◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページ(※1)でも配信している「(1)【中国問題グローバル研究所】」の続きとなる。
※この論考は8月5日の<Open Doors, Tighter Controls: China’s New Exit-Entry Rules and the Securitisation of Mobility>(※2)の翻訳です。
台湾人渡航者:法的位置付けの曖昧さと限定的な保護
台湾人渡航者は特にリスクの高い立場に置かれることになる。台湾の憲法および法律では、台湾人は中華人民共和国の国民ではなく、中華民国の国民であるが、中国当局の認識は異なる。海峡両岸の移動に関する中国の規制によれば、台湾住民は「台湾地域に居住する中国国民」と定義されており、台湾住民の入国、は台湾居民来往大陸通行証に基づき、国内移動として扱われる特別な枠組みの下で管理されている。
こうした一方的分類はこの新規定の下で不確実性をもたらす。いくつかの出国制限は「中国国民」に明示的に適用されるが、条文には台湾住民への出国制限の適用は明記されていない。中国政府は台湾向けの特別制度を使うことも、自らの主権主張に基づいて中国国民に分類することも、国家安全保障や犯罪などに関する別の法律を適用することもできる。
重大なリスクが生じるのは入国後である。入国拒否は渡航者を中国の管轄権外に留めるが、出国制限は渡航者を中国の管轄権内に留めることになる。しかも外交的保護は依然として厳しく制限されている。台湾は中国本土に正式な大使館や領事館を置いていないため、支援は準公式ルートや事務担当者、中台関係の状態次第となる。台湾を国内問題として扱う中国政府の姿勢も、外部からの働きかけの余地を狭めている。
台湾の企業人、研究者、ジャーナリスト、元官僚、政党関係者、市民活動家、退役軍人は幾重ものリスクに直面することになる。台湾では保護されていた政治的発言は、中国の国家安全保障の枠組みの下では法的な意味を持つおそれがある。中国政治、人民解放軍、統一戦線活動、人権、中台関係に関する研究は審査の対象となるおそれがある。さらに、外国政府、メディア、シンクタンクとの接触も、本来の目的とは関係なく安全保障上の問題として解釈される可能性がある。
技術専門職はさらなるリスクに直面することになる。台湾は先端半導体だけでなく、人工知能、精密機械、電子機器、通信、防衛関連サプライチェーンなどの広範なエコシステムで中核的役割を担っている。技術者や管理職は暗黙知、サプライヤー情報、加工の専門知識、商業データを有していることが多い。産業・技術安全保障に損害を与えるおそれと出国制限が結び付けられたことで、そうした人物の戦略的重要性が高まっている。
企業は重要な社員の渡航制限、機密性の高い部門の中国本土からの切り離し、技術データ管理の厳格化で対応する可能性が高い。大学は実地調査を削減するかもしれず、中国本土で長年活動してきた企業は重要部門を移転させるかもしれない。中台交流は続くだろうが、参加する人々の構成は限定的になり、取り扱うテーマもより慎重なものになって、政治的判断に左右されるようになるだろう。
日本:ビジネス情報が安全保障情報として扱われるおそれ
日本人が「外国人」に分類されることは明らかであり、ビザ申請や入国申請で虚偽申告があったと判断された場合は1~5年間の入国禁止条項が直接関係してくる。しかし、より大きな懸念は、この新規定と中国の既存の国家安全保障執行体制との相互作用から生じる。
日本の外交青書2025によれば、2015年5月以来17名の日本人が国家安全保障関連容疑で中国当局に拘束され、2024年末時点でまだ5名が拘束されているという。これらの事例は日中外交における継続的問題であり、日本企業にとって大きな懸念事項となっている。
日本が直面しているリスクは日中経済の結び付きの深さを反映している。商社、銀行、自動車メーカー、機械メーカー、化学薬品会社、製薬会社、電子機器メーカー、物流企業などが中国で幅広く事業を展開している。従業員は日常的に製造データやサプライヤーリスト、工場レイアウト、技術仕様書、地理データ、地質情報、市場調査データを扱っている。
それらは大半の企業環境において日常の業務情報だが、中国の安全保障体制の下では、商業情報は国家安全保障上の重要情報とみなされるおそれがある。産業政策、経済安全保障、反スパイ法の運用が相互に結び付く中で、市場調査と諜報活動の境界が分かりにくくなっている。
この新規定は両者の重なりをさらに強めることになる。ビザ申請時の説明や申告した渡航目的は詳しく審査され、対抗措置リストに載れば入国に影響し、輸出管理や技術安全保障に関する懸念が人の移動そのものに影響を及ぼす可能性がある。日本企業が日本の輸出管理制度に従って機密性の高い設備や技術の移転を制限した場合、中国から政治的または法的な反応を受けるおそれがある。
そのため、企業の技術者や管理職は2つの規制体系が衝突する接点となる可能性がある。本社の意思決定が、中国の子会社やサプライヤー、クライアントを訪れている従業員の移動リスクを生むおそれがある。日本の大学も同様の圧力に直面するだろう。実地調査ではインタビューやアンケート、地図作成、文書調査、現地データ収集を行うことが多いからだ。社会・経済・環境に関する通常の研究であっても行政当局の関心を引くおそれがある。
企業は対応策として、第三国で会議を開くことを増やし、専用デバイスを使用し、データアクセスを厳格化し、機密性の高い部門を東京や台北、シンガポール、その他の地域拠点に移転するだろう。こうした予防策は、個人の直接的リスクを減らす一方で、組織を分断し、これまで業務上の信頼を支えてきた濃密な交流を弱めてしまう。
萎縮効果の拡大
この新規定は国際的な往来を国家安全保障の管理下に置くものだ。資本、観光、貿易、一部の専門人材は歓迎される一方、技術流出、制裁圧力、政治的敵対勢力、越境犯罪、他国干渉と結び付く動きはより厳格な管理の対象となる。
その影響は出入国管理に留まらない。今後、企業は自由に移動できないかもしれないリスクを投資判断に織り込むだろう。各国政府は渡航勧告を見直すかもしれないし、大学は実地調査を縮小するかもしれない。また台湾と日本の企業は重要な社員や先端技術、機密データに関して地域分散を進める可能性が高い。
中国の主要空港の国際ターミナルに多くの人が行き交い、ビザ免除制度が拡大していることは、開放の証のように見える。しかし国際交流の実態は変化している。外国との関わりは取引中心になり、企業活動はより分断され、研究活動への制限は厳格化し、人と人との信頼関係は脆くなっていく。中国と世界の深い結び付きは今後も変わらないが、その結び付きは以前よりも選別的で、厳格に管理されたルートを通じて行われるようになるだろう。
天津浜海国際空港第1ターミナル、入国審査の行列(写真:新華社/アフロ)
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