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新紙幣の経済効果1.6兆円にぬか喜びする日本人。実際は私たちの財布から1万3000円も抜かれていく=田内学

日本銀行の発行する紙幣のデザインが2024年7月3日から新しくなる。この「新紙幣」の発行が意外なところに影響を与えているのだが、結果として私たちの財布へダメージが直撃していることを考えなくてはならない。今回は日本人をさらに貧乏にする2024年の新紙幣の盲点について解説していく。(『 金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 』)

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※本記事は有料メルマガ『金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」』2024年2月3日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:田内学(たうち まなぶ)
社会的金融教育家。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。ゴールドマン・サックス証券株式会社入社以後16年間、金利トレーディングデスクで日本国債、金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。著書に高校社会科教科書「公共」(共著、教育図書)、「お金のむこうに人がいる」(ダイヤモンド社)など。「朝まで生テレビ」「グッド!モーニング」などテレビ出演なども多数。最新刊「きみのお金は誰のため」は発売2ヶ月で10万部を超える。灘高前校長の和田孫博氏や社会学者の宮台真司氏、女優の長谷川京子氏などからも推薦を受ける。

新紙幣によって「財布の紙幣の量」が間違いなく減る

新紙幣がもたらす影響について、わかりやすくするために小説『きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』の身近な例から説明しよう。

同じ商店街の和菓子屋からどら焼きを買ってきた主人公の優斗(中学2年生)に、先生役の“ボス”がこんな言葉をかけるシーンがある。

「おばちゃんはまけてくれたんやろ??彼女だってお金は欲しいはずやで。せやけど、優斗くんとお金を奪い合っても意味ないと思っているから、200円にまけられるんや」
「値段は安いほうがいいってことですか?」
「そういう話やない。値切って安く買おうとするのも、客に高く売りつけることだけ考えるのも、お金の奪い合いや。共有できることは他にある。少なくともおばちゃんは、君がおいしくどら焼きを食べる未来を共有してくれていると思うで」

引用:『きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』132ページより

前提として、新紙幣の経済効果によって、お金がどこからどこへ流れているかについても考える必要がある。自分の財布から流れ出たお金を、既得権益のある会社が受け取っているだけなのに、私たちはぬか喜びしているかもしれないのだ。では、新紙幣は具体的にどのような影響を私たちにもたらすのだろうか。

まず、新紙幣の影響を真っ先に受けたのは出版業界。4年前に、新紙幣のデザインが発表された時、3人の伝記が売れたそうだ。

その3人とは「渋沢栄一(しぶさわ えいいち)」「津田梅子(つだ うめこ)」「北里柴三郎(きたさと しばさぶろう)」。それぞれ、新紙幣の顔になる人物で、次の年の中学受験にはこの3人についての問題が出題されるとも噂されていた。

そして、これから影響を受けるのが、僕たちの財布だ。それは、財布の中に入っている紙幣が変わるという単純な話ではない。入っている紙幣の量が間違いなく減らされるのだ。

財布の中身は増えず、お金はただ移動しているだけ

昨年10月、三菱UFJ銀行の窓口での振り込み手数料が、最大990円に上がった。引き上げた理由は、マイナス特需を埋め合わせるため。そのマイナス特需こそが新紙幣発行への対応だ。銀行は紙幣処理のために使用しているATMなどの機械をすべて新札に対応させないといけない。

新紙幣の発行が、紙幣の処理を行う機械メーカーに特需を生み出しているとか、1.6兆円の経済効果があるというニュースを聞いた人も多いだろう。しかし、経済効果というのは、仕事が増えて、お金も増えると言う話ではない。

仕事が増えるのは間違いないが、お金は移動しているだけ。機械メーカーにとっては特需でも、支払う側には、マイナス特需になる。

日本銀行は紙幣を発行するために新しく印刷機械を買わないといけないし、金融機関はATMなどの機械を一新する。民間企業は自動販売機や駐車場の精算機などを買い替える必要がある。これら機械の購入に使われる費用の合計が1.6兆円だ。これを経済効果と呼んでいる。

1人あたり1万3,000円の負担が降りかかってくる

この1.6兆円分の特需によって、ATMを作る会社や関連する会社の売り上げが増え、そこで働く従業員の給料は増えるし、新たに雇われる人もいるだろう。ここまではいい話だ。

ところが、1.6兆円もらえるのは、生産者側の視点にすぎない。一方では、社会全体の支出も1.6兆円増えている。

1.6兆円を1億2,000万人で負担するということは、1人あたりにして1万3,000円。銀行の手数料で支払うのか、自販機のジュースが値上げされて支払うのかわからないが、とにかく誰かが支払わされるのだ。

今回の手数料引き上げには、窓口での振り込みからオンライン振り込みに誘導する目的もあるが、それもまたコストカットを強いられた結果だ。

この1万3,000円の負担を、新紙幣を使うためには仕方ないと割り切れるだろうか?

Next: 新紙幣による「負担」だけが増える可能性も



ムダな仕事だけが増える可能性がある

社会全体で考えたときに、「1.6兆円の経済効果」が何をもたらしているのだろうか。1.6兆円のお金は移動しただけで、使われたわけでも生み出されたわけでもない。

使われたのは「労働」で、生み出されたのは「幸せ」だ。

1.6兆円のお金が流れることで、数多くの労働がつながり、印刷機やATMや自動販売機などが新たに製造され、新紙幣の使用を可能にする。この新しい紙幣がもたらす幸せとは、主に紙幣の偽造防止に役立つことだ。

人口約55万人の鳥取県の1年間の県内総生産が約1.9兆円だから、1.6兆円というと、それに匹敵する労働が注ぎ込まれることになる。この膨大な労働の負担に比べて、紙幣を利用する僕たちが感じる幸せが大きければ、この生産活動は社会にとって十分意味があることだ。しかし効用が小さければ、労働という負担が大きすぎることになる。

これが自然に発生した生産活動であれば、いちいち負担と効用を比較しなくても問題ない。労働の負担よりも効用のほうが必然的に大きくなるからだ。働く人は1.6兆円もらえるなら労働を負担してもいいと考え(1.6兆円>労働の負担)、利用者はその効用が得られるなら1.6兆円払ってもいいと考える(効用>1.6兆円)からだ。

おのずと、「効用>1.6兆円>労働の負担」という不等式が成り立つ。

ところが、この新紙幣の発行のように、政府の政策などによって半ば強制された生産活動ならば、「労働の負担>効用」になってしまうことも十分あり得る。人々の生活を豊かにする何らかの効用が生まれるのではなく、ムダな仕事だけが増える可能性があるのだ。

新紙幣の発行を批判したいわけではない。経済効果という数字に踊らされてはいけないということだ。2025年に開かれる万博も2兆円の経済効果があると言われている。しかし、大事なのは「どれだけの幸せをもたらすか」を考えること。金額が高いからといって、幸せが増えるとはいえない。

新紙幣によって何を得られるのだろうか

最初に紹介した、小説の会話を思い返してみてほしい。

「おばちゃんはまけてくれたんやろ??彼女だってお金は欲しいはずやで。せやけど、優斗くんとお金を奪い合っても意味ないと思っているから、200円にまけられるんや」
「値段は安いほうがいいってことですか?」
「そういう話やない。値切って安く買おうとするのも、客に高く売りつけることだけ考えるのも、お金の奪い合いや。共有できることは他にある。少なくともおばちゃんは、君がおいしくどら焼きを食べる未来を共有してくれていると思うで」

引用:『きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』132ページより

紙幣のデザイン変更にしても万博にしても、それによってどのような未来が作られるかが重要になってくる。

そしてお金がどこからどこへ流れているかについても考える必要がある。ただムダな労働だけが増えて、人々の生活を豊かにする何らかの効用が生まれないのに、喜んでいるだけかもしれないのだ。

「economy」を「経済」と翻訳したのは、旧一万円札の顔である福沢諭吉だ。経世済民「世を經(をさ)め、民を濟(すく)ふ」を略して経済という言葉をあてたと言われている。民を救うことを目的にしていたはずの経済が、その意味を失いつつある。

そう考えると、福沢諭吉が紙幣の顔でなくなるのは、何かの暗示なのかもしれない。

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※本記事は、田内学氏のメルマガ『金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」』2024年1月27日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 』(2024年2月3日号)より一部抜粋。
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による。
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