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値下げイオンvs値上げ鳥貴族。「回復する個人消費」駆け引きの勝者は?=斎藤満

政府がいざなぎ景気並の景気拡大をアピールする中、企業の価格戦略にも多様性が生まれています。今、日本の個人消費はどこまで回復しているのでしょうか?(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年8月30日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

値下げと値上げ、なぜ混在? 個人消費回復はどこまで本物なのか

茂木経済担当大臣「いざなぎ景気に並んだ」

政府は8月の「月例経済報告」で、景気は緩やかな回復基調が続いているとの判断を示し、茂木経済担当大臣は「いざなぎ景気」に並んだ可能性を指摘、景気の長期回復拡大をアピールしました。そのなかで個人消費については、「緩やかに持ち直している」との判断を維持しました。4-6月期のGDPベースの消費が前期比0.9%増となった点を評価しています。

イオンは値下げ、鳥貴族は値上げ。分かれる景況感

その中で、企業の価格戦略にも多様性が見えるようになりました。ここまでスーパーのイオンが一部の商品を10%値下げし、ニトリも3月に値下げをし、これを受けて同じ家具メーカーのイケア・ジャパンが来年夏までに約1割の商品について、平均22%の値下げをするといい、手始めにソファー、テーブルの値下げに出ました。

これとは対照的に、居酒屋チェーンの鳥貴族が、10月からこれまでの一律280円の商品を298円に、飲み放題食べ放題料金を2800円から2980円に値上げすると発表しました。人件費の上昇を価格転嫁するものです。市場はこれを評価した形で、同社の株価は値上げ発表前の2600円前後から、29日には2850円前後まで上げています。

スーパーや家具メーカーは消費の弱さから、人手不足でもあえて低価格戦略で顧客を掴もうとしているのに対して、運輸会社に続いて居酒屋チェーンも値上げに踏み切りました。消費需要に手ごたえを感じているのかもしれません。少なくとも値下げ一辺倒から値上げという選択肢も見られるようになりました。

個人消費の好調は「一過性」か?

しかし、29日に発表された総務省の「家計調査報告」をみると、7月の個人消費は早くも反落が見え、4-6月、特に6月の好調がどうも一過性のものであった可能性を示唆しています。少し数字を見てみましょう。

2人以上の家計の実質個人消費は、7月に前月比1.9%減、前年比0.2%減と、再びマイナス圏に落ち込みました。6月が前月比1.5%増、前年比2.3%増となったことで、「いよいよ個人消費にも回復が回ってきて、良い循環が始まった」との期待を持たせました。それが7月に早くも反落したことになります。

なお、7月の実質消費水準は、4-6月期の水準を0.7%下回り、8月以降によほど反発しないと、7-9月はまたマイナスになる懸念が強くなりました。消費の内容を見ると、回復力に疑問を感じます。いくつか懸念される点をご紹介しましょう。

Next: 政府のアピールと裏腹に、この夏のボーナスはマイナスだった



今夏のボーナス、実はマイナス

まず、このところの家計消費を支えているのが、2人以上世帯の約半分を占める勤労者世帯の消費です。全体の消費が実質で前年比0.2%減であったのに対し、勤労者世帯の7月の実質消費は1.5%増、勤労者以外の世帯は前年比2.5%減、このうち、無職世帯では0.4%減となっています。

勤労者の消費が全体を支える形になっていますが、勤労者世帯の実質実収入が3.8%増となったことが寄与しています。しかし、その内訳をみると、世帯主の定期給与が1.4%増に留まったのに対し、ボーナスが11.0%増えたことが大きく貢献しています。ボーナスが実収入を2.6%も押し上げた形になっています。

しかし、厚労省の「毎月勤労統計」やその他の調査では、今年夏のボーナスは前年比マイナス、との結果になっています。総務省による家計調査でのサンプル世帯が、たまたまボーナスの増えたサンプルを多く含んでいた可能性があり、全体の勤労者がこれほど収入で恵まれていなかった可能性があり、勤労者世帯の消費は「できすぎ」の可能性があります。

高齢者が「生活苦」に

そして勤労者以外の世帯では、このところ消費の減少が続いています。家計調査によると、勤労者世帯が約50%、無職の年金世帯が35%、その他が15%となっています。このうち、無職世帯の消費は7月が0.4%減、その前の6月が3.4%減となり、勤労者以外の世帯全体では6月の2.8%減、7月の2.5%減と、減少が続いています。

このため、勤労者世帯の消費が過大評価で、いずれ低下すると、全体の消費がさらに弱くなる面があります。消費の内訳を見ても、若者を中心にスマホなどの「通信費」が0.6%押し上げているほか、7月は久々に自動車が0.6%押し上げ、葬儀代などが0.75%押し上げ、冷蔵庫も0.2%押し上げました。通信費以外は持続性に疑問がつきます。

一方、消費の足を引っ張ったものとしては、贈与などの交際費が1.05%も押し下げ、住宅設備の修繕費が0.4%、保健医療が0.24%押し下げています。高齢者の懐に余裕がなくなってきた懸念を伺わせます。

Next: 企業は人件費増加に慎重。消費回復はまだ本物とは言えず



企業は人件費増加に慎重

人手不足の広がりで、パートの時給が2%から3%増加し、また正規雇用シフトも見られるようになりました。しかし、企業は固定費としての人件費増加には慎重で、財務省の「法人企業統計」をみても、企業は人件費、とりわけ従業員給与を抑制しています。このところの業績改善にも拘らず、夏のボーナスは前年比減少となったと言います。

消費回復はまだ本物ではない

購買力の増加が伴わず、一方で社会保険料などの負担が高まり、可処分所得がさらに抑制されています。その中で、猛暑でエアコンを買い、車や家電の買い替えをして消費を増やすと、後でその反動が来ます。4-6月の消費回復は、これら一時的な消費の誘因に加えて、限界的に物価が下落した恩恵が後押ししました。

しかし8月の東京都区部の物価は、帰属家賃を除く実態ベースで前年比0.7%上昇しました。電気ガス、宅配料金、生鮮野菜、魚介類の不作による値上げも重なりました。これで実質購買力が圧迫されると、消費はまた勢いを削がれます。消費の回復はまだ本物ではなさそうです。そのなかで値上げに踏み切った企業のパフォーマンスに注目したいと思います。

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※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年8月30日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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マンさんの経済あらかると』(2017年8月30日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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