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“日本攻撃の正当性”を習近平に与えてしまった高市首相「存立危機」発言が中国に“威嚇”と受け止められたことのヤバさ

台湾有事をめぐる高市首相の国会答弁が発端となり、非難の応酬を繰り広げる日中両国。その事態は、我々日本人が思う以上に深刻な様相を呈しているようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、中国外交部やメディアの強硬姿勢が示す「危険なフェーズの変化」を分析。その上で、日本だけが「台湾有事」を叫ぶ現状を疑問視しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高市新政権の「率直に言う」素人外交が支払う授業料はどこまで高まるのか

国連の敵にもなりかねない発言。高市政権の素人外交が支払うことになる高すぎる授業料

「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、『存立危機事態』になり得るケースだと考えます」――。

11月7日の衆議院予算委員会での高市早苗首相の答弁が、今も尾を引いている。

発言をめぐる日中の対立がどこまで尾を引くのか、不透明感は増すばかりだが、少なくとも中国側のとらえ方は日本側の考えている以上に深刻のようだ。

そのことが良く伝わるいつくかの発言を以下に並べてみよう。

まず11月10日に行われた中国外交部の定例会見で発せられた林剣報道官の以下の発言だ。日本側の意図を測りかねるといったように、疑問を呈している。

「日本の指導者は『台湾独立』勢力にいったいどんなシグナルを送りたいのか?中国の核心的利益に挑戦し、中国の統一という大業を妨害したいのか?中日関係をいったいどこへ導こうとしているのか?」

つまり、「本気で中国と事を構えるのか?」と訝しんでいるのだ。

12日には『人民日報』が一歩踏み込み過去の問題と結び付けて日本を批判した。

日本軍国主義はかつて、いわゆる「存立危機」を理由に中国への侵略を発動し、「自衛権行使」を口実に横暴にも「九一八事変」(満州事変 ※筆者注)を引き起こし、中国への侵略戦争を仕掛けたが、最終的に敗戦し降伏した。

日本の指導者は本来、戦争責任を深く反省し、歴史の教訓をしっかりと汲み取るべきであるのに、抗日戦争勝利80周年に当たる今年、いわゆる「存立危機事態」を弄び、再び台湾を利用して騒ぎを起こし、中国統一の大業に干渉しようとしている。

14日に発信された同紙国際論評(「鐘声」)では、「日本が中国を威嚇」とか「野心」という表現も使われた。

高市首相のこの発言は、1945年の日本の敗戦以来、日本の指導者が公式の場で初めて、いわゆる「台湾有事は日本有事」を鼓吹するとともに、これを集団的自衛権の行使と関連づけたものであり、台湾問題において武力介入の野心を初めて表明し、中国に対する武力による威嚇を初めて行ったものであり、その意図は極めて陰険で、その性質は極めて悪質で、その結果は極めて深刻なものである。

中国を「威嚇」したと受け止められたことは、中国が日本を攻撃する正当性を主張し始めた第一歩だ。そしてさらに深刻なのは文中で「日本の軍国主義の復活」に触れている点だ。

近年、日本は猛スピードで軍備拡張の道を突き進み、平和憲法を骨抜きにし続け、「専守防衛」原則を完全に放棄し、「非核三原則」の放棄を画策している。こうした背景下で、高市首相が「台湾有事」を集団的自衛権と結びつけたのは、軍事拡張の口実作りのためであり、軍国主義が息を吹き返す危険な兆しを孕んでいる。

この一文からは、日本側のここ数年の動きに対する鬱積した不満が一気に噴出していることが伝わってくる。

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「台湾独立支持」が台湾内で150万人も減少したという現実

注意しなければならないのは、中国側が今回の問題を、もはや高市個人ではなく日本全体の問題としてとらえ始めたことだ。

台湾に関する高市首相の誤った主張は、決して単独の政治的妄言ではなく、その背景には、平和憲法の束縛を突破し、「軍事大国」の地位を追求しようとする日本の右翼勢力の偏執と傲慢さがある。

冷戦構造に慣れた日本人には伝わりにくい表現だが、要するにかつて連合国として戦った相手が「蘇ってきている」と世界に警告する内容なのだ。

陣営対立のなか欧米と歩調を合わせ、また連合国を国際連合と言い換えてきた日本人は忘れているかもしれないが、「日本が再び軍国主義へと向かっている」となれば、それは中国一国の敵ではない。国連の敵ともなりかねない要素を含む。それは明らかにフェーズを変えた仕掛けなのだ。

世界には日本の過去にアレルギーを持つ国は少なくない。マレーシアを訪問した高市がクアラルンプールの日本人墓地を訪問し慰霊碑に献花した際、現地の人々から「加害の歴史にこそ目を向けろ」と反発が出たことは記憶に新しい。

靖国神社参拝もそうだ。遊就館には過去の日本の戦争を正当化するような展示が見つかる。バラク・オバマ大統領もかつて安倍晋三首相の靖国参拝を「失望した」と批判し、不快感を示した。ドナルド・トランプ大統領はこの件に興味がないようだが、丁寧に説明を受ければ不快に思うだろう。

現状の米中関係はコロナ禍で大統領選挙を控えたトランプが選挙対策で中国批判に舵を切った時とは大きく違っている。

日米首脳会談後に共同記者会見が見送られたのも中国に対する配慮だと報じられている。共同声明も出せなかった。

トランプは米中首脳会談後のインタビュー(CBS)で、「われわれ(米中)は非常にうまくやっていける。彼らを打ち負かすよりも協力することで、より大きく、より良く、より強くなれる」と語っている。

中間選挙を見据え経済で実績を誇りたい大統領が中国から必死に利益を持ち帰ろうと画策する中、関心の薄い対立に巻き込もうとする日本をどう思うだろうか。

さらに「台湾有事は日本の有事」の肝心の台湾の動きだ。《台湾民意基金会》が10月に行った20歳以上の台湾人への調査で「台湾独立支持」と回答した人数は10カ月前から約150万人減り、ポイントで7.5も下落した。

そうした情勢下で、日本だけが「台湾有事」を大げさに叫ぶメリットは何なのか。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年11月16日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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image by: 首相官邸

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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