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4月からまた値上げ……日本の「体感」物価上昇はもうとっくに2%を超えている=斎藤満

この4月から瓶ビールや納豆、牛丼などが値上がりしています。国民の体感インフレ率がとっくに2%を超えるなか、物価上昇の中身にも変化が出てきています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年4月6日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

政府の見立てよりインフレは進んでいる。物価指標に起きた変化

物価上昇の中身が変わってきている

このところ物価上昇の環境が変わりつつあります。第1の変化としては、物価上昇の圧力が、原油高を背景としたガソリンや電気などの直接的な要因から、その間接的な波及効果に移りつつあること。第2の変化として、為替や物価評価の政治的環境が変わりつつあることです。

まずは第1の変化「物価上昇の内容が変わったこと」について解説します。

<消費者物価上昇率を見る「3つの数字」>

消費者物価上昇率を見る場合、重要な数字は3つあります。

まず1つ目は、現実の物価上昇を示し、実質値の計算にも使われる「帰属家賃を除く総合」。帰属家賃は、持ち家世帯が仮に家賃を払ったらという架空の数字です。従って、これを控除したものが現実に直面する物価上昇となります。

次の2つ目は、日銀が評価のメガネとしている生鮮食品を除いた「コア」。これが2%に達するかどうかの基準となっています。もっとも、これにもエネルギーというかく乱要因が入っています。

そこで3つ目が、これらのかく乱要因を除いて、実勢を見るうえで便利な、生鮮食品・エネルギーを除いた「コアコア」です。欧米の「コア」は、日本の「コアコア」に相当します。

「野菜値下がり」で物価上昇は鈍化

先行指標でもある3月の東京都区部の物価の中身を見ると、その変化がよくわかります。

これまで物価を押し上げてきた2大要素のうちの1つ、生鮮食品の上昇が小さくなり、これが全体の物価上昇率を抑える役割を果たすようになりました。例えば、現実の物価上昇率を示す「帰属家賃を除く総合」は3月に前年比1.2%の上昇となり、2月の1.8%から大きく低下しました。

これは最近の天候安定により、3月半ばあたりから葉物野菜の値段が低下したことによるもので、生鮮食品だけで0.4%も上昇率を下げています。

3月の全国が同様であれば、家計の負担はそれだけ軽くなります。またエネルギーの押し上げ寄与度も0.1%弱低下し、全体の上昇圧力を緩和しています。

コアの上昇が低下すると、日銀には「目標」から離れるので都合の悪い話です。

Next: 価格据え置きで内容量が減少…日銀の見立てよりもインフレは進んでいる?



日銀の見立てよりもインフレは進んでいる

その一方で、生鮮食品・エネルギーを除いた実勢を表しやすい「コアコア」がじわりと上がってきました。3月の前年比はまだ0.5%ですが、この半年では年率1%前後の上昇に加速してきました。

ここには診療費の上昇やビールの安売りを政府の介入で禁じたことなどもありますが、これまでの円安や原油価格上昇の影響が遅れて出てきた面があります。

例えば、外国パック旅行代の値上げは、原油サーチャージの上昇が影響しています。また宿泊費の上昇は、これまでの円安もあって、外国人旅行者の増加が宿泊施設の需給をタイトにした面があります。

さらに最近では瓶ビールや業務用ビール、納豆が値上がりしましたが、これは輸送コストの上昇によると言われます。また乳製品、コメ原料のお菓子類の値上げも広がっています。これらも円安、輸送コストが影響しています。

また、表面価格は変えていないものの、内容量を減らして実質値上げをしているものも少なくありません。これらが量と価格と両方を押さえていれば物価統計に反映できますが、内容量のチェックが漏れると、価格上昇分がそれだけ過少となります。

実際は数字よりも価格上昇が大きい可能性があります。

不安定な政治情勢が「物価上昇の歯止め」になる

次に第2の変化、「政治環境の変化」について考えます。

<物価に影響を与える2つの政治要因>

その1つ目が、日米関係の悪化です。

米国でキッシンジャー博士の影響力が高まったこともあり、北朝鮮に強硬論を唱える安倍政権が蚊帳の外に置かれ、日米関係がまた冷え込みました。

日本の立場が弱くなった中で日米首脳会談をすれば、米国の言いなりになりかねません。通商問題でFTAを迫られ、円安につながる金融緩和に注文がつく可能性があります。

米国は韓国とのFTA(自由貿易協定)に為替条項を盛り込みました。日本は近年為替介入をしていないので韓国と同じである必要はないのですが、FRB・ECBが金融の正常化に向かう中で、日銀だけが大規模緩和を続けることが円安誘導ととられるリスクがあります。

緩和策の維持は円高阻止の面が強いだけに、これが許されなくなれば、2%の物価目標に拘る必要もなくなります

自民党内部にも「コアで1%前後となれば、それで良しとすべき」との見方も出るようになりました。原油価格が急落しない限り、コアは当面1%前後の数字が続きそうです。その原油ですが、サウジアラムコの上場までは、原油価格急落は回避するはずです。

政治要因の2つ目が安倍政権のピンチで、安倍総理官邸の求心力が低下していることです。

今回、防衛省がイラクの「日報」を発見したことは、安倍政権には大きな打撃になるはずです。南スーダンよりもはるかに厳しい戦闘状態にあったはずのイラクに自衛隊を派遣していたことになり、もしそこで隊員の安否が問われるようなことでもあれば、トップの責任問題になります。

安倍政権が変わり、例えば岸田政調会長が後任となれば、彼はいつまでも大規模緩和は続けられないと言い、1%前後の物価上昇で手打ちとなる可能性があります。

また、政権が変わらないとしても、すでに官邸の求心力が低下しているので、アベノミクスの一環としての日銀の色合いは薄くなります。経済が順調なら、2%の物価目標に拘らない姿勢が表に出やすくなります。

Next: 物価上昇で喜ぶのは政府だけ。国民はアンケートで「困る」と回答している



物価上昇で喜ぶのは政府だけ

実際に今年の春闘が昨年よりやや高いとしても、定昇を除けば1%にも満たない上昇となります。そこで物価が1%を超えて上がれば、実質賃金はマイナスのままで、かえって家計を圧迫し、消費を通じて景気にも負担になります。

実態的にはすでに1%前後の物価上昇となり、経済もここまで順調に拡大してきたことを鑑みれば、デフレを脱却したと見ることは可能です。

日銀の生活実感のアンケートなどでも、個人の感じるインフレ率はとっくに2%を超え、平均でも3%、中間値では4.5%となり、物価上昇は生活を圧迫する「困ったもの」との回答が8割に達しています。

これ以上物価を高めることで喜ぶのは借金を実質目減りさせたい政府くらいで、少なくとも国民は望んでいません。物価の押し上げは、内閣支持率低下につながります。

天候の安定、政治の不安定が、結果として小幅の物価上昇で安定する可能性を高め、物価面からの家計の圧迫を軽減する可能性が高まったとも言えます。


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マンさんの経済あらかると』(2018年4月6日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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