ロスジェネ正社員の「会社への貸し」が日本企業の復活を阻む理由

 

そんな日本企業の悩みを解決するために小泉政権(2001年~2006年)が導入したのが、労働者派遣法の規制緩和です。解雇できない正社員の代わりに、派遣社員を雇うことによりリストラを容易にしたのです(この派遣法の改定が、日本に「正社員」と「非正規雇用者(派遣社員、フリーター)」という社会的階層構造を作り、「大学卒業時に正社員になれたかどうかが一生を決めてしまうような、閉塞的な社会を作り出してしまったことは、皆さんご存知の通りです)。

そんな中で、急速に存在感を増してきたのが、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表される、「グローバルIT企業」です。

当初は(90年代から2000年代の前半)、MicrosoftやIntelのように、IT企業はIT業界の中だけでビジネスをしていたので、他の業界への影響はほとんどありませんでした。

しかし、2000年代の後半から、Amazonが小売と流通、Appleが家電と音楽、GoogleとFacebookがメディアと広告、Netflixが放送、eTradeが証券、Teslaが自動車のように、ソフトウェアを武器にした企業が他業種へと進出し始めると状況は大きく変わりました。

この変化に関しては、2011年にMarc Andressenが書いた「Why Software Is Eating the World」にとても分かりやすく書かれています。90年代から始まった情報革命は、産業革命に匹敵する、産業構造の全体に大きな変化をもたらす革命なのです。

つまり、電気やエンジンの発明により、あらゆる産業が大きく変化したのと同様に、コンピューターとインターネットはすべての産業に大きな変化をもたらすのです。

にも関わらず、日本では、今年になってようやくパソコンが経団連の事務所に導入されることが報道されたことが分かるように、信じがたいほど周回遅れなのです。経団連に属する企業の経営陣たちは、Marc Andressenのメモの意味を理解するどころか、彼のメモの存在すら知らない人が大半だと思います。

これからの時代、ソフトウェアのことが理解できていない人は経営者として失格ですが、ソフトウェアの理解どころか、スマホやパソコンもまともに使えない人たちが、未だに経営陣として、お抱え運転手つきで会社に来て、取締役まで兼任してしまうというコーポレート・ガバナンスの壊れた状態で、偉そうな顔をしているのが日本の経団連の現状なのです。

さらに問題なのはその下の40代の人たちです。彼らは人事上は、「若い頃に安月給でサービス残業までして懸命に働いた貸しを会社に返してもらう立場」にありますが、子供の頃からパソコンやスマホを触って育ったわけでもない彼らは、実際のところは会社にとってはお荷物」になりつつあります。

幸か不幸か、日本には解雇規制があるため、どんなにお荷物であっても首を切ることは出来ません。希望退職を募っても、それで自ら進んで退職する人は「転職先が簡単に見つかる人」や「自分でビジネスを始めるガッツのある人」だけなので、結果として「使えない人ばかりが残るようになってしまいます。

上に紹介したソニーの新しい人事制度は、これからの時代に必要な優秀な若い人を採用するには必須な人事制度ではあるのですが、「会社に貸しがある40代の人たちにとってはとっても不公平な制度に見えるのは当然です。

分かりやすく言えば、日本の企業の多くは、「若い頃に安月給でサービス残業までして懸命に働いてくれた」人たちに対する帳簿に乗らない莫大な債務があるのです(退職給付債務とは別の債務です)。

契約書があるわけではないので、具体的な数字をはじき出すのは簡単ではありませんが、ソニーのように従業員10万人、平均年齢40歳超の会社の場合、40歳以上の従業員(5万人)への債務を仮に2,000万円ととして計算するとちょうど1兆円の債務となります。

ソフトウェアが勝負の鍵を握る社会において勝ち抜いて行くには、人事制度の変更だけでなく、大きな痛みを伴うリストラも必須です。しかし、希望退職を募っただけでは本当に辞めて欲しい人は辞めてくれないし、そんな人たちに限って新しい人事制度には猛反対でしょうから、とても難しい采配が必要なのです。

image by: StreetVJ / Shutterstock.com

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年8月13日号の一部抜粋です。

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