「新入社員に最大730万円の年収を支払う」と発表したソニー。優秀な人材の海外流出の防止と同社の存続をかけて導入される「起死回生の策」ですが、果たして狙い通りの成果を上げることはできるのでしょうか。世界的エンジニアの中島聡さんが自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』で、その成否を占っています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年8月13日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
日本企業の再生
少し前に、「ソニーが『新卒に年収730万円』、最大のカベは中高年社員の嫉妬!?」という記事を読みました。
「優秀な人材が海外の企業に奪われるのを防ぐため」とのことですが、年収730万円で、高度な技術を身につけた技術者を雇えるかどうかは疑問の多いところです。伸び盛りのベンチャー企業であれば、それに加えて(一攫千金が狙える)ストックオプションももらえるし、開発環境(開発マシン、開発環境など)にも大きな違いがあるし、大きな会社であるデメリット(無駄な会議、時代遅れなカルチャー、最新の技術を理解していない上司など)も最近の若い人たちは良く知っています。
しかし、ソニーのような旧来型の企業が優秀な人材を採用するにあたって、もっとも大きな障害になるのは、「中高年社員の待遇との整合性」だと思います。
これは、記事に書いてある「俺より給料が高いヤツが出てくるのはケシカラン」という単なる気分の話ではなく、日本の企業が従業員と持ってきた特殊な「雇用関係」と密接に関わる話なので簡単ではないのです。
日本企業は、戦後、急激な発展を遂げましたが、それは円がドルに対して安かったこともあるし(1973年までは1ドル=360円に固定されていました)、日本特有の人事制度を利用して人件費を抑えて来たことがあります。
この日本特有の人事制度とは、終身雇用制+年功序列を組み合わせることにより、「若いうちは安月給で我慢していれば、定年まで職は保障されているし、歳とともに給料は上がり、退職金も出る」というものでした。会社が成長しており、年齢構成が上に行くほど人数が少ないピラミッド型であれば、平均給与を低く抑えられる、とても良い人事制度でした。
「サービス残業」のような悪い慣習は、この人事制度が作り出したものです。多少理不尽な要求でも、上司の命令に従って真面目に働いていれば、年齢とともに給料は上がるし、定年まで会社が面倒を見てくれるからです。
そのため、従業員の間に大きな能力の差があっても、それほど待遇に差をつけないのが日本企業の慣習になりました。特に管理職に就く前の若い従業員の待遇にはほとんど差をつけず、管理職になる段階でようやく多少の差をつけるのが一般的です。
企業としての成長が頭打ちになり、次第にピラミッド構造が崩れ始めても、「若いうちは安月給で我慢していれば、歳とともに給料は上がる」という暗黙の了解を守るために、企業は無理矢理役職を作って出世競争に勝ち残れなかった人々を救済しました。日本の大企業には、課長待遇、担当課長、部付課長などちょっと分かりにくい役職の人がたくさんいるのは、それが理由です。
それに加え、本社の昇進競争に負けた人たちに、子会社の役員の立場を数年間与えることにより辞めてもらう、「肩たたき→天下り」という日本特有のシステムまで作ってしまった企業が日本にはたくさんあります。
当然ですが、そんなことをすれば、頭でっかちで人件費の高い企業になってしまいますが、終身雇用・年功序列を前提に入社した人たちとの約束を守る限りは、そうなる運命だったのです。特に日本の会社の場合、経営陣が取締役も兼任しているため、経営陣が、自分の天下り先確保のために子会社を作ってしまうような「会社の私物化」も、一部の企業では行われていました。
2000年を少し過ぎた頃に、ソニーやパナソニックなどの平均年齢が40歳を超えてしまったことが話題になりましたが、これはバブルの崩壊により新卒の採用を絞り込んで、年齢構成が大きく変わってしまったためです。
米国の会社であれば、そんな時には大量にリストラ(=解雇)をして一旦会社をスリムな形にしますが、解雇規制のために、それが出来ないのが日本の大企業です。日本の失われた10年が20年になってしまった原因の一つはそこにあると言って良いと思います。