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【東芝問題】監査法人が上場企業を監査する時のチェックポイント=公認会計士・平林亮子

田中久雄元社長、佐々木則夫副会長、西田厚聰相談役の歴代経営者3人が辞任する事態となった東芝。2008年度からの不適切会計の額は計1518億円に上りながらも、“粉飾”ではなく“不適切会計”という言葉が使われています。投資家であり、公認会計士の平林亮子さんは、公認会計士の視点から監査法人が上場企業を監査する時のチェックポイントについて解説してくれています。

世界を驚愕させたアメリカの粉飾事件から日本でも法律が生まれた

みなさん、こんにちは。公認会計士の平林亮子と申します。メルマガをお読みいただき、ありがとうございます。株主総会で見聞きしたことや、上場企業、株式会社などについて、つれづれなるままに綴っております。

エンロンは約1200億円。
ワールドコムは約1兆3000億円。

世界中を驚かせた、アメリカの粉飾事件を覚えているでしょうか。これだけの額の粉飾をし、両社とも、倒産しました。

ちなみに、近年の日本の粉飾事例では、カネボウが約2000億円、ライブドアが約50億円。なお、上記の金額は、BLOGOS『「東芝は明らかに粉飾」と専門家[過去の粉飾事件に匹敵する巨額さ』(7月25日)を参考にしました]。

エンロンの粉飾事件では、会計事務所も加担したとして、当時5大会計事務所の1つであったアーサーアンダーセンまで消滅しました。粉飾に加担したのですから当然と言えば当然ですが、市場に与えた悪影響はとても大きかったのではないかと想像します。エンロン、ワールドコムの事件の影響と言えば、事件後、コーポレートガバナンスの強化のためにSOX法という法律がつくられたことも、大きな出来事と言えるでしょう。企業の内部統制を整備し、それを毎年チェックし報告する、という体制が整えられました。

日本にもSOX法が持ち込まれ、J-SOXとして2009年3月期より導入されています。この制度により、上場企業は、内部統制を整備し、不正が生じないような仕組みづくりをしなければならない義務を負っています。

J-SOX導入の少し前には、コーポレートガバナンスを強化する方法の1つとして、株式会社が委員会設置会社(現在は指名委員会等設置会社)を採用できるよう、会社法の改正もありました。これによれば、従来の取締役会や監査役会による機関構成よりも、社長に対する監視体制を強化することができるとされています。つまり、委員会等設置会社の方が、不正が生じにくいガバナンス体制だということです。

Next: 東芝のガバナンス体制はどうだった?


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そこで東芝です。東芝は、不適切会計によって、2008年ころから現在に至るまで、1500億円ほどの利益のかさ上げをしていたと、第三者委員会から報告がありました。あんなに頑張って導入したJ-SOXってなんだったのだろうと悲しくなります。しかも、東芝は、数少ない指名委員会等設置会社(委員会設置会社)の1つ。日本取締役協会のデータによれば、上場企業で指名委員会等設置会社というガバナンス体制を採用しているのは、2015年7月28日現在で65社。3000社を超える上場企業がある中で、とても少数なのです。それにもかかわらず生じた、今回の不適切会計問題。

悪意や違法性の有無が判明していない、ということで「粉飾」という言葉は使われていないようですが、私は、意図的に行われ、第三者がその金額を認定でき、これだけ多額であれば、粉飾と言えるのではないか、と思っています。言葉の定義の問題かな……。

一般的に、不適切会計が行われれば、市場は混乱します。決算書を見て、業績の良い企業だと思って株を買った投資家、取引をした企業や金融機関もいるわけですから。その業績に嘘や誤りがあれば、「そうだとわかっていれば取引をしなかったのに」と考える人もいるでしょう。

不思議なことに、東芝の不適切会計による市場の混乱は、株価にはあまり現れていません。株価も暴落するかと思いきや、これだけ大きな規模の問題が発覚した割には、たいして下落していないのです。不適切会計があるかもしれないという問題が発覚した4月の頭、株価はおよそ500円。約1500億円もの利益のかさ上げがあったと報告された後、執筆時点での株価は約370円。25%以上の下落ですから、確かに大きいですが、「逮捕者が出てもおかしくない」と言われている規模である割には、「みんなあんまりたいしたことだと思っていないのかな?」と感じます。

7月28日の日経ビジネスONLINEに、「東芝、株価が示す不気味な楽観」というタイトルの記事がありましたが、同感です。本当に不気味です(笑)

なお粉飾の歯止めになるよう、上場企業では、監査法人(公認会計士)の監査(チェック)を受けることが義務付けられています。監査法人は、

  1. 企業がJ-SOXを遵守しているか
  2. 決算書に大きな誤りがないか

をチェックします。

問題がなければ「適正意見」、問題があれば「不適正意見」、一部問題があるような場合には「限定付適正意見」、判断できない場合には「意見を表明しない」という判断を下します。

ただし、問題の有無は、J-SOXを遵守した報告になっているか、会計基準に準拠して決算書が作られているか、が判断のポイント。その企業の経営がきちんとなされているかではありません。また、「重要な虚偽の表示」の有無で判断します。たとえば、何千億円もの利益の出る企業で、10万円程度の誤りがあっても、問題ないと判断し「適正意見」となったりします。

それに、人間によるチェックですから、見落としも生じます。100%完璧にチェックできるわけではありませんので、適正意見であっても、絶対に粉飾がないとは言い切れず、仮に、粉飾が見つかっても、それだけで監査法人の責任が問われるわけではありません。

監査では、本当に売上があったかどうかなど、契約書までさかのぼって調べたり、取引先や取引銀行に直接問い合わせをしたり、店舗や倉庫の在庫を実際に数えたりもします。意外と入念にチェックしているんですよ。とはいえ、監査には、強制捜査をする権限はないので、企業から提出された資料の範囲でしか判断をくだすことはできません。その点、不正を「きちんと」隠ぺいされたら、監査では手も足も出ない、という状況が起こりえます。

こうして書いてみると、公認会計士としての言い訳ばかりのように見えますし、そんなチェックに意味があるのか、という疑問を持たれるかもしれません。それでも、外部に発表される前に防がれた粉飾が多々ありますし、企業側の処理の誤りも正して、信頼できる決算書の公表の助けになっているのは事実です。

ところで、監査の報酬は、監査をする企業から受け取ります。例えば、東芝を監査している新日本有限責任監査法人は、東芝から、監査の報酬を受け取ります。そのために、チェックが甘くなるのではないか、という意見もあります。それは、否定はできませんが、もしもチェックを甘くしたら、問題が発覚した時に自分で自分の首を絞めることになるわけですから、報酬のやり取りだけをもって「チェックが甘くなるから駄目だ」と容易に言い切れるものではないと、私は信じています。

『平林亮子の晴れ時々株主総会』vol.26(2015年8月3日号)より一部抜粋
※太字はマネーボイス編集部による

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