円安の原因を日米金利差が原因で、金利を上げぬ日銀黒田総裁を攻める論調があるが、金利差だけで為替が動くわけではない。そのことはFRBの過去の利上げ政策を振り返れば理解できるはずだ。(「週報『投機の流儀』」山崎和邦)
※本記事は有料メルマガ『山崎和邦 週報『投機の流儀』』2022年10月30日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にご購読をどうぞ。
1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年、同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院教授、同大学名誉教授。大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴61年、前半は野村証券で投資家の資金を運用する「セルサイド」、後半は自己資金で金融運用する「バイサイド」、晩年は現役研究者と、3つの立場で語ることを信条とする。2022年85歳で国際コミュニケーション学博士号を取得。
「円安=輸出に有利=輸出立国の日本は株高」の常識が覆る
円安が業績の追い風になるはずの輸出産業各社の株価が軟調に推移している。
8月末株価に対し、シャープ<6753>は▲13C、安川電機<6506>は▲12%、三菱ケミカル<4188>は▲10%という状態である。
従来の株式市場の常識で言えば「円安=輸出有利=株高」の構図が逆になり、「円安=株安」という経路が鮮明になっている。「円安=輸入原材料高=輸出産業に逆風」になり、「円安=海外従業員などのコスト高」となり、輸出産業に逆風となっているようである。円安による賃金コストや物流コストの上昇に対応できていない企業が、業績見通しも後ろ向きにならざるを得ない。
そこで終わりの見えない円安進行に対して、日経平均は2万7,000円台をはさんだ動きとなった。当面は円安が日本株にとって重荷になるか、逆風になる感じである。
史上最大の相場操縦
9月22日に日銀が為替介入した後で、10月21日に再び相場操縦を行ったが、史上最大の6兆円規模に達したと思われる。日銀が24日に公表した当座預金残高の見通しから推定できる。9月22日は2.8兆円だった。これを大幅に上回った過去最大の市場介入であった。
1997年~98年に当時としての「史上最大の介入」を行ったが、あの頃は米国にも協力してもらった協調介入だった。今回は単独介入だ。ファンダメンタルは少しも変わらないが、市場の力学を使った相場操縦は、これだけの規模で行われると多少は効いて、その結果は先週には出つつあり、160円まで行ったものが140円台に押し戻された。
脱デフレ時代か?値上げは悪いことか?
長期間のデフレが日本経済を衰退させたことは間違いない。ところが、この一年で原油価格の値上げ・物流障害での値上げ・円安で輸入高などにより値上げ、これらが一斉に起きた。多くの部門が営業減益となり、苦労している面が多くなった。食品や外食では苦戦が目立った。値上げに伴って販売が伸び悩み、原材料や資材の高騰分を賄いきれない例が多くなった。
今まで日本国内で値上げが定着しなかったのは
1:消費者の購買力を高める「賃上げ」が進まなかった。
2:低価格は良いことだという「企業側のデフレマインド」があった。
ところが、内閣府の消費者動向調査によれば、物価に対する個人の意識が変わりつつあるという。一年目の物価は5%以上上昇すると見込む家計は、9月時点で63%となったという。これは2004年にこの調査開始以来、最高となった。
今こそ、「新しい資本主義」構築の好機だ!!
私事にわたるが、本稿「週報」の購読料金を外枠にして、月額1,500円を1,650円にしようかと考えた時期が2~3年前にあった。それで購買者数が減らなければ、売り上げが1割増えて経費が全く変わらないから、利益は1割増えることになる。
その頃、値上げムードは全くなかった。ところが、その頃、外食チェーン店の鳥貴族<3193>が値上げをしたために、大幅に売り上げを落とした。その後、コロナで多くの産業が売り上げも利益も激減した。コロナは我々の「週報」には関係がないとしても、わずかな値上げで売り上げが落ちるといけないと考えて、消費税の外枠案はやめた。
その時はこういう意見もあった。株式市場で資産を増やそうとする人が、月の購読料が150円上がったからやめるということはあるだろうか。そう言われればそうであるが、パートナーとも相談の上で、消費税の外枠はやめた。内閣府の消費者動向調査によれば、個人の意識に変化があるということになり、脱デフレ時代のゲームチェンジが始まるのかもしれない。ユニクロは値上げしても客足を維持させる力を発揮して見せた。大変良い見本となった。
80年前にケインズが言ったように「市場経済にとってインフレは良いことだが、デフレは悪いことだ」というのは誤解を招くが、名言であったと思う。スーパーのダイエーが1971年に上場した時に「インフレと戦う主婦の店」というブランドで打って出た。インフレと戦う、インフレファイターという言葉が流行った。当時、長期間のデフレが日本経済を蝕むなどということは誰も想像しなかった。
デフレ脱却の意識を家計担当者の大半が担えば、それはGDPの60%を占めるのだから、ひょっとしたら日本経済の活性化は、この辺にあるのかもしれない。岸田首相の「新しい資本主義」は、その標榜するところの内容が明確ではないが、デフレからの脱却を標榜したらどうだろうか。
安倍元首相が2012年に政権をとった時に「経済を取り戻す」をスローガンにした。そして具体的に「三本の矢」を用意した。あの時、国民はそれに賛同して、株式市場も為替市場も反応した。今また、デフレ脱却を標榜したらどうだろうか。今こそ世界の情勢が合致する。ウクライナ侵攻による物流の支障・原油値上げ・円安、これに便乗した軽率さととられるか、今までの岸田首相の言動からすればそう解釈されないこともない。
Next: 黒田批判は眉唾。円ドル為替レートは日米金利差だけでは決まらない
円ドル為替レートは、日米金利差だけでは決まらない
地政学リスクでは「有事のドル買い」と言われてきたし、今でも基本にはそういう考えはある。基軸通貨に換えておけば間違いはないという考えだ。および、保護主義の台頭を含む政治活動、または貿易収支というファンダメンタルな基本要素、そういうものによって円ドル相場は決まってくる。
しかし、投機筋の動きによって大きく変わることは事実である。先々週末は「覆面介入」と思われる市場力学によって、半日で5円の円高を生じた(151円台→146円台)。そして、これが長期間続く場合もある。超金融緩和を頑なに守る黒田総裁に対して、今の円安は日米金利差によることを強調する向きが多いが、必ずしも日米金利差ではないということを言っておきたい。
このことは、トランプ政権時代に名FRB議長であったジャネット・イエレン女史が小幅に金利を上げていって超低金利を脱出したことに成功し、トランプ時代に8回も利上げを行った。それにもかかわらず、ドル高にはならなかった。この事実も金利が為替レートを動かす主因であるという対黒田批判は眉唾である──
<山崎和邦の投機の流儀vol.541 10/30号>
第1部:当面の市況
(1)市況コメント
(2)裁定の買い残が縮小している=「将来の売り圧力が緩和される」
裁定の売り残が高水準になっている=「将来の買い戻し勢力が大きくなる」
(5)行き詰ったプーチンが、戦術核兵器使用でまた行き詰る。
(6)中国の「不動産バブル」遂に最終局面
(7)脱デフレ時代か?値上げは悪いことか?
■ 第2部:中長期の見方
(1)世界の株式市場で、先行きに対する警戒感が和らいだ。
(2)日本株投資に強気派が現れる(英フィナンシャルタイムズ)
(3)総合経済対策と日銀の利上げは、今はしない方針
(4)デフレを脱却して「物価が上がり賃金も上がる」、これが健全な市場経済なのだ。
(5)日本人の大半はインフレに慣れていない。
(6)米国がドル高でインフレを抑えようとすると、被害が大きい。
(7)バイデン政権はインフレ抑制に目途が付けば、ドル高是正に動く可能性がある。
(8)日銀が超金融緩和を脱すれば、海外投資家は日本株投資に向かう。
(9)米中間選挙ラリー
(10)育ちの悪い者が天下をとると、ロクなことはない。
(11)「ウクライナ侵攻は朝鮮戦争化するのか? つまり、長引いて「引き分け」の形で終わりにするのか?
■ 第3部;読者との交信欄
[ 来週号に回す分 ]
〇我が恩師も、今もし在ればプーチンに暗殺されたかもしれない。
〇景気循環消滅論が登場することがあるから、幻惑されないようにしよう。
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『山崎和邦 週報『投機の流儀』』(2022年10月30日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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大学院教授(金融論、日本経済特殊講義)は世を忍ぶ仮の姿。その実態は投資歴54年の現役投資家。前半は野村證券で投資家の資金運用。後半は、自己資金で金融資産を構築。さらに、現在は現役投資家、かつ「研究者」として大学院で講義。2007年7月24日「日本株は大天井」、2009年3月14日「買い方にとっては絶好のバーゲンセールになる」と予言。日経平均株価を18000円でピークと予想し、7000円で買い戻せと、見通すことができた秘密は? その答えは、このメルマガ「投機の流儀」を読めば分かります。