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本を読まなくてもAIが情報をくれる現代、読書は何のために必要なのか?

AIが登場したことで、読書が変わりつつあります。情報を得て知識を育てるための読書は、AIに代替されるからです。メルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、これから紙の本を選ぶ行為自体に新たな意味が生まれるとしてその理由を語っています。

AIの誕生と読書の変容

1.AI誕生で読書の意味が変わった

人類の歴史において、読書は知識を得るための主要な手段であり、個人の内面を豊かにする営みでもあった。印刷技術の発展とともに本が一般に普及し、人々は文字を通じて世界を知り、思考を深め、想像力を育んできた。

しかし、人工知能(AI)の登場により、この読書の役割と意味が大きく変わりつつある。AIは情報を瞬時に処理し、個別に最適化された知識を提供する能力を持つ。

これにより、従来の「情報を得て知識を育てる」ための読書がAIに代替されつつある一方で、人間が読書に求めるものは「効率的な情報収集」から「気分転換」「リラックス」「感情の涵養」へとシフトしている。さらに、デジタル化が進む中で、あえて紙の本を選ぶ行為自体に新たな意味が生まれつつある。

本稿では、AIがもたらす読書の変容と、それに伴う人間の変化、そして紙の本の意義の再定義について考察する。

2.本は知識の源泉

AIが登場する以前、読書は情報を得るための最も身近で信頼性の高い手段だった。本は、遠くの土地の歴史や科学の進歩、哲学者の思索を伝える窓口であり、人々はページをめくることで世界を理解し、自己を成長させてきた。

例えば、ルネサンス期の学者たちは古典を読み解き、近代の市民は新聞や書籍を通じて社会の動きを知った。読書は時間と労力を要する行為だったが、その過程で得られる知識は個人の教養となり、人生を豊かにする基盤となった。

また、読書は単なる情報収集を超えて、内省や想像力を刺激する役割も果たした。小説や詩は感情を揺さぶり、読者に新たな視点や共感を与えた。

こうした体験は、知識の蓄積とともに人間性を育むものであり、読書が「知」と「情」の両方を涵養する行為であったことを示している。しかし、この伝統的な読書の姿は、AIの台頭によって大きく変わりつつある。

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3.AIによる読書の代替と効率化

現代では、AIが膨大な情報を瞬時に処理し、個人のニーズに合わせて提供する能力を持つようになった。

例えば、AIは本の内容を要約し、重要なポイントを抽出してユーザーに伝えることができる。Google ScholarやChatGPTのようなツールは、質問に対して即座に答えを生成し、従来なら何時間もかけて本を読んで得ていた知識を数秒で提供する。これにより、「知識を得るための読書」はAIに代替されつつある。

この変化は、時間に制約のある現代人にとって大きな利点だ。仕事や生活の中で効率を求める人々は、AIによる要約や検索を利用して、必要な情報を手早く取得できる。

教育の場でも、AIが教材をカスタマイズし、学生に最適な学習経路を提案する事例が増えている。こうした状況下で、読書は「情報を得るための道具」としての役割を失いつつあると言えるだろう。しかし、これは読書そのものが不要になるのではない。むしろ、人間が読書に求めるものが変化し、新たな目的が生まれているのだ。

4.感情とリラックスへの回帰

AIが知識提供の役割を担うようになった今、人間は読書に別の価値を見出している。それは、気分転換やリラックス、そして感情を育むための時間だ。

例えば、忙しい日常の中で小説を手に取る行為は、情報を得ることよりも心を落ち着け、別の世界に浸るための手段となる。

AIが効率的な情報処理を担う一方で、人間は読書を通じて「非効率的」な体験を求めているのだ。

この傾向は、感情を重視する読書の増加にも表れている。AIは論理的で客観的な情報を提供するが、人間の複雑な感情や主観的な体験を完全に理解し、共感することは難しい。

たとえば、恋愛小説のせつない一節や詩の繊細な表現は、読者の心に直接響き、内面を豊かにする。こうした体験はAIによる要約や分析では代替できない。読書は、感情を揺さぶり、自分自身と向き合う時間を与える手段として、再評価されつつある。

さらに、リラックスを目的とした読書も注目されている。デジタルデバイスに囲まれた現代社会では、スクリーンから離れ、紙の本を手に持つ行為自体が癒しとなる。本の重さ、紙の質感、ページをめくる音。これらは感覚的な喜びを提供し、心を落ち着ける効果がある。

AIがデジタル空間での効率を追求する一方で、人間はアナログな読書に「スローダウン」の価値を見出しているのだ。

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5.紙の本の意味の再定義

AIとデジタル技術の進化に伴い、電子書籍やオーディオブックが普及している。しかし、こうした状況だからこそ、紙の本を読む行為に新たな意味が生まれつつある。あえて紙の本を選ぶことは、単なるノスタルジアを超えて、意図的な選択としての価値を持つようになっている。

第一に、紙の本は「所有感」と「物質性」を与える。デジタルデータは雲の上の存在であり、触れることができないが、紙の本は手に持つことで「自分のもの」としての実感が得られる。

本棚に並べられた本は、読書体験の記憶を視覚化し、個人の歴史を物語る。また、書き込みや折り目といった痕跡は、読書を個人的な旅として残す役割を果たす。AIが提供する効率的なデジタル読書とは対照的に、紙の本は「時間」と「個性」を象徴する存在となりつつある。

第二に、紙の本は「デジタルデトックス」の手段としても機能する。スマートフォンやパソコンから離れ、紙の本に没入することは、現代人にとって貴重な休息の時間だ。

この点で、紙の本を読む行為は、AI時代における「人間らしさ」を取り戻すための抵抗とも言えるだろう。効率や利便性を追求するAIに対して、紙の本は「非効率さ」や「手間」を楽しむ贅沢を提案する。

6.AI時代における読書の未来

AIの誕生は、読書の役割と意味を根本的に変えた。知識を得るための道具としての読書はAIに代替されつつあるが、人間は読書に新たな目的を見出しつつある。

気分転換やリラックス、感情を育むための読書は、AIでは代替できない人間らしい体験として残るだろう。さらに、紙の本はデジタル化が進む中で、あえて選ぶ価値を持つ存在として再定義されつつある。AIが効率と合理性を提供する一方で、読書は非効率で感情的な営みとして、人間の内面を支える役割を担う。

未来において、読書は知識の追求から、心の充足や自己発見へとその重心を移すかもしれない。そして、紙の本を手に持つ行為は、AI時代における人間のアイデンティティを象徴する一つの形となるだろう。AIと共存する中で、読書がどのように進化し、人間が何を求めるのか――その答えは、私たち自身の選択にかかっている。

■編集後記「締めの都々逸」

「情報だけなら チップでいいよ 本はアートで生きてゆく」

ある意味、アートって無駄なものですよね。でも、無駄がかっこいいし、無駄こそ、人間が取り組むべきものです。

情報のパッケージの本は必要なくなり、本そのものがフェティシズムの対象になるのではないか、と思う。

例えば、赤い紙に印刷してたり、文字ではなく、粘土板の楔形文字で書いてあったり。本を切ったら血が出るような本とか。

やっぱり、最後に残るのは詩集かな。いろいろと妄想が膨らみます。(坂口昌章)

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