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米国と台湾「握手」の代償。大国に奪われるTSMC(台湾積体電路製造)と“新冷戦時代”幕開けの予兆

台湾の半導体、インドとロシアの再接近、中国とフランスの急接近などの動きはすべて「アメリカ一極体制の終わり」を示すピースとして、確実に組み上がりつつあります。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、TSMC(台湾積体電路製造)をめぐる米台関係の緊張について語り、その背後にある多くの思惑と動きを紹介しています。

台湾からTSMCが奪われる危機と印ロ関係と中仏関係と多極化の流れ

感謝申し上げる─。

台湾の頼清徳総統が3日、自身のSNSに投稿したのは、ドナルド・トランプ大統領が「台湾保証実行法案」に署名したことへの返礼である。

台湾が喜ぶことは中国が嫌がる。予想通り、中国は強く反発した。

お約束の展開とあってメディアも相変わらずの中台対立の構図からこのニュースを取り上げた。つまりアメリカが中台のどちらに傾いているか、という話だ。

だが、トランプのこの選択が「民主主義の台湾を守る大切さに気が付いた」という結果ではないことだけは、どんなお人好しでも理解できたはずだ。

APECが開催された韓国・慶州で行われた米中首脳会談で台湾がディールされたことはほぼ間違いない。頼清徳・民進党は何とか巻き返したいと機会を狙っていた。

そのタイミングで発せられたのが台湾の6兆円余の国防予算案だった。11月末、頼清徳自ら米紙『ワシントン・ポスト』に、防衛力強化のために8年間で400億ドル(約6兆2000億円)を拠出すると寄稿した。

財源の当てもない中での発表は、頼の焦りとも受け止められた。興味深いのは、同じタイミングでトランプ政権が「台湾に対し追加投資と人材育成を要求した」と報じられたことだ。要求が出たのは米台の通商交渉の一環としてだった。

こうした文脈から、あらためて大統領による「台湾保証実行法案」署名の意味(見返り)を考えると恐ろしい。「感謝申し上げる」などと喜んでいる場合ではないことは確かだろう。

というのもトランプ政権の思惑は明らかに半導体の生産の全てを最終的にはアメリカ国内に持ってこさせることだからだ。

半導体生産で存在感を示す台湾の強みは台湾積体電路製造(TSMC)だ。そのTSMCはすでにワシントン州、カリフォルニア州、ケンタッキー州、アリゾナ州に半導体製造のための巨額投資を行っていて、アリゾナでは2ナノから4ナノの最先端の半導体を生産する。

2025年3月にはTSMCがさらに米工場に1000億ドル(約15兆円)の追加投資をする計画だと発表したが、今後、台湾が中国との対立を深め、その後ろ盾としてトランプ政権を頼るのであれば、半導体産業への要求はさらに高まるはずだ。

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ハワード・ラトニック商務長官はかつてテレビ番組に出演し、「我々の最終目標は半導体のサプライチェーンのすべてをアメリカに持って帰ること」と断じている。トランプ大統領も習近平国家主席との会談後の米CBSテレビのインタビューで、「2年後には工場の操業を開始し、半導体市場で非常に大きなシェア(40%~50%)を獲得する」と予告している。「現状ではほぼゼロに等しい。本来なら100%を握るべきだった」と本音を漏らしたのだ。

アメリカが半導体のサプライチェーンを握るべきだという発想は、コロナ禍で半導体の供給が止まり自動車産業の生産がストップした時からの危機感だ。だとすれば、これはトランプ政権だけが持つ欲求ではないと理解すべきだ。

頼・民進党が中国の戦いに拘泥する裏側で、実はもっと恐ろしい大国にロックオンされてしまったということだ。

現在、アメリカは大量の麻薬をアメリカに運び込んだという理由でベネズエラに米軍を派遣しマドゥーロ政権に圧力をかけている。トランプが狙っているのはベネズエラの政権交代だと言われているが、本当の目的はベネズエラの豊富な金鉱と石油資源だとされている。それを手に入れるために傀儡政権が必要なのだ。

アメリカを再び偉大にする(MAGA)一つの選択なのだろう。

大統領就任直後からグリーンランドに野心を向け、カナダをアメリカの「第51番目の州」と呼び、パナマ運河はアメリカが管理すべきだと主張した流れとも重なる。

このアメリカに決定的な弱みを見せることに頼は何の抵抗も感じないのだろうか。

皮肉なことだが、いまもしトランプ政権からの圧力を回避しようとすれば、世界では中国かロシアとの紐帯を深める以外に道はない。

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そうした流れの中で今週、象徴的な2つの動きがあった。一つはロシアのウラジーミル・プーチン大統領を自国に招いたインドのナレンドラ・モディ首相の動き。もう一つはフランスのエマニュエル・マクロン大統領を国賓待遇で迎えた中国・習近平国家主席の動きだ。

モディは関税に加えてロシア産原油の輸入を理由にアメリカからの制裁に晒されている。一時は、ロシア産原油の取引から手を引く様子も見せたが、ここにきてロシアに再び大きく歩み寄り、笑顔で握手しロシアの兵器購入についても話し合った。

アメリカが面白いはずはない。

そして中国の動きだ。

日本との対立を深めるなか、マクロンに「フランスは対中関係を重視し、『一つの中国』政策を揺るぎなく遂行している」と言わせる抜け目なさを発揮するだけでなく、ギクシャクする欧州委員会(EU)との関係の調整も引き受けさせた。

世界情勢が不安定となるなかでフランスと中国の関係が重要であるとの認識を共有し、「習主席のグローバル・ガバナンスの改革・改善、グローバル経済により均衡をもたらすとした意見に完全に賛同する」という言葉も引き出した。

さらに「中国側との協力を強化し、大国の責任を共に担い(中略)世界の平和と繁栄の促進に貢献したい」との発言も得たのである。

いまや不可逆的に関係が薄まると考えられるアメリカと欧州の隙間にしっかり楔を打ち込み、多極化の流れをフランスとの間にも固め始めたことが伝わってくる。

アメリカ一極から多極化へと向かう流れは加速するばかりだ。

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image by: Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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