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中島聡が憂慮する「AI自給率」が低い日本の未来。先の大戦での石油資源に相似も「国産LLMでは国民の幸福を保証できない」理由とは?

著名エンジニアの中島聡氏が、国家によるAIインフラ投資の是非と「AI自給率」の問題を考察する。現在の日本はAIインフラを外国に依存しており「AI自給率」が低い。この状態で子どもたちがAIから物事を学べば、わが国の言語・文化まで海外に支配されてしまう恐れがあるという。一方でこの問題は「国産AI」で簡単に解決できるものでもない。日本政府にAIをコントロールする力を与えてしまうと、歴史上最も厄介な“独裁洗脳政権”が生まれかねないからだ。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

原油大国のサウジ、UAEが「AI投資」を急ぐ理由

先週、サウジアラビアのモハメッド・ビン・サルマン王子が、国家として保有する$940B(約140兆円)の投資ファンドのお金を投じて、AIインフラを構築する国家プロジェクト「Humane」を立ち上げると発表しました。

石油に続く、サウジの経済を支える基盤にするためだそうです。

いろいろな解釈が可能ですが、一番の目的は、将来への投資です。サウジは石油のおかげで現在は非常に豊かな国ですが、石油は採掘し尽くしてしまえば終わりなので、その豊かさがいつまでも続く保証はありません。

そこで、石油が生み出した富を今のうちに将来のための投資に使い、石油に代わる産業を生み出そうと考えることは当然で、サウジは2030年までに米ドルで1trillion(150兆円)超の、石油以外のインフラ投資を行うと宣言しています(Saudi Arabia to Invest $ Trillion in Infrascturere by 2030)。

今回のAIインフラへの投資も、そんな未来への投資の一環で、今後、AIが世界経済の中で重要な役割を果たすことが明らかな今、国内に構築したAIインフラで外貨を稼ぐ戦略に出たのです。

同様なインフラ投資は、アラブ首長国連邦(UAE)でも行われることが決まりました。すでに米国内でのAIインフラ投資プロジェクト「Stargate」を立ち上げているOpenAI、ソフトバンク、Oracleに加えて、Nvidia、Cisco、地元のG42を加えて、「Stargate UAE」を立ち上げるそうです。(OpenAI and Nvidia among companies building Stargate AI infrastructure in UAE)。

ヨーロッパもAIインフラへの200billionユーロの投資を決めており(EU launches InvestAI initiative to mobilise 200 billion of investment in artificial intelligence)、これで少なくとも、米国、中国以外に、3つの国に大規模なAIデータセンターが作られることになります。

国家安全保障の要としてのAIインフラ

これらの国がAIデータセンターに力を入れる理由は、それがもたらすだろう収入だけではありません。

AIは、電力・インターネットに続く、我々の経済活動にとってなくてはならない社会インフラになろうとしており、それを100パーセント外国に頼ることには、安全保障上の大きなリスクがあるのです。(次ページに続く)

「AI自給率」が低い日本の脆弱性、先の大戦前と共通点も

日本は、第二次世界大戦に突入する過程で、他の国からの経済制裁により石油の輸入ができなくなり、窮地に陥りました。海外の石油がなければ社会が成り立たない、という脆弱性を持っていたのです。

海外のAIインフラに頼った社会を作ってしまうと、それと同じ脆弱性ができてしまうのです。

米国は日本の同盟国だからそんな心配をする必要はない、と考える人も多いと思いますが、それはすなわち、戦後から続く、日本の米国に対する従属関係をさらに強固なものにしてしまう(つまり、米国に対する発言力がさらに弱まる)という問題点を持っているのです。

分かりやすく言えば「AI自給率」の問題です。

わが国の言語・文化が海外に支配される恐れ

AIインフラを海外に頼るもう1つの問題は、言語・文化まで海外に支配されてしまう点です。

これからの子供たちは、AIチューターからいろいろな物事を学ぶようになることは明らかですが、それを通して受ける文化的な影響がどれほど大きなものか、私たちはまだ知りません。

日本には、良いもの・悪いものも含めて、独自の価値観・常識がたくさんあります。「悪いことをすると、それはいつか自分に返ってくる」という倫理的なものから、「ご飯を炊く時の水加減はものすごく大切」のような食に関するものまで、千差万別です。

これからの子供たちは、そんな常識の多くを、AIとの会話から学ぶことになるのです。

それが米国のOpenAIが運営するChatGPTで果たして良いのか?そのプロセスを通じて、日本独自の常識や価値観が失われてしまって良いのか?そんな疑問に、私たち大人は答えを見つける責任があるのです。(次ページに続く)

“日本政府純正AI”にも全幅の信頼は置けず。解決策は?

私は国粋主義者からはほど遠い存在なので、日本も「国産LLMを作るべき」などとは思いませんが、少なくとも日本の義務教育にAIを取り入れる段階においては、オープンソースなLLMに適切なファインチューニングを施したモデルを使うのが適切ではないか、と考えはじめています。

とはいえ、この話に政府が絡んでくると、とても厄介なので注意が必要です。

時の政権に、子供たちが毎日のように触れるAIをコントロールする力を与えてしまうと、「日本軍は悪くなかった」「夫婦別姓は認めるべきではない」など政権にとって都合の良い常識を子供たちに植え付けることすら可能になってしまうからです。

米国の営利企業が経営するAIと、日本の保守政権がコントロールするAIの、どちらが日本の子供たちが言葉や常識を学ぶAIとして適切か、そんな厄介な質問に答えなければならない時代が来ようとしているのかもしれません。

国家によるAIインフラ投資には、こんな複雑な問題が絡んでいるのです。単純に「日本もAIインフラ投資をすべき」「国産LLMを作るべき」と結論付ければ良い問題ではないのです。

(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年6月3日号を一部抜粋・再構成したものです。「Elon Muskによる新たな大風呂敷」「ChatGPTモーメント、自動運転」「破壊的イノベーション」の各新着記事や「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナー(今週は8名の質問に回答)などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体約1.4万字)

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