トランプ支持のCFR(外交問題評議会)や共和党系ネオコンがクリントン支持に乗り換えたことで、クリントンの勝利はほぼ決定的。しかし一方では新たなねじれ現象が生じています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2016年10月14日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ヒラリー復活で生じる「新たなねじれ」がドル高再開の呼び水に?
“当選確実”の情勢
米国市場では「トランプ大統領リスク」が後退し、実際、ヒラリー・クリントン氏の勝利がほぼ見えてきました。
共和党のライアン下院議長が「トランプ氏を支持しない」と見放したばかりか、これまでトランプ氏を支援してきたCFR(外交問題評議会)や共和党系のネオコンまで、トランプ氏では無理とみてクリントン氏に乗り換えたと言います。
これが“ロッカーでの戯言”ビデオが発覚してからなのか、その前からかは不確かですが、トランプ陣営が崩壊し、彼の支持母体がクリントン候補についたとなれば、結果はほぼ決まりです。
一部に根強いトランプ支持者がいても、「裏の勢力」がクリントン氏を勝たそうと思えば、投票操作も含め、何でもでき、トランプ氏に勝ち目はなくなります。
新たに生じる「ねじれ」現象とは?
問題は、従来の民主党系ネオコンと、これまでトランプ氏を支持してきた共和党系ネオコン、CFRがクリントン支持で相乗りした時に、何が起きるか、ヒラリー・クリントン政権がどんな政策を打ち出すのか、非常に読みにくくなることです。
つまり、相異なる政策、戦略を持つ2つのグループが1つにまとまるのか、難しい問題が生じます。
早い話が、民主党の代表ヒラリー・クリントン大統領を、共和党系のネオコン、CFRが支持する「ねじれ」現象が生じます。
もともと両者には経済、外交で対立する構図がありました。
最大の問題が、対ロシア戦略の違いです。中東からアジア(日本)、欧州に手を延ばそうとする(覇権を広げる)ロシアに対して、民主党系ネオコンは叩きにかかりました。
しかし、トランプ氏の発言に見られたように、CFRや共和党系ネオコンはロシアに対して寛容で、中国こそ問題で、これを包囲するためにはロシアとも手を組める、との立場でした。
すでに彼らの動きを警戒するように、民主党系ネオコンは、シリア軍の基地をあえて「誤爆」するなど、実力行使に出てISがシリアで動きやすくし、ロシア・シリア勢を激怒させています。
「ヒラリー・クリントン政権」では、この「反ロシア」勢力と「親ロシア」勢力が同居することになりますが、日本の安倍政権にとっては、ロシア外交を進めるうえで、クリントン陣営の中に「親ロシア」が加わることはプラスになります。
実際、最近、安倍総理はクリントン陣営からもロシア外交の了解を得た、との情報があり、総理は意気軒昂といいます。
Next: 日本の防衛予算がさらに増加/米利上げ容認で強まるドル高圧力
日本の防衛予算がさらに増加
そして対中国では、いずれの陣営も「反中国」の色合いが濃かったため、両者が相乗りしても、中国戦略に変わりはなさそうです。
ただ、比較的中国に近いCFRが、バイデン副大統領の口利きで、中国が売りたい米国債を、日本に買わせるという話は前からありました。それが安倍総理の外債発言(為替狙いの外債購入はダメ、それ以外ならOKと読める)の背後にあると見られます。
日本や韓国の防衛に関する姿勢は従来と大きく変わらないと見られます。THAADの配備や中国の牽制など、米国が日韓に拠点を置くことには、米国自身にメリット・商機があります。
クリントン氏の背後にいる軍事産業もこれで潤います。当然日本の防衛予算はさらに増えます。
米利上げ容認と積極財政で強まるドル高圧力
経済政策については、G20、G30が金融主体から財政主体に変わっているので、FRBは可能なら利上げを継続し、財政もこれまでより拡張的になると見られます。
もっとも、利上げについては米国経済に耐性が強くないため、12月に利上げをすると、米国市場はもとより、しばらく世界市場にも悪影響を及ぼす懸念があります。
また財政については、債務上限の縛りがありますが、共和党もクリントン大統領に協力的となって、債務上限の引き上げに寛容となり、赤字拡大が可能となります。
元来、クリントン氏は富裕層に増税するとして、財政赤字を抑制する姿勢でしたが、共和党配慮となると、この増税も難しくなります。減税はできないまでも、インフラ投資や軍事費の拡大はありそうです。
為替はクリントン氏もドル高は嫌うでしょうが、利上げを容認し、財政を拡張すれば、ドル高圧力となります。
特に欧州通貨に対してはドル高が予想されますが、対円では、日本の物価が上がらず、年に20兆円の経常黒字が続けば、それらは円高要因なので、円安は限られます。ただ、政府日銀がどこかで外債購入を打ち出し、「ヘリマネ」に向かえば、悪性の円安となります。
Next: 世界にとって不幸な選挙。出口なき金融緩和はいつまで続くか?
世界にとって不幸な選挙
今回の米大統領選挙は、米国が抱える様々な問題が提起され、民主党ではサンダース候補が、共和党はトランプ候補がそれら「不満」の打開者、革新者として支持を集めたものの、結局、最も現状追認派のクリントン候補がポストを確保しそうな状況です。
これでは「米国病」は何も変わらず、国民の不満はさらに高まる懸念さえあります。
残念ながら、選挙戦は両者の足の引っ張り合いに終始し、米国をこうしたいという、明確なビジョンを提示できないまま、終盤を迎えました。
米国民にとっては、ひいては世界の人々には、成算のない、不幸な選挙となりました。長期停滞や疾患を抱えた経済には、ときに荒療治をする力持ちの台頭が望まれますが、それもかなわない選挙となりました。
金融緩和だけに支えられた世界市場も、闇のリーダーが戦略転換し、金融依存から脱却しようということになると、何が起きるのか。
混乱が生じたときにそれをマネージできるリーダーがいるのか、主要国を眺めてもいささか不安になります。
※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2016年10月14日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『マンさんの経済あらかると』(2016年10月14日号)より
※太字はMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。