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EAの開発と運用の両面に精通し、そのディープな視点からの発信で多くの支持を集める林貴晴さん。今回は、MT4を活用した自動売買と切っても切れない関係にあるバックテストについて、余すことなく語っていただいた。
自動売買を始めたばかりの方にとっては、基本的なテスト結果の読み解き方が学べる貴重な機会となるはず。そもそも、なぜ人気EAにはリスクが潜むのか、その理由も明らかに。
聞き手・本文:鹿内武蔵
(FX雑誌『外国為替』vol.4より改変/インタビュー日:2023年3月22日)
林貴晴氏プロフィール
アメリカ合衆国ニューヨークのマンハッタン地区生まれ。S&P500、SMI、FTSE100に上場する著名な製薬会社で活躍後、株式会社ゴゴジャンの部長として金融業界に転向。その後現在は複数の会社役員を務めている。業界における常識や流行を問わず、独自の道を貫く姿勢が強く、ロットコントロールや時間(AMSER)を用いた投資戦略は大きな評価を得ている。
バックテストはとてもピュアな試験
─今回は、自動売買のバックテストについて幅広くお話をうかがえればと思います。まず、そもそもバックテストとは何か、改めてご説明いただけますか?
バックテストとは、ロジックが過去の相場でどのように機能したかを検証する試験のことです。同じようなテストに、フォワードテストやウォークフォワードテストなどもありますが、長期間にわたるデータを用いて検証できるという点において、バックテストはとても強力なメリットだと思います。例えばある売買ロジックを最適化しようと思ったら、バックテストなら簡単にできますが、フォワードテストなら複数の設定を同時に稼働させるなど、非常に手間も時間もかかります。
また、バックテストはEAの開発者と利用者で意味合いが異なります。開発者としては、バックテストはとてもピュアな試験だと考えています。
─ピュアとは、どのような意味でしょうか?
なぜここで横文字を使ったのかという点はさておき、FXは相対取引が基本なので、使用しているFX会社によってレートは違いますよね。さらにスリッページは、投資家ごとにも違います。同じEAを、同じFX会社で別々の人が動かしていても、違うスベリ方をするのはごく当たり前のことです。VPSの環境が違ったり、そのFX会社内の板の問題もあります。
対してバックテストは、一切こういう条件を考慮していません。これがバックテストがピュアだと思う由縁で、投資家や環境によって結果が異なってくるEAの運用にあたって、平均的な結果を得られるのがバックテストです。
─たしかに、リアル口座ではスリッページなど多くの要素がありますからね。
スリッページの影響を調べたい場合は、フォワードテストという手段もありますが、僕ならスプレッドを広げて、過酷な条件でのテストをします。スリッページのようなネガティブな影響が出ている前提でのテスト結果を見ます。
バックテストをする際に、MT4ではスプレッドを指定できるんですが、運用するFX会社の平均スプレッドを使う人は多いです。あるFX会社のドル円平均スプレッドは0.8pipsだから、ちょっと多く見積もって1pipsだみたいな。でも僕は、ここからさらに、ちょっと多めのロットを回すのでスリッページしやすいリスクも考慮して、1.4pipsでテストしてみよう、のような負荷をかけます。
─経験者向けのバックテストツール「TDS(Tick Data Suite)」についてはどうお考えですか?
TDSの場合、ティックデータを引っ張ってこられるところのデータを落として、それで正確なバックテストをするぞ、という流れになると思いますが、NYクローズ前のような参加者が薄い時間帯は、本当にレートはかなりブレがあります。
─EA界隈ではご存知、いわゆる朝スキャの時間帯ですね。
TDSからデータ取得できるので有名な存在としてデューカスコピーがありますが、実際にデューカスコピーの口座で取引するならTDSで得られるデータが参考になります。そうでなければ、TDSであってもそこまで過信はできないなかなと。それより、先ほども申し上げたように、スプレッドを広めにした負荷がかかっている状態で、それでも良い結果を出すかどうかに私は着目します。
─フォワードテストについても教えていただけますか?
もちろんです。フォワードテストの最大の課題は、やはり時間がかかる点ですね。が一番長くフォワードテストを継続しているものでも5年ほどです。
─現在から進んでいく時間分だけテストに必要になるわけですから、5年分のテストには5年かかるんですよね…。
ええ、かかります。フォワードテストとバックテストを見比べると、条件を揃えてもやっぱり結果には結構ズレがあるんですよね。誤差レベルの微差ならあまり影響はないんですが、スキャルピングなど短期売買のEAだとその差は結構な開きになります。
時間帯の意識がロジック精度を高める
─林さんが自動売買を始めたきっかけを教えてください。
最初は、あるFX会社のバイナリーオプションで自動売買のシステムを組んだことがきっかけでした。Excelを使って計算をするような。手法はナンピンマーチンゲールだったんですが、最終的には大負けしてやめました。なぜそのやり方で失敗したのかと振り返ると、バックテストができなかったからです。
─ああ、たしかにバイナリーオプションの過去のデータはありませんもんね。
頭の中でロジックができあがり、それを自動実行するようなシステムは組めても、そのやり方が過去の相場において勝てたかどうか、確かめようがなかったんです。だから、それができるMT4はすごいツールだと思います。初めてMT4と出会ってから半年間くらいは、寝る間も惜しんでひたすらバックテストをしました。
─過去10年、20年の相場でロジックが機能したかが、ひと目で分かりますもんね。
本当に革新的でした。もちろん最初のうちは全然勝てるEAなんて作れませんでしたが、バックテストを繰り返すうちに、だんだんコツがつかめてきて。逆にいえば、バックテストができるからこそ、勝てるロジックを見極められるわけです。だから僕はバックテスト自体が好きだし、感謝をしています。
─勝てるロジックを作るのに必要なポイントは何なのでしょうか?
最初はインジケーターをいろいろ組み合わせて、うまくいくEAを作ろうとしていました。ただ、うまくいかなかった。そこでインジケーターの計算式を徹底的に洗ってみたんですが、値動きとボラティリティを数値化したものが多いんです。例えばボリンジャーバンドなら、2σに到達したら順張りするなり、逆張りするなりしますよね。
だけど為替相場は時間の経過で変化していく要素があるじゃないですか。例えば東京時間が終わってロンドン時間になると、値動きが活発になるとか、NY時間も後半になるとだんだん値動きが収束していくとか。こういった時間の変化は、インジケーターだけでは追い切れないんです。
─ボラティリティは時間帯で大きく変わりますよね。
そうなんです。それに気づきつつあったころ、バックテストの結果をExcelに書き出してまとめて分析してみたんですね。すると、結果に偏りがあることを見つけて、時間帯の影響があるんじゃないかと。それで、そのロジックの時間ごとの強弱を意識するようになり、勝てるEAを作れるようになってきました。
例えばMT4時間でいうところの15時30分、夏時間なら日本時間の21時30分は、米国の雇用統計が発表される時間帯です。であれば、この時間帯はボラティリティが上がりやすいですよね。これは分かりやすい例ですが、このように時間を重視しなければいけないなと気づかせてくれたのも、バックテストというわけです。ちなみに僕の経営する会社は『AMSER(アムサール)』という名前なんですが、これはケルトの言葉で時間を意味します。
人気EAの裏に潜むリスク
─続いて、EAを使う人にとって、バックテストはどのような意味を持つのでしょうか?
利用する人にとっては、EAってブラックボックスですよね。買ったりもらったりして手に入れても、中身がどうなっているかは分かりません。そんな得体の知れないものに、本当に実資金を投入していいかどうかを判断するのがバックテストだと思います。
ところで、どんなEAが売れやすい、ユーザーが増えやすいかという部分を僕なりに見ていったところ、やっぱり“人気”なんですよ。みんなが使っていて人気のあるEAを他の人たちも使いはじめます。
でも、使う前にちゃんとバックテストをして、月にどれくらい儲かりそうなのか、負けるときはどれくらい負けるのかくらいは確かめないといけません。
─なぜ“人気”といった曖昧な情報を重視する人が多いんですかね。バックテストという客観的に測定できる仕組みがあるのに…。
はっきりした答えはまだないんですが、たくさんの人が使っているから安心だという心情はありそうです。ただ、FX会社視点になると、人気があるEAは板を食い尽くす存在になるんです。
─ほぼ寸分違わず、全てのEAが同じタイミングで売買するから。
普通の時間帯はそこまで問題にならないんですが、NYクローズ前後は別です。商いが薄い時間帯に、エントリーはないにしても、みんなが一斉にクローズして板が足りなくなり、スリッページしたりするわけです。なので、人気があることにはデメリットがあることも知っておいてほしいですね。
そもそも、MT4の板は、一つのFX会社で、一つのレートに対して存在するのは10万通貨くらいしかないんじゃないかと。
─少なくないですか?
僕の感覚ではそれくらいです。ただ、30秒もあれば回復します。なので、同じタイミングで注文が集中すると、スリッページさせるか、拒否するしかなくなってしまいます。ただ、ほぼ全てのFX会社は拒否はしないので、スベるしかなくなるわけです。
テスト結果の読み取り方と落とし穴
─次は、これからEAを運用してみたい人が気になるところを。バックテストで良いEAを見つけるコツを教えていただきたいです。性能が良くて誰も使っていないものを発掘するのが理想ですよね。
なるほど、分かりました。それではバックテスト結果の見方を解説しますが、その前にそのバックテスト自体が信頼できるかどうかの基準がいくつかあります。まずはスプレッドです。1ポイント(0.1pips)のスプレッドで好成績であっても、そのテスト結果は信用に値しません。なぜなら、そんなスプレッドで運用できることはないからです。
─MT4が使えるところとなると、そんな低スプレッドは存在しませんね。一時期、FXTF MT4が米ドル/円0.1銭だったときがありましたが。
平均スプレッドに0.4pipsくらいを足したものでテストをするのがベターだと思います。あとはテスト期間がある程度確保されているか。セルインメイみたいに、時期、月によって相場の傾向も違うので、3~4年くらいの期間はほしいところです。
それと、取引回数です。30回や50回程度では、ただの偶然でしかないので、最低でも100回くらいのトレードはしていてほしいです。
─前提条件としては、スプレッド、テスト期間、取引回数が大事なんですね。
そうなります。さてバックテスト結果を見ていくとき、数字の部分でいうなら、まず損益とドローダウンです。それと試験期間ですね。
─せっかくですから、実際にあるEAでバックテストをした結果で見ていきましょう。
このEAの場合、2003~2023年までの20年間のテストなので(図の①)、期間の長さは十分。またトレード回数も1451回なので足りています(図の②)。また、取引回数を期間で割ると、年間で70回くらいトレードをしていることが分かります。
次に最大ドローダウンを見ます。%の部分はいらないので、金額を見ると1081.78ドルです(図の③)。一番資産が減ったときには、1000ドル以上の落ち込みがあったわけです。で、純益が7259.66ドルなので(図の④)、年間で稼ぐのは360ドルくらい。となると、最大ドローダウンからの回復には、3年くらいかかるというように考えます。ただし、このEAは違いますけど、ナンピンマーチンのように大量にポジションを持つ場合は、パーセンテージの部分を見ましょう。
あとは、初期証拠金に対して、ドローダウンが何%なのかという見方もします。このEAは取引ロットが1万通貨取引ですが、その資金設定で20年間のテストだと、全証拠金の1万ドルに対して、10%の1000ドルほどのドローダウンが発生したと考えます。もちろんロットが変わればドローダウンの割合も変わるため、自分が運用しようとしている条件と照らし合わせてください。
─だんだんとEAの輪郭が見えてきました。
次にリスクとリターンの部分をもっと詳しく見ていきます。まずは勝率。誰もが気になる部分かもしれません。このEAだと35.22%(図の⑤)。3回に2回弱は負けます。ということは、勝つときには大きく利益を出すタイプのEAであるはずです。
初心者の方は、こういう低勝率型のEAの方が運用しやすいんじゃないかと思います。始めてすぐ、金額的な大負けをするとメンタルがきついですよね。小さく負けて大きく勝つEAの方が、そういうパターンにはなりにくいんです。でも、イメージ的に高勝率のEAの方がとっつきやすい方が多いですが、勝率が高い=負けるときにドカンとやられるですからね。
この辺りは、どっちが良いかという話ではないですが、EAの性質という意味で分かっていた方がいいです。そして、平均の勝トレードが65.61ドル(図の⑥)、敗トレードが27.95ドル(図の⑦)で、実際に損小利大型であることが確認できます。
─勝率と平均的な勝トレードは、基本的にトレードオフの関係にあるということですね。
平均勝トレードと敗トレードの金額差が、5倍や10倍のものもたまにあるんですよ。悪い例でいえば、勝率が70%程度、勝トレードが10ドル、敗トレードが100ドルとか。
─一撃の負けで退場確定ですね。
調子よく稼いでいても、100ドルの負けが連続して発生したりすと、もう立て直せません。そういったタイプのEAであることを知るためにも、この部分は見ておいた方がいいでしょう。
あとはプロフィットファクター(PF・図の⑧)と期待利得(図の⑨)ですね。前者は有名で、総利益を総損失で割ったものです。1を超えていれば良いなんて、まことしやかにいわれていますが、計算式を見ればそれは当たり前ですよね(笑)。というか、EA開発者なら、PFを調整できるんですよ。
─それ、聞いたことがあるんですが、本当なんですか?
例えば、負けているときは決して損切りしないEAが、最後のトレードで損切りして大負けすると、PFが100近くになったりします。これは極端だとしても、ある程度コントロールできうる数値なので。いくつ以上だったら良い、悪いみたいなものでもないというのが私の考えです。1.1か1.2くらいあれば、それでいいのかと。
期待利得は、トレード1回に期待できる利益です。これが低すぎると、スプレッド負けしたり、スリッページでやられてしまいます。
─利用者から見ればEAはブラックボックスですから、このようにテスト結果からどういう性能のEAであるかを確かめていく行為は絶対にやるべきですね。
そうですね。開発者なら別ですが、利用者にとっては必要なことです。勝率はだいたいこれくらいだ、といった情報を把握しておくと、負けているときに気が楽ですから。本当は性能が良いEAであっても、一時的に負けているときにやめてしまうと、本当に負けが確定してしまいます。どんな動きをするのかを知っていれば続けられますし、長くEAを動かすほど、バックテストの成績に近い結果を得られる可能性が高くなります。
─この例にしているEAは35%程度の勝率でも構わないわけですよね。約3回に1回勝てばOKと。
そうなんですが、10回に3〜5回勝つではなく、100回に35回勝つというイメージを持った方がいいですね。回数が少ないと結果は収束しづらいので。
─しかし、こういった確率や統計の基礎の概念って、あまり広まっていないように感じます。実際に運用されていてもここら辺に無頓着な人は少なくありません。
そうですね。自動売買なら全部勝つと思っている方もまだいるみたいですが、基本的にEAは勝ったり負けたりしながら利益を増やしていくものなので。
─EAにはやめ時はありますか? オンオフが重要という声も耳にします。
僕は基本的に、ほとんどのEAに寿命はないと思っています。中にはあるものもありますけど。ただ、バックテスト上での最大DDを更新したら、稼働を停止するのはありです。
─このEAならドローダウンが1000ドルを超えたあたりですね。
そうですね。あるいは、資金の30%以上負けたらストップというような考え方でもいいでしょう。始める前に撤退ポイントを決めておくことが大事です。半年間は動かそうだとか、いくら勝ったらやめようでも構いません。そして、勝っているなら続けてもいいですし、負けているなら止めるなり、ロットを変更するなり、何らかの手を打った方がいいです。
─本日は非常に具体的で深いお話を、ありがとうございました。
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