実さが身に染みているはずだ。ハング・パーラメント(宙吊り議会)での政策実現は、信頼できる与党が相手の場合に成り立つのであって、自公体制にそれを求めるのは虚しい。
なにより、政治改革に後ろ向きな自民党との連携は若者を中心とした支持層の離反を招くだけである。
国民民主はむしろ、昨年の衆院選とそれ以降の地方選で示された国民の強い支持を背景に、立憲のネジを巻き、維新を説得し、内閣不信任決議案の可決や首相指名選挙などでの野党の結束をはかり、一気に政権交代をめざすべきであろう。それこそが国民の期待する政策を実現するための真っ当な闘い方と言えるのではないだろうか。
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