「国会改革」を言うのならまず改めるべき日本の党首討論
国会対応、各省庁の政策説明、各種会議への出席、政治家や経営者との面会、そして首脳外交…。これらの仕事を前例踏襲で歴代首相はこなしてきたのだろうが、このさい大幅に絞り込んで、ゆとりのあるスケジュールに変えていくべきである。要は、総理大臣でなければできないことを、冷静に判断し実行するということに尽きる。
しかし、予算委員会に出席しない、あるいは出席時間を大幅に削るということになれば、国会が総理の考えをただす機会をどう確保するかが問題となる。レポートは「党首討論に集約すべし」としているのだが、はたして現実的な提案といえるだろうか。
現状、日本の国会における党首討論はお粗末なものである。モデルとする英国のそれ(クエスチョン・タイム)と比較してみたい。
英国では議会の会期中、毎週必ず1回(30分間)開催され、必ず首相が野党の矢面に立つ。答弁中に後ろの秘書や官僚からメモを差し入れてもらうことは一切許されず、頼れるのは事前に用意したファイルのみ。演説力はもちろん、ユーモアや、ヤジをはね返す瞬発力が試され、まさに政治生存をかけた言葉の「決闘」が繰り広げられる。
一方の日本はどうか。毎週開催という決まりはあっても名ばかりで、実際には与野党の合意が得られないという理由で見送られるのが常態化している。このため、せいぜい年に数回開催されるていどで、官僚が作成した想定問答やメモを首相が読み上げる場面が目立つ。とても英国のような激しい応酬を期待することはできない。
英国並みの充実した党首討論がこの日本の国会で可能だろうか。それだけのディベート力を有する首相や野党党首がいるのなら、どしどし実力を発揮してほしい。国会改革を言うのなら、まず党首討論を改革すべきだろう。
今のように目まぐるしく国際情勢が変化し、地政学的なリスクや気候変動、AIの暴走などへの不安が高まる時代にあっては、リーダーの冷静かつ迅速な判断がこれまで以上に求められる。それを、この政治家に任せていいのかどうかを国民は党首討論という名のリングで判定することができる。
総理たるもの、性別や過密日程を言い訳にする前に、その強い権限を用いて慣行的なスケジュールを削り、積極的に「国の方向性を戦略的に考える時間」を生み出す努力をすべきである。
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image by: 首相官邸









